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Vol.008 医療・社会における自分の立ち位置を追求し続けた、1人の薬剤師(1)

医療ガバナンス学会 (2019年1月16日 06:00)


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仙台市医療センター仙台オープン病院
薬剤師 橋本貴尚

2019年1月16日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

今回、初めて投稿させて頂きます、宮城県仙台市にある(公財)仙台市医療センター仙台オープン病院で薬剤師をしております橋本貴尚(35歳)と申します。
最近色々思っていることを、医療に限らず述べてみたいと思いますが、その前に、自分の素性を申し上げたいと思います。

◆自分の身の上話
東北大学大学院薬学研究科に在籍していたときは、今井潤教授(現 東北大学名誉教授、医師)の御指導の下、大迫研究という疫学研究に従事しておりました。大迫研究とは、1986年に岩手県大迫町(現 花巻市大迫町)で開始された、高血圧・循環器疾患に関する疫学研究です。詳細は色んなところで見ることができるので割愛しますが、本研究が世界中の人々にパラダイムシフトをもたらしたことは「お家で血圧を測る」という事だと思います。一昔前は「血圧測定は医療行為である。患者が勝手に血圧を測るなんてけしからん」などと言われていたらしいのですが、今では血圧計が電気屋さんに普通に売っております。皆さんも何気なく買い求め、何気なく使用されているかと思います。

今井潤先生の研究室には医師、看護師、保健師、歯科医師、薬剤師、統計学者、基礎研究者などと多様な専門家が揃い、「高血圧並びに関連疾患の予防」という共通のテーマの下、お互いに切磋琢磨していたように思います。このような環境に日々身を置いておりますと、「薬剤師とはどのような存在か」、「薬剤師は、医療にどのような貢献ができるか」というアイデンティティをすごく考えました。これが今に生きていると思います。さらに、今井門下の先生方が、現在、日本各地の大学の医学部・薬学部の公衆衛生学系の教室で枢要な地位を占め、大学生・大学院生に疫学・公衆衛生学を指導しております。
一例を挙げれば、ある大学医学部の公衆衛生学系の教授の先輩は、「疫学が理解できれば、診療しながら研究ができる」として、医学生全員にSASという統計ソフトの取り扱いを指導しております(将来、自分も薬剤部の人間全員に教えてみようかな笑)。ある大学薬学部に準教授として赴任した先輩は、その薬学部に初めて「社会薬学教室」を創設しました。ある病院薬剤部で准教授をしている先輩は、薬剤疫学を専門的に指導できる日本全国的に見ても数少ない人間ですので、現場の薬剤師からの研究相談や社会人大学院生の受け入れなどを行っております(現場で薬剤師をやっている者の活躍は、残念ながら聞きません)。

社会薬学とは、薬が社会に及ぼす影響を研究する学問で、有名なものですと、SMONやサリドマイド四肢症が社会に及ぼす影響の検証が挙げられます。しかしながら、薬学部では基礎研究偏重であり(それ自体は否定しません)、戦後まもなくから薬害の問題が指摘されていながら、薬学部でそれを社会薬学的に研究していたところは、恐らくほとんどなかったのではないかと思います。現在、免疫チェックポイント阻害薬や、「先駆け審査指定制度」で治験の期間が大幅に短縮されて市場に出てきた薬など、市販後に適正使用のあり方を検証しなければならない薬がたくさんあります。しかしながら、医療現場においてそれを実施できるノウハウを持つ医療従事者はほとんどおりません(宮城県に関して言えば、それができる能力を持つ薬剤師は3名程度かなと思います)。

まぁ、今でこそ偉そうに社会薬学や疫学・公衆衛生学を語ることができますが、大学3年生で配属された頃から修士課程修了までは(当時は全て4年制)、疫学の意義を全く理解できませんでした。「医師が、患者さんからデータ取って研究するんでしょ」くらいな印象でした。研究室には解析用のパソコンがずらりと並んでいるだけでしたので、他の実験系の研究室の同級生からは「お前のとこの研究室はパソコンしかないな。スパイダーソリディアの研究でもしてるのか?」なんて言われたこともありました(一生懸命実験している同級生がまぶしく見えました)。博士課程に進んだ後は、泊まり込みでカルテからデータを拾ったり、家庭血圧計を600台をひたすら掃除したり、大迫住民から同意を取ったり、大迫住民のお薬情報の収集をしたり、大迫保健福祉部の方との打ち合わせに同席したり、と少しずつ疫学研究の本質に入っていきました。そうしますと、今度は「疫学研究」が大変規模の大きい研究であることが徐々に認識でき、そのあまりの規模の大きさを把握しきれずにおりました。
博士課程修了後は医療の道に進みました。結果的に良かったかな、と思っております。

今振り返りますと、疫学研究というのは、家庭血圧計をひたすら掃除するような、一つ一つは小さく見える行為の無限の積み重ねと、多種多様な考えを持つ専門家集団のたゆまぬ日々の研究、そして、人間の生老病死に沿った時間経過、これらが折り重なって成り立っているのだ、ということが理解できました(理解したつもりになっているだけかもしれません)。この経験が博士課程修了後の自分の業務・研究に生きていると思っております。とりわけ、「小さな事の積み重ねを粘り強く続けていくことで、結果的に大きな仕事を成し遂げられる」、「大きな仕事というのは1人では決してできない。力のある者の助けが必要不可欠」という考え方に対する揺るがない根拠になっていると思います。

◆研究する人は金がない、夢も失っていく
僕くらいの歳(35歳)ですと、知り合いに大学の助教をやっている者が何人かおります。昨年、東北大学の各部署で助教をやっている方々5人と、ホームカミングデーの打ち合わせも兼ねて飲み会をすることになりました。僕以外が全員大学の助教で、しかも、30歳前半でストレートに助教になった、いわゆる気鋭の研究者なので、若干緊張して飲み会に臨みました。しかし、そこでの会話は、僕が(楽観的に)想像していた研究者生活とはかけ離れていた内容でした。
「助教の任期、あと2年。次どこ行こうかな。」
「東北工業大学や宮城高専に移る人が多いみたい」
「科研費、◯◯(なにか、難しい方の枠)ダメだったから、△△にした」
といった、どこか、大学3年生が就活の話をするような内容が延々続きました。他日、東北大学薬学部時代の大先輩である後藤順一先生(40年上)とお話する機会がありました。後藤先生は、「助手時代はとても楽しかった。お金のことは何も考えなくて良いし、毎日アイディアが浮かんできた」と、目を輝かせてお話されておりました。
この数十年のうちに、研究者は金を奪われ、夢も奪われました。日本人研究者がノーベル賞受賞の度に研究の重要性が着目されますが、その盛り上がりも一時的な話で、研究者の多くには恩恵は来ません。日本の科学技術力は弱っていく一方で、それに伴い日本そのものの力も弱っていきます。

この内容は、東北大学の広報誌「萩友会会報」に寄稿させて頂きました(2018年No.16)。大学の「外」にいる人間が、大学で研究している同胞を思って書いてみました。大学から夢が無くなる、ということは、将来入学してくる若者の夢を奪う、という事だと思います。この寄稿は大変微々たる取り組みではありますが、「何かをせずにはいられない」という思いから出たものです。

◆初めから夢のない人はいない
僕自身、薬剤師の仕事の傍ら、自分の日々の業務の実績を論文などに形に残そうと取り組んでおります。しかし、日本の多くの病院では、どんなに学会発表しようが、論文を書こうが、それに対する評価は少ないか、存在しません。むしろ、「診療報酬に繋がる資格・認定をとったかどうか」、「取得した認定で月何件点数を稼げるか」が重要視されます(ただ、それ自体は否定しません)。
なので、「日々の最低限の仕事だけしていよう」と考える薬剤師は相当数存在すると思います(きっと、他の職種でも一緒ですよね)。一日中薬の袋詰めをやって、月◯◯十万円の給料が出るのであれば、(やりがいは別にして)手っ取り早いですよね。「よし5時だ、終わった」みたいな。しかし、そういう薬剤師って、目が死んでいる。患者さんを見ていない。皆さんも、調剤薬局などに薬をもらいに行ったときに「何考えているか分からない薬剤師」や、「目が死んでいる薬剤師」、「『質問するな』オーラ全開の薬剤師」に会ったことはありますか?

しかし、それは個人のやる気の問題だけでは帰結できない気がしております。楽観的かもしれませんが、始めからやる気のない人、始めから夢のない人はいないと思っております。「やる気をなくさせる何か」が、きっと存在するのだと思います。
僕は、同世代の薬剤師仲間と、情報共有と切磋琢磨を行う取り組みを、数年前から始めました。せめて、薬剤師が「日々の業務が医療に役に立つ」という感覚と、「周りも頑張っているから自分も頑張ろう」という気持ちだけでも持ってもらいたいと思い、細々と続けております。そして、仲間内で評価し合い、切磋琢磨する機会として、メーリングリストを通じて日々の疑問を投稿すると、他の薬剤師から返答が来ます。日常の疑問、例えば「医師から薬に関するこういう質問を受けて返答したが、よく考えると、○○かもしれない」と誰かが投稿したところ、他の薬剤師が「それを学会発表してはどうか」という話になり、要旨作成をみんなで手伝い、学会発表に至った事例を経験しました。他に、「業務に役立つ論文が読みたい。だけど、英語は敷居が高い」という要望があれば、和文誌の中から選定し、参加費無料(部屋代の割り勘だけ)で、批判的吟味勉強会を行いました(これまでに数回実施)。

宮城県内や東北地区での学術発表会には地元の薬剤師が多く集まりますので、そこに毎回欠かさず発表演題を出し、東北各地の薬剤師に声かけをして「情報共有と連携」をテーマにしたシンポジウムを行ったりしてきました。2016年には日本医薬品情報学会から20万円の研究費を得、宮城県内の各領域で活動する薬剤師の情報共有を図ってみました。予防(セルフメディケーション)、急性期病院、療養病院、調剤薬局、地域の大学、地域の薬剤師会から薬剤師を募り、「地域で医薬品情報を共有し、安全・安心・最高の薬物治療を考えよう」という主旨で研修会を開催させて頂きました。ちょこっとした記事になり(薬+読(やくよみ) 「職域を超えた薬薬連携を目指し有志が研修会」https://pharma.mynavi.jp/contents/yakuyomi/)、論文(橋本貴尚ら.医薬品情報学.2018,19(4), 158-171)にもできました。
取り組みを始めてから数年が経ち、新たに業務の成果をとりまとめて学会発表を行う薬剤師がちらほら出てきました。また、薬剤師から「○○の薬について調べてみたいが、どうすればよいか」という相談も何件も受けました。このように、取り組みをずっと続けていくことで「みんなで頑張ろう」という気運が高まってくることに、期待したい考えです。大げさな物言いで恐縮ですが、自分が真っ先に実践し、それを見本に他の薬剤師がやる気を出してもらえる、薬剤師にとってのDream Makerでありたいと思っております。

(2)につづく

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