医療ガバナンス学会 (2018年10月17日 06:00)
鳴門教育大学大学院学校教育研究科
黒田麻衣子
2018年10月17日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
かつて私は、公立高校で教員として勤務していた。その間、テニス部の顧問として毎年、60人近い部員を抱え、その指導を一人で担っていた。
私たち指導者には、児童・生徒の安全を守る義務がある。当然だ。大切なお子様を保護者の方からお預かりしているのだ。「万が一」や「想定外」など、あってはならない。私たちは、常に生徒の安全に最大限に気を配っている。それでも、想定外のことは起こる。何故なのか。
通常、部活動も体育の授業時も、40人近い生徒を一人の教師が指導することになる。想像してみてほしい――広い体育館やグラウンド、テニスコートを縦横無尽に走り回る大勢の児童・生徒たちを数人の指導者で管理する大変さを。
たとえば、私の担当していたテニス部の場合、テニスコートで一度に練習できる人数は、どう上手に練習を回しても1コートあたり20人は難しい。そうなると、テニスコートに入るグループと、筋トレグループ、ランニンググループに分けて効率よく練習することになる。
3つのグループに一人で目を配りきることは不可能で、私がテニスコートで指導している間、ランニンググループは学校の周囲を黙々と走っていることになる。「自分が見ていないところで生徒が倒れてしまったらどうしよう」と毎回、ヒヤヒヤしていた。とはいえ、監督である私が監視していないランニングであれば、高校生は適度に手抜きをしてくれる。自分の心臓が潰れるまで負荷をかけることは、なかなか考えにくい。ところが、試合となると話は別だ。
テニスは、一つのコートに最大でも4人しか入れない、たいへんにハードなスポーツである。あの広いコート半面を一人か二人で守り切る。試合時間も、どんなに短くても30分はかかる。1セットマッチであっても、長い試合だと3時間を超える。その間、生徒はひたすら走る、打つ。走る。打つ。休憩はコートチェンジの際の1分のみ。そしてまた、走る、打つ。走る、打つ。真夏の炎天下で、ひたすら走ってラケットを振り続けるのだ。
そうした試合が、16面もあるコートで同時展開される。相手校にも顧問の先生はいるけれど、すべてのコートに教員が張り付くのは物理的に不可能であり、数コートに一人の教員が監視に入ったところで、ふだん指導していない他校の生徒の異変など、よほどの症状にならない限りはわからない。
試合であるので、ふだんの練習では手抜きをするような生徒でも、けっこう必死になる。これが全国大会のかかった試合であったり、団体戦であったりするとなおさら必死になる。私は教員時代、県高体連の役員もしていたので、自分のチームが敗退したあとも、試合会場で運営に携わっていた。おかげで強豪校の生徒が、試合終了後に手足に痙攣を起こした姿を見たのは一度や二度ではないし、救急車を呼んだこともあった。そのたびに、血の気が引く思いがした。
上部大会への進出をかけた大会、高校生活最後の大会で、がんばっている選手に、「もうその辺でやめろ」とストップをかけることは難しい。私たちはドクターではないのだ。説得力もない。もちろん、生徒の命は守りたい。命より大切な大会など、あるわけがない。でも、私たち教員に、命を守る「境目」を判別しろというのは、酷な話だ。私たちには、医師免許もなければ、医療知識もないのだ。
体育祭などは、もっと恐ろしい。ふだん運動をしていない生徒たち(運動部に所属していない生徒たち)が残暑厳しい9月の太陽の下で、全速力で駆けっこするのだ。応援にも力が入る。いくら「テントの中に入れ」と連呼しても、フィールドに出て、声の限りにクラスメイトを応援する。そして、ドッタンバッタンと熱中症で倒れていく。「だからテントの中から出るなと言ったじゃないか」と、また蜘蛛の子を散らしに教員が走ることになる。そんなイタチごっこのたびに思う。「恐ろしい」と。
お分かりいただけるだろうか。生徒の命を守るのに、教員の絶対数が足りないのだ。学校現場は、常に綱渡り状態で生徒に運動をさせているのだ。教員たちは、いつも「命の恐怖」と隣り合わせで生徒の指導にあたっているのだ。運動部を指導している以上、やはりある程度の競技技術の向上はさせてあげたい。試合に向けてスタミナをつけるためには、心身にある程度の負荷をかける練習は必要だ。でも、どの程度の負荷なら耐えられるのか、見極めるのは難しい。部活動指導をしている教員の多くは、その競技の素人であり、心肺機能等に関する医療知識も持ち合わせていない。
だから、私は、生徒の命を守る「リストバンド」を作りたいと思った。すべての生徒が運動時に身につけられるような、数百円程度の安価なリストバンドだ。Appleウォッチのような多機能は要らない。ただ、生徒の心肺に過度の負荷がかかった場合に警告アラームを鳴らしてくれるだけでいい。そうしたアラームがあれば、私たち教員は今より少しだけ安心して、生徒に運動負荷をかけることができる。今より少しだけ指導時の恐怖が軽減すると思う。
たしかに、2004年7月から、非医療従事者である一般市民による自動体外式除細動器(AED)の使用が認可され、学校にもAEDが設置されるようになった。私がかつて勤務していた高校にもAEDが導入され、私も使い方講習を受けた。当時の私は、運動部の顧問をしていたので、かなり真剣に受講した覚えがある。今でも使い方を説明できる自信がある。
では、AEDの設置で、私の「心配」が無くなったかと言えば、答えはノーだった。AEDの設置は、生徒の命を預かっている私たちにとって「最後の砦」かもしれない。でも、望ましいのは「最後の砦」の出番が無いことだ。除細動器が必要になるような状態になる前に、警告を鳴らしてくれるリストバンドがあれば、私たち教員は、安心して生徒に運動をさせられる。適度な負荷をかけられる。
学校での運動時に命を落とす生徒は、年間数十人かもしれない。でも、このリストバンドは数十人のために作るのではない。学校で安心して運動できるように、すべての生徒のために、すべての先生方のために、作りたいのだ。
幸い、私の住む徳島の地で、不動産会社を営む佐川良氏がこの企画に賛同して、支援を約束してくれた。佐川氏はご子息が甲子園に出場した経験を持つ。ご自身も社会人野球を続ける現役選手だ。医学部に進学した私の教え子たちも、自分たちにできる手助けをしたいと申し出てくれている。強い味方を得て、私はこの「リストバンド」を開発・商品化し、すべての児童・生徒に届けたいと願う。
まずは、リストバンド開発のための、基礎データを収集せねばならない。データ収集にご協力いただける学校・部活動チームと、データ収集のための機器をご提供いただける企業・研究室を探している。ご協力いただける方は、徳島の不動産会社「RK」社長の佐川良にご連絡をいただきたい。
○黒田麻衣子(くろだまいこ)
徳島県出身。1997年から徳島県で公立高校教諭として13年間勤務。退職後、徳島県に国語専門塾を開設、現在に至る。2017年より鳴門教育大学大学院学校教育研究科修士課程に在籍中。
○佐川良(さがわりょう)
徳島県出身。地元の製薬会社で3年半勤務した後、独立。地元の徳島県で(株)RKを開業。現在は、不動産業のみならず、コンサルタント業や海外事業への投資などを手広く展開している。