医療ガバナンス学会 (2018年9月10日 06:00)
この原稿はAERA.dot(8月7日配信)からの転載いです。
https://dot.asahi.com/dot/2018080600064.html
森田麻里子
2018年9月10日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
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ビールがおいしい季節ですが、妊娠中から授乳中にかけて、頑張ってお酒を控えていらっしゃるお母さんは多いと思います。特に授乳中のアルコールについては、「できれば避けたほうが良い」「このくらいなら大丈夫」など様々な意見があるので、混乱している人もいらっしゃるかもしれません。
授乳中のお母さんがアルコールを多量に摂取すると、赤ちゃんが傾眠になったり、ホルモンバランスが崩れたりする可能性があります。しかしこれまでの研究では、アルコールを多量に摂取するお母さんの子どもが、長期的にどのような影響を受けるかはわかっていません。また、授乳中のアルコールが赤ちゃんの発達に与える影響については、影響がある・ないの両方の結果が出ています。
そこで、今月になって新しく、授乳中のアルコール摂取と子どもの認知能力についての研究結果がオーストラリアの研究者によって発表されましたので、ご紹介しましょう。
この研究では、5107人の赤ちゃんを、2004年から2年毎に追跡した結果を解析しています。その結果、お母さんのアルコール摂取量が増えるほど、6~7歳になったときの非言語的推理力(複数の図形から法則性を見つけて穴埋めする問題)の点数が下がっていることがわかりました。
この研究では、お母さんのアルコール摂取量をアンケート形式でスコアリングしています。お酒を「去年は飲んでいない」「月に1回以下」のように、頻繁に飲んでいるわけではなくても、「全く飲んでいない」人に比べて1点ずつ点数が上がるようになっています。つまり、たまに・ときどきお酒を飲む、という場合でも、飲酒による赤ちゃんへの影響が全くないわけではない、ということです。
それでは、実際どのくらいの影響があったのでしょうか? 6~7歳時点での非言語的推理力の点数の中央値は14点でしたが、アルコール摂取量のスコアが1点増えると、非言語的推理力のスコアが0.11点下がる、という結果になっています。さらに、その影響は10~11歳時点では消失しています。授乳中にアルコールを飲めば、少量であっても赤ちゃんに影響する可能性がありますが、「少しでも飲んだら大変なことになる」というわけではありません。
母乳中のアルコール濃度は、お母さんのアルコール血中濃度とほぼ同じになり、体重1キログラムあたり、お母さんが摂取したアルコールの5~6%を摂取することになります。同じ量のアルコールを飲んでも、お母さんの体格によって母乳中の濃度は変わってきますし、アルコールの代謝能力は個人差も大きいです。
また、一般的にお酒に弱いというと、お酒を飲むとすぐ赤くなる人を思い浮かべるかもしれません。しかしこれはアルコールではなく、アルコールの代謝産物であるアルデヒドの代謝速度が影響しています。日本人の約半数はアルデヒドの代謝が遅いのですが、アルデヒドは母乳中には分泌されないと言われていますので、これは少し安心材料かもしれません。逆に、顔が赤くならなくても、お酒が残りやすいタイプの人は要注意です。いずれにしろ、どのくらいのアルコールなら飲んで良い、という一定の見解はありません。少なければ少ないほど良い、というのが今の私の意見です。
とはいえ、お酒を控えることがほとんどストレスにならないお母さんもいれば、ものすごくストレスになるというお母さんもいらっしゃると思います。お酒をときどきちょっとでも飲めば、それだけでリラックスして笑顔で育児を楽しめる、ということであれば、その方が総合的に赤ちゃんのためになる場合もあるのかもしれません。
母乳中のアルコール濃度は、アルコール摂取から30~60分後が最大となると言われています。もし、どうしてもお酒を飲みたいという場合は、アルコール濃度の高くないものをグラス1杯程度に留め、授乳するまでに2~2時間半以上の時間をあけると、影響を少なくすることができると言われています。
個人差も大きい部分ですが、授乳中はお酒を飲まないことにするのか、飲むとしたらどのくらい飲むのか、リスクを知った上で判断していただけたらと思います。
◯森田麻里子(もりた・まりこ)
1987年生まれ。東京都出身。医師。2012年東京大学医学部医学科卒業。12年亀田総合病院にて初期研修を経て14年仙台厚生病院麻酔科。16年南相馬市立総合病院麻酔科に勤務。17年3月に第一子を出産。小児睡眠コンサルタント。Child Health Laboratory代表