医療ガバナンス学会 (2018年10月18日 06:00)
この原稿は MMJ(10月15日発売号)からの転載です。
弁護士
井上清成
2018年10月18日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
短い発言の引用なので、十分には理解しにくいところがある。ただ、原因分析「報告書に問題がある」ケースも実際には生じうるというリスクを、あえて真正面から否定し去っておられるようにも感じられてしまう。しかし、たとえ超一流の専門家の諸先生方が集まって作られた「原因分析報告書」とても、時には事実認定や医学的評価を誤まることもありうるし、その誤まりが分娩機関や医療者を貶めることもありうることへの危惧や配慮こそが大切である。
常にこのような危惧を感じ、配慮を怠らないように努め続けるべきだと思う。したがって、木下会長の発言に象徴されるように「原因分析報告書が訴訟に使われても構わない」とは、ただちに断定しがたいところがある。
2.「事実は事実として公表すべきだ」
その論説では、木下会長の発言の引用はさらに続く。「そのうえで『日本では(産婦人科以外の診療科で)今でも事故報告書を患者に渡さないことが続いている。事実は事実として公表すべきだ』と意識改革を求める。」とのことである。
その発言は、もしも文字通りならば、国家的制度として成立した「医療事故調査制度」の基本方針に対して、真っ向から反対の意見を表明するものと評しえよう。厚生労働省は、そのホームページで「医療事故調査制度に関するQ&A」を掲載し、その冒頭で「公表」ならぬ「秘匿性」をその基本方針として打ち出している。木下会長の発言は、これに真正面から異議を唱えるものにほかならない。
そこで、次に厚生労働省のホームページを引用する〔2015年5月25日版より〕。
(Q1)制度の目的は何ですか?
(A1)医療事故調査制度の目的は、医療法の「第3章 医療の安全の確保」に位置づけられているとおり、医療の安全を確保するために、医療事故の再発防止を行うことです。
〈参考〉 医療に関する有害事象の報告システムについてのWHOのドラフトガイドラインでは、報告システムは、「学習を目的としたシステム」と、「説明責任を目的としたシステム」に大別されるとされており、ほとんどのシステムではどちらか一方に焦点を当てていると述べています。その上で、学習を目的とした報告システムでは、懲罰を伴わないこと(非懲罰性)、患者、報告者、施設が特定されないこと(秘匿性)、報告システムが報告者や医療機関を処罰する権力を有するいずれの官庁からも独立していること(独立性)などが必要とされています。
今般の我が国の医療事故調査制度は、同ドラフトガイドライン上の「学習を目的としたシステム」にあたります。したがって、責任追及を目的とするものではなく、医療者が特定されないようにする方向であり、第三者機関の調査結果を警察や行政に届けるものではないことから、WHOドラフトガイドラインでいうところの非懲罰性、秘匿性、独立性といった考え方に整合的なものとなっています。
3.公表は停止、訴訟は増加
木下会長の発言とは逆に、現実には、産科医療補償制度における原因分析報告書要約版の公表については、9年間にわたってホームページでの公表が実施されてきたにもかかわらず、10年目の年である2018年の8月1日をもってその公表が一斉に停止された。公表停止の理由は、個人情報保護法違反の疑念に配慮したからという説明のようであるが、実際上の理由としては、原因分析報告書が民事訴訟のみならず、刑事捜査に流用されていたこともその影響が大きかったのかも知れない。
さらには、原因分析報告書作成・交付のシステムのあり方そのものに直結する問題も生じている。一般には減少していると思われていた重度脳性麻痺に関する訴訟が、実際には、大幅に増加していることが判明した。訴訟の件数が、産科医療補償制度施行後の9年間のうちの前半期に比べて、後半期には激増していたのである。一般の医療過誤訴訟の件数も産婦人科一般の医療過誤訴訟の件数も大幅に減少しているにもかかわらず、重度脳性麻痺に関する訴訟だけが逆に激増していた。これは、原因分析報告書の作成・交付のシステムに起因しているのではないかと推測されている。
4.第三者分析から院内分析へ改善を
現在、産科医療補償制度の原因分析システムは、10年目を迎えて、存亡の瀬戸際にある。そこで、原因分析システムの存続のための改善の方策としては、やはり現状の第三者原因分析のシステムから院内での自主的な原因分析のシステムへと改善することが一番であろう。
木下会長の発言の趣旨とは逆方向ではあるけれども、やはり、産婦人科だけの孤立した原因分析のやり方はもう改めて、他の診療科と同様の医療事故調査制度のやり方(院内での自主的な原因分析のシステム)へと改善していくべきである。
http://expres.umin.jp/mric/mric_2018_209.pdf