医療ガバナンス学会 (2019年1月15日 06:00)
三春町は阿武隈山系の西裾に位置する町です。三春町の名の由来は、春になると梅、桜、桃が一斉に咲くからだ、と言われています。そして、三春町といえば滝桜。樹齢推定1000年超、日本三大桜に数えられ天然記念物に指定された紅枝垂れ桜です。私自身もここ数年、毎年訪れています。夜はライトアップされており、その荘厳な佇まいを見ることが出来ます。
今回私たちは、ひらた中央病院で甲状腺検査を受診いただいた三春町の方々を対象にアンケートを行い、福島第一原子力発電所事故後の三春町における、安定ヨウ素剤配布・内服の実態を調査しました。下記ではその研究結果をご紹介します。1
放射線災害後の甲状腺がんの予防は重要な健康対策上の課題です。チェルノブイリ事故後、放出された放射性ヨウ素によって甲状腺被ばくが起こり、その結果甲状腺がんの増加が観測されました。予防策として、屋内退避、避難、汚染された食品摂取を避けることが重要です。それに加えて、安定ヨウ素剤の内服も大切な予防策です。甲状腺は、ヨウ素を取り込み利用する臓器です。(通常の、放射性でない)ヨウ素が枯渇していると、放射性ヨウ素が集積してしまうので、事前に安定ヨウ素剤で甲状腺をヨウ素で満たしてあげると、放射性ヨウ素が入ってくるのがブロックされる。甲状腺の被ばくが抑えられるという原理です。チェルノブイリ事故後には、ポーランドからの報告によると、安定ヨウ素剤の内服による副作用は軽微でした。
ちなみに、ヨウ素は、食生活によって、摂取量が異なります。日本人はもともとヨウ素摂取量の多い国民です。日本の食生活では、味噌汁、うどんの出汁など、様々な形で昆布を用います。昆布には多くヨウ素が含まれており、これらの摂取は甲状腺がんに対して予防的に働きます。これは、チェルノブイリ事故後の地域と異なる点です。内陸に位置し、海藻類を摂取する食習慣はありませんでした。
さて、先の福島第一原子力発電所事故後、推定される被ばく量が大きくないと判断されたため、国や県としては、安定ヨウ素剤の配布や内服指示を行いませんでした。また、結果的にも、その対応で良かったことがわかりました。しかし、情報が錯綜する中で、7つの自治体(富岡町、双葉町、大熊町、三春町、いわき市、楢葉町、浪江町)が自主的に配布を行い、うち4つの自治体(富岡町、双葉町、大熊町、三春町)は内服指示を行いました。2三春町は、内服指示まで行った自治体の1つです。
福島第一原子力発電所から西に50kmほど離れた三春町は、安定ヨウ素剤の事前ストックはありませんでした。災害後に、福島原子力発電所周辺から三春町に避難してきた自治体から安定ヨウ素剤の情報を得ました。放射線量については県も「わからない」との回答でしたが、県災害対策本部で、安定ヨウ素剤を保管していることが確認されました。三春町は、対象者分の譲与申し入れ行ったところ、快諾されました。その日のうちに安定ヨウ素剤の調達を行い、町の方々が夜を徹して配布準備を行いました。翌日、配布と同時に「内服してください」と内服指示を行っています。この配布・内服指示のタイミングは適切であったことが、後に報告されています。3今回、この三春町からひらた中央病院に検診に来られた方を対象に検討を行いました。
40 歳未満の住民または妊婦が配布対象となりましたが、世帯換算で94.9%の配布を達成したとのことでした。その中で、今回の調査結果から判明したのは、63.5%の児が内服していたということでした。内服の有無について分析を行うと、事故当時0–2歳の方は、3歳以上の方と比べて内服していない傾向にあること、保護者が内服していない場合は、内服していない傾向にあることがわかりました。配布地区は8箇所あったのですが、地区による影響よりも、個人の影響のほうが大きかったことがわかりました。
約3割の方が内服できていなかったのですが、その原因についても検討しました。内服出来なかった理由については、内服に対する不安が最多を占めていました。その他の理由を詳しく見ると、大きく3つの配布方法の課題、有効性や副作用に関する薬剤情報提供の課題、内服指示の課題が浮かび上がりました。
内服できなかった理由について、その一部をご紹介します。内服指示に関しては、「乳幼児の内服方法がわからなかった」という回答がありました。小さな子供は、当然錠剤を飲むことが出来ません。安定ヨウ素剤の錠剤をすりつぶした上で内服する、飲み物や食べ物に混ぜる、という一手間が必要です。なお、現在は安定ヨウ素剤のゼリーも利用可能となっています。4安定ヨウ素剤については、これまでの他国からの報告を見ても副作用はかなり少なく、実際に三春町に報告された副作用はありませんでした。薬剤情報については、十分時間をかけて知っておいてもらいたいものです。
また、内服できなかったという声がある一方で、内服をせずに取っておいたという回答もありました。国や県による内服指示でなかったことを受け、「配布された安定ヨウ素剤を今後の災害に備えて取っておいた」方も居たのです。
先の結果とあわせると、自治体として気をつけるべきことは以下の点です。まず、安定ヨウ素剤についての有効性・安全性の情報提供をしっかり行うこと。そして、内服方法、特に幼児の内服方法についてしっかり情報の提供を行うこと。具体的には、有効であること、副作用が軽微であることを知っていただくこと。有事の内服の指示をどのように行うか、住民に具体的にお知らせしておくこと(防災無線等の地域固有の連絡システム、SNS、ウェブの掲示板など)。また、安定ヨウ素剤の配布については、事前配布しておく方法と、公共施設に貯蔵しておき、有事に配布する方法があります。有事に配布する方法の場合、その配布方法も事前によくお知らせしておくことが大切です。このような情報を、保護者・子供そろってよく説明を聞いていただくことが重要です。
原子力発電所については、両極端な意見を聞くことが多いです。なんだか耳を覆いたくなる気持ちもわかります。しかし、世界各国には原子力発電所が存在しているのもまた事実です。世界保健機関 (WHO)は放射線災害後の安定ヨウ素剤内服のガイドラインを2017年版にアップデートしました。5我が国においても、原子力規制委員会で安定ヨウ素剤の服用等に関する検討が進んでいます。わたしたちは、事故後の状況から、できるだけ多くのことを学ぶ必要があります。
2018年のある日、三春町役場を訪問すると、保健師さんが「1年限定なのですが」と言って改まって名刺を出されました。異動・退職、の文字が頭をよぎったのですが、何のことはなく、愛姫の生誕450周年のアニバーサリーイヤーだということでした。6愛姫は、三春藩出身で、伊達政宗の正室でした。自然、文化、魅力あふれる三春町、是非訪れてみて下さい。
今回改めてわかったのは、限られた時間の中で、三春町が配布・内服指示を達成されたのは、直後の大変な努力の賜物ということです。末筆になりましたが、ご参加いただいた皆さま、三春町の方々、検診実務の労を執っていただいている誠励会ひらた中央病院の方々に、改めまして御礼申し上げます。今回の話が、災害対策に役立てば幸いです。
参考文献
1.Nishikawa Y, Kohno A, Takahashi Y, et al. Stable Iodine Distribution among Children after the 2011 Fukushima Nuclear Disaster in Japan: An Observational Study. J Clin Endocrinol Metab 2018. DOI:10.1210/jc.2018-02136.
2.東京電力福島原子力発電所事故調査委員会. 国会事故調 報告書. 2014.
3.三春町実生プロジェクト. http://fukushima-misho.com/miharu/ (accessed Dec 24, 2018).
4.日本医師会. 原子力災害における安定ヨウ素剤服用ガイドブック(2017年版). http://www.med.or.jp/doctor/report/saigai/yguidebook2018.pdf (accessed Dec 24, 2018).
5.世界保健機関(翻訳:長崎大学). 安定ヨウ素剤による甲状腺ブロック. 2017. http://apps.who.int/iris/bitstream/handle/10665/259510/9789241550185-jpn.pdf;jsessionid=90824663BF1323F5D207B681B9032004?sequence=5 (accessed Dec 24, 2018).
6.三春町. 愛姫生誕450年記念 特設サイト. http://miharu-megohime.com (accessed Dec 24, 2018).