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vol 50 「診断群分類との格闘」DPC対応クリティカルパスが生まれるまで (3)

医療ガバナンス学会 (2010年2月16日 08:00)


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帝京大学ちば総合医療センター
血液内科・教授
小松恒彦
2010年2月16日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


【日本初 急性骨髄性白血病におけるクリティカルパス作成】

本来「工程表」という意味で使われていた「クリティカルパス」は、1980年代に米国で医療に取り入れられた。工程表という名が示す通り、元来、工場などで作業を均一化し効率を上げることを目的としている。米国で医療に導入された背景は、「医師毎に異なる治療プロセスを標準化して、疾病毎に要する医療費を管理したい」という、主として医療費支払い側の動機にあった。
日本でも1990年代から徐々に導入され始めたが、「医療の標準化」「チーム医療の推進」「医療の可視化」などが主たるスローガンであった。そのため名称も「必須の」という意味の「critical」ではなく、「臨床的な」という意味の「clinical」という言葉も頻用され、「クリティカルパス」と「クリニカルパス」という2つの名称が混用されている。すなわち「critical」が示す「決められた医療費の範囲内で適正な結果(アウトカム)と収益を確保する」という本来の目的は、あまり日本では重視されなかった。
なお本稿では、「クリティカルパス」(以下、パス)で統一する。

さて、筆者がパスに直面したのは、1998年に勤めていたT病院で「パス導入」が始まったことにある。当時、日本における急性骨髄性白血病(以下、AML)治療は、7日間の抗がん剤投与終了後に骨髄穿刺を行い、骨髄中白血病細胞の残存の程度を判断し、残存が多いと判断された場合は3-5日間の抗がん剤投与を追加する、という方式が主流であった。
この方式の問題点は、「残存」の判断基準が明瞭でないことと、追加の抗がん剤投与が行われた場合の治療効果判定時期が定まっていなかったことである。そうした背景から、AMLの治療がパス化(要するに計画医療化)できるとは誰も考えていなかった。
筆者はまず、病棟看護師と共同で、AML治療パス化阻害因子の調査を行った。その結果、1)抗がん剤追加投与の基準が不明瞭、2)白血球減少期に感染症を併発すると入院期間が有意に延長する、3)感染症予防対策の内容や目標とすべき達成率が明確でない、等の問題点がより浮き彫りとなった。そこで対策として、1)抗がん剤プロトコールを当時米国で主流であったセット療法(追加投与なし)に変更、2)感染症予防対策を確実に実施する、3)抗がん剤治療1コース毎の入院期間を4週間に設定し逸脱についてはバリアンス解析を行う、等の内容を組み込んだ「AML治療におけるクリティカルパス」を作成し、実地医療の全面改訂を行った。
以後、パスが適用されたAML患者では、一連の入院期間が平均で約1ヶ月短縮された(小松ら、臨床血液、2001)。抗がん剤プロトコールも時期も異なるので単純には比較できないが、少なくとも医療側・患者側双方にとってパス導入によるデメリットは見いだせなかった。
AMLで実施できたとなれば他の疾患のパス化は容易で、以来、全ての入院抗がん剤治療においてパス化が実現した。2004年6月時点で、パスのファイル数は約40、パスシート数は約100まで蓄積された(マイクロソフト社エクセルを用いて作成)。

【パスのDPCへの活用および対応】

2004年7月、T病院が診断群分類(Diagnosis Procedure Combination、以下DPC)対象(当時は試行)病院となった。DPCとの格闘はPart 1&2に述べたとおりである。当初は大減収で驚いたものの、パスの内容から薬剤費および検査費を計算し、パスに規定された入院日数から収入を計算することで速やかな対応を可能とした(計算そのものが大変ではあったが)。
具体的な工夫としては、実際の経過は患者毎に異なるため、パス上の収益計算はあくまで試算であるが、疾患毎の推計収益や標準入院期間の設定ができた。のみならず、発熱性好中球減少症のように発症頻度の高い合併症を「イベント」と定義しバリアンスと区別、イベントに対するパスを「イベント系パス」として作成し、それらに要する費用を本流のパスに加えて計算することで実際の現場感覚に近い、役に立つパス作成が可能となった。現在はDPC収入に対する薬剤検査費は40%以下になるようにパスを作成している。

現在、帝京大学ちば総合医療センターでは、DPC対応電子パスを普及させるプロジェクトが進行中である。筆者はパス委員会副委員長、DPC対応電子パスワーキンググループリーダーとして、本プロジェクトを推進している。医療情報システム部や医事課職員にも、グループメンバーとしてパス作成および費用比率計算にあたってもらっている。
とくに、血液内科に続き、整形外科のパス作成と費用計算を行ったが、望外の成果であった。血液内科では高薬価薬剤を多用し出来高部分がほとんどないが、他方、整形外科では手術やリハビリの出来高部分が治療の主体を為している。そのため「病棟では基本的に安静が中心」という診療科とは収益構造が全く異なることが分かった。
今年度中に、DPC対応パス作成の院内マニュアルを作成し、全診療科に対し取り組みを促し、評価する仕組みを策定する運びである。

【システムとの出会い】
いままで述べてきた取り組みの多くは、個人のパソコンや紙媒体を使用して行われてきた。しかし、どんなに良いパスを作っても、実際はそのパスに記された内容を「オーダー」や「指示」の形で別に作成する手間が必要で、真の省力化としては不十分である。そうした問題の解消は個人レベルでは難しい、と考えていた矢先、電子カルテシステムおよびシステム運用に出会うチャンスができた。
帝京大学ちば総合医療センターでは、2009年2月に電子カルテの更新導入が行われたが、筆者は2008年7月から始まった電子カルテ導入プロジェクトチームのメンバーに選任され、期せずしてシステム導入・管理を推進する立場となった。ただ実のところ、筆者には電子カルテはおろか、システム管理の経験もなく、なぜ選任されたかはわからない。しかし知識も経験もないが故に、他病院の経験豊富なシステムエンジニア(以下、SE)の方に成功の秘訣を伺い、その助言に従って病院側のSEを複数採用し、電子カルテメーカーや部門システムベンダーと対等に渉り合える環境を整えた。筆者の仕事は彼女らの意見を尊重し、他部門とのギリギリの交渉をまとめることであった。
言うまでもない事だが、電子カルテシステムは万能ではない。人間の運用でカヴァーしなければいけない部分が多数あり、そこに利害の相反が生じる。現場の状況、職員の負担、技術的な限界、予算の限界、部門の責任者と病院運営者との関係、診療科や医師毎の力関係等々を、SEの力を借りながら、あるときは円満に、あるときは強権的に決着をつけていった。心身の負担は大きかったが、いまでは素晴らしい経験ができたと感じている。組織や人の動かし方、システムの有用性、信頼できる人間関係の重要性等、多くを学んだ。

さて、こうして更新導入された電子カルテは単にパス機能を有するというだけでなく、パスを患者に適用すると、実際のオーダーとなって各部門に指示が出される、という画期的なシステムが備えられた。
一例を挙げると、AMLの抗がん剤治療では、1コースの標準入院期間は23日、アウトカムは「輸血からの離脱」に設定している。通常では、抗がん剤の投与量を計算したり、全身管理の指示や処方を書いたり、検査の項目や日付を入力したり、医師が23日分のオーダーを揃えるのに、少なくとも数十分かかるであろう。ところがこのシステムでは、抗がん剤オーダー発行に要する時間は2-3分、その他全てのオーダーをパスとして発行するのに2-3分、合わせて5分もあれば23日分のオーダーが発行できる。
これにより医師の省力化に大きく貢献し、看護師らコメディカルにとっても予め計画を立てる事が容易となった。これは、筆者のように長年パスに携わってきた者にとっては一つの到達点である。単純に電子カルテにパス機能があって良かったね、という話ではなく、当初よりパス機能の導入に関わり、問題点を修正し、限界も知り、運用規定を決める側にいたことが重要であった。
いずれはパス作成画面にDPC点数が表示され、薬剤検査費が自動的に引かれコスト率が表示される機能が加われば、さらに利便性が向上するだろう。

しかし、筆者がこれまで長期間にわたってパスやDPCと格闘してきて改めて思うのは、こうした個別のシステムと、その進歩・改善によらずとも、誰しも「適切な標準治療を行えば適正な収益が確保される」のが当然であるべきではないか、ということだ。それこそが本来望ましい医療制度であるに違いない。(終)

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