医療ガバナンス学会 (2018年11月30日 06:00)
この原稿はAERA dot.(7月18日配信)からの転載です
https://dot.asahi.com/dot/2018071300045.html?page=1
山本佳奈
2018年11月30日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
そう語るのは、元なでしこジャパンのキャプテンである澤穂希さんです。選手時代に低用量ピルを内服していたことを、今年の3月に都内で行われたトークショーでお話しされました。大きな話題となっていましたね。
低用量ピルの内服など、月経にまつわるデリケートな問題は、なかなか発言しにくいのが現状です。「生理休暇はあるけれど、そんなのを使って休むとサボっていると言われるから取れないのです」と、酷い月経痛を相談しに外来を受診される女性は多いです。
日本は、低用量ピル後進国と言わざるを得ないのが現状です。
2013年の国連人口部の統計によると、日本のピルの服用率はわずか1%でした。一方、フランスは41%、ドイツは37%、イギリスは28%、米国は16%でした。欧州におけるピルの内服率は、日本と比較してはるかに高いのです。日本は、韓国の2%、中国の1.2%にも及びません。
私事で恐縮なのですが、低用量ピルにまつわる私の事例をご紹介します。二十歳をすぎた頃から生理痛がひどくなり、起き上がることすらできなくなりました。藁にもすがる思いで婦人科の先生に相談し、低用量ピルの存在を知りました。
低用量ピルを内服してすぐに生理痛は消え、倦怠感や月経痛も、ほとんど感じなくなりました。いつ月経が始まるかを簡単に予測できるようになり、「そろそろ来るかな……」とそわそわすることもなくなりました。
そんな低用量ピルは、毎日内服する必要があります。正しくは、21日間飲み続け、7日間休薬します。けれども、医師として働くようになった頃から、飲み忘れが多くなってしまったため、医局の自分の机の上に置くことに決めました。それからは、飲み忘れることなく内服できていました。
ですが、ある日、「ピルを机の上に置かないで」と同僚の医師から注意を受けました。
頭痛薬などの常備薬を机の上に置いているようなつもりだった私は、どうしてダメなのか?と尋ねました。すると、「ピルを机の上に置くのは、コンドームを置くようなものだ」とある医師から言われてしまったのです。私は、悲しくて悔しくて泣いてしまいました。これが日本におけるピルに対する理解の現状なんだと実感したことを覚えています。
避妊薬として知られているピルですが、実は、避妊以外の効果も兼ね備えています。そもそも、低用量ピルとは一体どんなものでしょうか。
ピルには、卵胞ホルモン(エストロゲン)と黄体ホルモン(プロゲステロン)という、女性ホルモンに似た成分が2種類含まれています。ピルを内服することで、これらの女性ホルモンが体内に分泌されている状態になるため、卵胞の成熟が抑えられ、結果として排卵が起こらなくなります。また、ピルは、子宮内膜が肥厚するのを抑えることで受精卵が着床しにくい状態にしたり、子宮頚管粘液を変化させ精子が子宮内に侵入するのを妨げます。こうした作用によって避妊効果を得ることができるのです。
では、ピルの避妊効果は、どれくらいだと思いますか?
飲み忘れることなく継続して1年間ピルを内服した場合の妊娠率は、0.3%と言われています。もちろん、内服を中止すれば、妊娠することが可能です。低用量ピルの内服を中止してから1年後の妊娠率は、94%であったという報告もあります。
もちろん、低用量ピルを内服することによる副作用も報告されています。「ルナベル配合錠LD/ルナベル配合錠ULD」の添付文書によると、機能性(特に原因となる疾患がない)月経困難症に対するルナベル配合錠を内服した652症例において、主な副作用は不正性器出血22例(3.4%)、悪心21例(3.2%)、浮腫9例(1.4%)、嘔吐8例(1.2%)、頭痛7例(1.1%)を認めたとあります。
しかしながら、こうした副作用を考慮しても、ピルを内服して得られる避妊以外の効果があるのです。
第一に、月経周期が規則正しくなります。ピルは21日間内服し7日間休薬することで、月経周期を28日周期にするため、月経不順は解消されることになります。
第二に、月経前症候群(PMS)の症状が軽くなります。PMSは、「月経前の3~10日間続く精神的あるいは身体的症状で、月経発来とともに減退ない消退するもの」と定義されており、イライラや頭痛、腹痛や腰痛や眠気、倦怠感、乳房の圧痛や四肢のむくみといった症状が出現します。頻度は全女性の50〜80%、症状は200〜300のあると報告されており、女性ホルモンのバランスの変化が、PMSを発生させる原因の一つだと考えられています。低用量ピルを内服することで、常に女性ホルモンのバランスを一定に保つことができるため、PMSの治療薬として効果を発揮してくれるのです。
第三に、月経痛や月経量を軽減してくれます。月経中に増殖する子宮内膜には、子宮の収縮を促すプロスタグランジンという物質が含まれており、このプロスタグランジンの分泌過剰によって子宮収縮の増強をもたらすために、痛みを引き起こしてしまうのです。低用量ピルを内服すると、子宮内膜の増殖が抑えられるため、プロスタグランジンの量は減少し、月経痛が改善され、月経量も少なくなるというメカニズムです。
避妊の目的だけでなく、月経困難症や子宮内膜症に対する有効な治療薬として、その使用頻度が増加している低用量ピル。それにも関わらず、日本において服用率が低いのはどうしてなのでしょうか。
1つ目の理由として、承認が遅かったことが考えられます。低用量ピルが日本で承認されたのは、1999年。米国での承認から25年も経過していました。なんと、国連加盟国の中では日本の承認が最も遅かったのです。
2つ目の理由として、医師による処方が必要であることが挙げられます。低用量ピルをドラッグストアで購入できる国が多い中、日本では医師が処方しなければ、低用量ピルを手に入れることはできないのが現状です。
3つ目の理由として、避妊目的で低用量ピルを内服する場合、保険適応外であることが挙げられます。保険適応ではないため、費用は自己負担となってしまうのです。ただし、子宮内膜症に伴う月経困難症と機能性月経困難症の治療目的であれば、低用量ピルの一部は保険適応になっています。
近年、女性の社会進出が進んでいます。女性の社会進出をいかに支援するか。労働人口の減少が進んでいる我が国が抱える喫緊の課題だと思います。
2年前のリオオリンピックのことです。女子競泳選手の400メートル個人メドレーに出場した選手は、試合後に倒れ込んでしまいました。そんな彼女は、試合後のインタビューでこう述べました。「昨日、月経が始まりすごく疲れていた。でも、それは理由にならない。今日の自分の泳ぎが良くなかった」と。
競技のコーチの多くが男性であるがゆえ、「月経中だ」と言えない女性選手は少なくないと聞きます。アスリートでなくても、私含め、多くの女性にとってそのような環境の中で働いているのが現状だと思います。なので、公の場での彼女のこの発言は、とても印象的でした。
低用量ピルを内服し、月経をコントロールすることで、体調管理している女性が徐々に増えてはきているものの、まだまだ理解が追いついていないのが現状です。低用量ピルや月経に対する正しい理解が広まることを切に願っています。