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Vol.187 製薬会社から医師への資金提供とは(中)~なぜ、透明化が必要なのか~

医療ガバナンス学会 (2018年9月13日 06:00)


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内科医 谷本哲也

2018年9月13日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

まとめ

1.製薬会社は薬の宣伝を目的の一つとして、多くの資金を講師料などで医師へ提供している。国民皆保険の元、資金の源は国民の税金にある。

2.合法な資金提供でも、医師の判断に影響を与え、不要な処方の増加などにより、患者さんや社会への不利益につながる可能性はある。

3.節度ある資金提供の実現には、実態の透明化・情報公開が必須だが、日本では未だ不十分であり、国民みんなで声を上げる必要がある。
*本稿は、2018年8月25日に開催された、特定非営利活動法人ワセダクロニクルと特定非営利活動法人医療ガバナンス研究所が主催した緊急シンポジウムでの発表を元に作成しました。

http://www.wasedachronicle.org/event/c16/

(上から続く: http://medg.jp/mt/?p=8547)

3.製薬会社から医師への資金提供

薬の宣伝を含んだ情報提供の過程で、製薬会社から医師への資金提供というのが起こってきます。そんな話があることは、もしかしたら医療業界で無い方はご存じなかったかもしれません。製薬会社も営利企業ですし、薬を医者に処方してもらって利益を上げ続けなければ存続できません。その製薬会社しか扱っていない特効薬で、ある病気になったらそれを使うしか無い、という製薬会社にとって好条件な状況もありますが、そのようなことは滅多に有りません。多くの場合、使ってもちょっとしか良くならないとか、同じ種類で同じ効果の薬が、複数の競合する会社から売られている状況にあります。しかも、昔からある薬はだんだん値段も安くなり、特許の期間もそのうち切れて、他の会社が後発薬、ジェネリックをぞろぞろ作り始めます。俗にゾロ薬と言われる所以です。

そこで製薬会社が利益を上げ続けるためには、新薬、高価な新しい薬をどんどん作って、医師に古い薬よりも新しい薬を知ってもらって、それを使うように仕向ける必要がある訳です。しかし誰も真似出来ない唯一の特効薬などそう簡単に出来る筈がありません。大きな違いがない薬を売る複数の会社が競合し、如何に効果的に自社の薬を売り込むかという問題が容易に生じます。その時に、処方する権限を持つ医師、特に影響力のある限られた数の医師に、お金を払ってでも宣伝したいという動機が生まれます。そして、製薬会社による医師への資金提供の市場が出現することになるのです。勿論、薬を販売して利益を上げなければならない、という製薬会社の立場もあり、このような営業活動が一概に駄目という訳ではありません。ただし、一歩引いた目で、社会全体として見た場合にはどうなのか、ということは慎重に考えなければなりません。

以前から、こういう資金提供の市場があることは分かっていましたが、具体的にどれくらいのお金が使われていて、誰がどのくらいの金額をもらっているのかは、これまで藪の中でした。今回、調査報道を行うワセダクロニクルと、医療ガバナンス研究所の共同研究で初めて分かったその総額は、2016年度でなんと266億円に及びます。日本製薬工業協会に加盟している会社71社からのもので、日本の医師全体の約3分の1、約10万人の医師個人に支払われており、講演会の講師料、コンサルト料、原稿料に対する謝金の形で製薬会社から医師へと渡っています。私自身は、幸か不幸か、もらっていない3分の2の方に入っています。

また、この10万人で一人当たりでは年間26万6千円支払われているという結果ですが、均等にお金が渡っていた訳ではありません。一部の高名な医師には特にお金が集中していました。約4700人は年間に100万円以上、96人は年間1000万円以上、6人は年間2000万円以上支払われていたのでした。本職の大学教授・医師としての給与は別にあるので、これらは本給に上乗せされる所得になります。ワセダクロニクル編集長の渡辺周氏によれば、2015年4月1日付け朝日新聞の報道時では、この数字は184人が1000万円以上、最高額は4700万円だったとのことです。透明性が高まって来たことにより、以前よりは講師料などに「節度」が出て来たのかもしれません。

勿論、講師料などの支払いは合法な行為です。医学知識は常に新しく更新されるため、特に専門家の中の専門家と言えるような先生が、一般の医師に知識を普及させる役割が必要なのは理解できるでしょう。そのために製薬会社が特定の医師にお金を支払って、他の医師などの勉強のためという名目で薬の宣伝も兼ねた解説を頼んでいるのです。製薬会社としても、正確な薬の知識を、多くのお医者さんに勉強してもらった上で、薬がきちんと使われるようにするのは至極当然のことです。では、どういうときに問題が生じるのでしょうか。

4.根拠に基づく医療(EBM)の限界

私のちょっと上の世代くらいまでは、病気の仕組みの理解とその理論的治療が幅を利かせていました。こういう異常が起きてこの病気が起こっているので、その異常に働くこの薬を使えば良くなるだろう、といった具合です。ただ、人間の体は複雑系で、そう単純ではないことが分かって来ました。例えば、有名な話では、不整脈の患者さんに、それを良くする薬を使った場合と何もしない場合を比べた場合、意外にも何もしない方が、寿命が長かったことが証明された研究があります。

このように、理論だけではなく実際の患者さんのデータを集め、それを分析して根拠を示さなければ、本当に何が良いのか分からないだろう、という考え方が1990年代から世界中で広まりました。これを、根拠に基づく医療、エビデンス・ベイスト・メディスン、EBMといいます。EBMで特に重要視されるのは、2種類の治療法に患者さんを割り振って、その治療成績を比べるランダム化比較試験という方法です。既に申し上げたように、一つの治療の経験を積み重ねるだけでは、本当に何が効いたのか、厳密にはよく分からないことがしばしばあります。そこで、科学的に2種類の治療に患者さんを割り振って、直接結果を比較しようということになります。

ランダム化比較試験は確かに非常に有効な方法で、成功すればきっちりと何が有効で何が駄目な治療なのか証明され、学術的にも高く評価されます。世界最高峰のニューイングランド医学誌やランセットでも、このような研究が主に掲載されます。ただし、欠点もあって、時間、労力、お金がかかる、治療の評価に適した患者さんが対象になるので、その規準に当てはまらない多くの患者さんでの効果がよく分からない、などがあります。また、製薬会社が行う新しい薬の効果を見る場合は、新薬に勝てる相手として、何も治療しない場合や、古くて効果が低い薬を使う場合が、主な比較対象になります。勝てるかどうか分からない新薬同士を比較するような、無謀な挑戦には、製薬会社は当然スポンサーになりたがりません。さらに、製薬会社に不利な結果が出た場合、その結果の公表を行わない問題も昔から指摘されています。

製薬企業は勿論営利を目的としますから、自分の薬の販売に不利になる行為を積極的に行うのは合理的な行動とは言えません。だれがどう見ても素晴らしい薬だという根拠、エビデンスが作られれば、何もせず黙っていても薬が売れる状況になり、勿論それに越したことはありません。しかし、そうでないほとんどの場合は、外部の権威を上手く利用してお墨付きをもらうことで、薬の価値を高めようとする活動に精を出すことになります。そして、それが節度ある常識的な範囲を超えてしまうと、いろんな問題が起こって来る訳です。(下へ続く)

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