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Vol.190 勤務医よ立ち上がれ、主体的な働き方改革を

医療ガバナンス学会 (2018年9月19日 06:00)


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NPO医療制度研究会・理事、元・血液内科医
平岡諦

2018年9月19日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

結論:[1]「過労死ラインを超えて、医療安全は守れない」を改革のスローガンに、そして[2]日本医師会・勤務医部会からの総引き上げを。
勤務医の働き方改革が議論されている。政府の狙いは、医師法の応召義務規定などを持ちだして、経団連と連合との間でなされた労使合意の時間外労働の上限規制をいかに打ち破るかにある。議論に欠ける論点は、医療安全との兼ね合いだ。「過労死ラインを超えて、医療安全は守れない」、これを勤務医側のスローガンにすればよい。日本医師会の見解・答申は政府の狙いに沿ったもので、勤務医を守るどころか危機に陥れるものである。日本医師会・勤務医部会から、勤務医は総引き上げをすべきである。

●働き方改革の流れ:
2016年6月2日、『ニッポン一億総活躍プラン』を閣議決定した。
2016年9月2日、「働き方改革実現推進室」を内閣官房に設置した。法定労働時間・36協定・特別条項・適用除外という、これまでの複雑な規定の見直し、特に36協定の見直しが進められることになった。それを受けて労使間の話し合いがなされた。
2017年3月13日、経団連と連合との間で『時間外労働の上限規制等に関する労使合意』がなされた。その内容は以下のように、「原則」と「特定の場合の上限」に分けられているが、医師の働き方にとって重要なのは後者である。
原則:時間外労働の上限は、月45時間、年360時間。特定の場合の上限:[1]月平均60時間(年720時間)、[2]休日労働を含んで、2か月ないし6ヶ月平均は80時間以内、[3]休日労働を含んで、単月は100時間を基準値とする、[4]月45時間を超える時間外労働は半年分を超えない。これまでの上限規制との関連は次項で述べる。
2017年3月28日、働き方改革実現会議が『働き方改革実行計画』を決定した。上限規制については上記の労使合意が取り入れられ、違反には罰則が課されたが「特例の場合を除いて」であり実効性は無いだろう。また、「医師については、時間外労働規制の対象とするが、医師法に基づく応召義務等の特殊性を踏まえた対応が必要である」とされ、「改正法の施行期日を、5年後を目途に適用することとし、医療界の参加の下で検討の場を設け、質の高い新たな医療と医療現場の新たな働き方の実現を目指し、2年後を目途に具体的な在り方、労働時間の短縮策等について検討し、結論を得る」となっており、現在、その検討が進行中である。検討の場は厚労省の「医師の働き方改革に関する検討会」だ。

●労使合意の「特定の場合の上限」と、これまでの上限規定の比較:
まず、「[4]月45時間を超える時間外労働は半年分を超えない」、これはこれまでと同じである。つぎに「[3]休日労働を含んで、単月は100時間を基準値とする」、および「[2]休日労働を含んで、2か月ないし6ヶ月平均は80時間以内とする」、この二つは、いわゆる「過労死認定ライン」である。当然にこれを超えてはいけない。新規に設けられた上限規定が、「[1]月平均60時間(年720時間)」である。これまでの「現実、天井無し」に比べて一歩前進ではある。

●「医師法に基づく応召義務等の特殊性」への対応:
『働き方改革実行計画』にある「医師については、時間外労働規制の対象とする」、これは医師が労働者であることより当然のことである。医師が特殊な労働者である理由は、労働の対象が患者と呼ぶ人間であるということだ。したがって、医療安全が第一となる。「First, do no harm;まず、患者を害してはいけない」、故意はもちろん、過失でも患者を害してはいけないのだ。過失でも、過失致死傷罪という、刑法で罰せられるほどに重要な医の倫理である。これが応召義務よりも優先される、第一の医の倫理だ。言い換えれば、過重労働にあれば(すなわち医療ミスを犯す危険があれば)、招かれても応じてはいけないということだ。過重労働にあるかどうか(医療ミスを犯す危険があるかどうか)は、一義的には医師本人の判断による。
「過労死ラインを超えて、医療安全は守れない」、これをスローガンにすればよい。これが「医師法に基づく応召義務等の特殊性」への対応策である。

●勤務医を危機に立たせる日本医師会への対応:
2017年3月29日、日本医師会は、政府の『働き方改革実行計画』(2017年3月28日決定)に呼応するように、見解を発表した。次のように述べている。「応召義務について、勤務時間規律に抵触しようとも、目の前の患者を救ってほしいというのが多くの国民の思いであり、医療者の思いである」、「多くの患者さんや国民から『医師が労働者であるということには違和感がある』との声をたくさん頂いた」。これを意訳すると、「医者は聖職者、医師法には応召義務もある、普通の労働者とは違うので、勤務時間の上限を規定するのは間違いだ」となる。
2018年4月には、日本医師会・医師の働き方委員会が答申を出した。そのタイトルは「医師の勤務環境のための具体的方策―地域医療体制を踏まえた勤務医の健康確保策を中心に」である。タイトルから見ても「地域医療体制」が主となり、「勤務医の健康確保策」が従になるのは一目瞭然である。これは今回の医療法改定に歩調を合わせたに過ぎない。決して、勤務医ファーストでないことは確かだ。つぎの意見書がそれを示している。
2018年7月11日、上記「答申」を基に、「医師の働き方改革に関する意見書」をまとめ、その概要を松本吉郎常任理事が記者会見で発表した。本意見書は7月9日に厚労省で開催された「医師の働き方改革に関する検討会」に提出済みとのことである。
意見書の中で、「(7)長時間労働是正のための仕組みでは、医師の時間外労働上限の一律の設定は困難であるとして、長時間労働の歯止めとして『医師の特別条項』を設け、特別条項で対応が困難な場合の『特別条項の「特例」』を設定すること」を提言しているのだ。すなわち、これまでの「現実、天井無し」に戻そうとする提言であり、医療安全との兼ね合いを無視した提言である。
勤務医を守ろうとしない(また、医療ミスから患者を守ろうとしない)日本医師会への対応策は、その勤務医部会から勤務医の総引き上げだ。

以上をまとめる。勤務医が、働き方改革を主体的に取り組むには、第一に、「過労死ラインを超えて、医療安全は守れない」をスローガンとすること、第二に、勤務医を守らない日本医師会の、勤務医部会から総引き上げをすること、この二点が重要である。

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