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Vol.191 人生のサード・エイジを「長屋」でいきいきと暮らす~福島県相馬市の「相馬井戸端長屋」~

医療ガバナンス学会 (2018年9月20日 12:00)


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福島県相馬市 保健師
伊東尚美

2018年9月20日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

東日本大震災から7年が経過した2018年、私は4月から保健師として福島県相馬市で仕事を始めた。相馬市は福島県の浜通りに位置し、東日本大震災による津波で458人の犠牲者が出た地域である。相馬市では、震災から1年後の平成24年という早い時期から災害公営住宅である「相馬井戸端長屋」(以下「長屋」)を造成した。この目的は、津波による被害等で家を失い、避難所や仮設住宅へ点々と住まいを変えた高齢者の方々を受け入れることで、震災からの復興を目指してきた。

現在、相馬市には「長屋」が5棟58戸あり、そこに居住している方々の健康管理と健康支援をするのが私の仕事の一つだ。71.4%が75歳以上の高齢者であるが、自立して、あるいは要介護の方は必要な支援を受けながら、生活を送っている。「長屋」には、個人の生活やプライバシーは守られた上で、中央に共有ペースが配置されている点が特徴で、これが様々な場面や人との交流を生み出す。例えば、NPOが無料で配布する昼食を皆で食べたり、朝のラジオ体操があり、「相馬井戸端長屋」の名前の通り、共有スペースに置かれている洗濯機を回しながら、井戸端でのおしゃべりがある。自然と顔を合わせることになり、そこから支え合いにつながることもしばしばだ。私達保健師の行う健康講座だけではなく、医師による健康相談があり、社会福祉協議会が行うお茶会、他に様々なボランティアや国内外からの視察などの訪問客もある。

日本は、世界でも例がないほどの早さで高齢社会に突入している。ちなみに、相馬市の65歳以上の人口割合は28.9%(平成28年度相馬市年齢別人口統計)であり、全国の27.3%と比べても高い割合だ。さらに、相馬市の平均寿命は男性77.8歳、女性86.1歳であるが、相馬市の健康寿命は男性64.8歳、女性67.1歳となっており、平均寿命と健康寿命の差が男性13年、女性19年であり、日常生活に制限のある年数が男女ともに10年以上だ(平成25年度相馬市国保データベース)。健康でいきいきと生活できる期間を延ばすことは人生の質と直結し、今後の課題だ。

今の日本では、「ソーシャル・キャピタル」の減少が危惧されている。「ソーシャル・キャピタル」とは、人々や組織間のつながりを「資源」として捉える概念だ。震災後に重要性が叫ばれるようになった、人との「絆」などはまさにそれだ。日本では、伝統的に組織や地域の「ソーシャル・キャピタル」の力が強く、社会が抱える様々な問題を「助け合う」ことで解決してきた。さらに、日本人が長寿であり続けた大きな理由に、この「ソーシャル・キャピタル」があると言われている。「相馬井戸端長屋」は言うまでもなく、日本が古来から維持してきた「ソーシャル・キャピタル」の復興事業だ。「長屋」では、要介護であっても「長屋」の人間関係の中である程度までなら生活ができるとされ、実際には要介護3レベルの住民もいる。地域や近所との交流の中に身を置ける環境であることは、ひいては健康寿命の延伸につながるのではないか。

年少人口(15歳未満)、生産年齢人口(15歳以上65歳未満)、老年人口(65歳以上)という年齢3区分は人口構成などの統計でよく知られているが、イギリスの歴史学者ピーター・ラスレットは、人生4段階区分論を提唱している。これによると、人生はファースト・エイジ(0歳~成人)、セカンド・エイジ(成人~退職)、サード・エイジ(退職~老衰)、フォース・エイジ(老衰~死亡)の4段階に分けられ、その3番目に相当する、サード・エイジが「人生の全盛期」と主張している。そのためには、人生のステージに合わせた住まいに住み替えることも有効かもしれないが、日本の高齢者には住居を変えることに抵抗を感じる方々も少なくない。しかし、「長屋」の住民たちは、被災し家を失くすという悲劇のあとに、人生のステージに合った住まいに住み替えることができたとも言える。

「長屋」は、退職後の金銭面でも大変有効である。家賃は入居者の収入に応じて定められ、数千円で済む場合も多い。介護保険によるサービスを受け1割の自己負担金であっても支払いが大変だと言う方も中にはおり、近所付き合いの中で助けてもらって何とか生活を送っているというケースもある。例えば、病院の送迎や買い物をお願いしたり、多めに作ったおかずをおすそ分けしたり、といったことはよくある。健康で自立した生活を送りながら、人生のサード・エイジを有意義に過ごすことができるなら有難い。「長屋」で暮らすことで、介護保険を使わずに生活できる高齢者が増えるなら、相馬市の財政面においても、プラスとなるに違いない。また、震災前より相馬市が力を入れている孤独死対策においても、「長屋」は重要な役割を担っている。

平成24年の入居から6年が経ち、入居者の高齢化や健康状態も変化してきており、課題も多い。相馬市としても「長屋」の今後の運営に関して検討する時期に入ってきた。当初は災害公営住宅としての「長屋」建設であったが、一方で、この地域に限らず、超高齢社会への何らかの示唆や提案ができるのではないかとも思える。震災後の相馬市に働く保健師として、「長屋」を通してもまた、地域と健康について考えていきたい。
〇伊東尚美(いとう・なおみ)
福島医大看護学部卒業。寿泉堂綜合病院看護師、福島医大看護学部地域・在宅看護学部門助手を経て、2018年4月より福島県相馬市保健センター保健師。公衆衛生学修士。

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