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Vol.019 憲法違反が危惧される医師の働き方改革は許されない(1)

医療ガバナンス学会 (2019年1月30日 06:00)


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全国医師ユニオン代表
植山直人

2019年1月30日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

憲法違反が危惧される医師の働き方改革は許されない
2019年1月17日 全国医師ユニオン緊急声明

1月11日の厚労省の「医師の働き方改革に関する検討会」で事務局案が提案された。そこでは1年間の時間外労働の上限を1900時間から2000時間として検討するとされたている。これは1カ月に約160時間の時間外労働を12カ月連続で行ってはじめて達するものである。昨年、成立した労働基準法の法改正では、特別な事情がある場合でも時間外労働の上限は休日労働を含めた場合、年960時間、単月100時間未満、 複数月平均80時間を限度としている。これは過労死の認定ラインを念頭に置いたものである。ただし医師に関しては、別に議論を行い省令として定めることになっており、現在、「医師の働き方改革に関する検討会」で議論が進められている。今回、厚労省が示した年間の時間外労働の上限約2000時間は、一般労働者の上限である年間960時間の約2倍である。また月の時間外労働の上限はほぼ160時間となり、複数月平均80時間の2倍で過労死ラインの2倍に当たる。

日本国憲法は第14条で「すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない」と定めている。つまり職業による差別を認めていない。また、憲法にもとづき労働基準法には「第三条  使用者は、労働者の国籍、信条又は社会的身分を理由として、賃金、労働時間その他の労働条件について、差別的取扱をしてはならない」と定められている。さらに、「第四十条 (一部省略)公衆の不便を避けるために必要なものその他特殊の必要あるものについては、その必要避くべからざる限度で(一部省略)、厚生労働省令で別段の定めをすることができる。 2  前項の規定による別段の定めは、この法律で定める基準に近いものであつて、労働者の健康及び福祉を害しないものでなければならない」と定めている。しかし、今回の省令案は、過労死による生命の危機を無視するものであり、他の労働者の基準とかけ離れたものである。

さらに、憲法第18条では「何人も、いかなる奴隷的拘束も受けない。又、犯罪に因る処罰の場合を除いては、その意に反する苦役に服させられない」と定めている。今回の省令は月に160時間の時間外労働を業務命令として強制することができるものであり、現場の医師は意に反する苦役を強いられる可能性が高い。
また、憲法第25条では「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」と定められているが、過重労度を強いられる医師は、健康で文化的な最低限度の生活を営むことはできない。

日本の医療は、医師不足を医師の過重労働で補ってきた。その結果、日本の医師の労働時間は国際的にも国内的にも突出している。その過酷な労働環境が多くの医師の健康や命を奪い、その家庭を破壊してきた。医師不足や医師の偏在は医療政策の失態であり、その責任は国がとるべきである。
労働法は、労働者を守る法律である。憲法の理念に反し特例に特例を重ね、法律本来の目的を変節させる厚労省の責任は重大である。しかも医師不足を引き起こしたのは厚労省の医師数抑制政策であり、その厚労省が自らの反省なくして、医師個人に責任を転嫁することなど言語道断である。憲法を無視した厚労省の暴挙が認められるようなことがあれば、労働基準法はますます形骸化し、医師のみならず労働者の権利は脅かされる一方であろう。
私たちは、労働組合と医療従事者ならびに、法律家、国会議員、そして全ての労働者、学生、市民に厚労省の暴挙を止める世論を巻き起こすことを呼びかけるものである。
厚労省案の11の問題点と求められる対策

2019年1月17日
全国医師ユニオン代表 植山直人

1、厚労省案の問題点

1)厚労省の基本姿勢の問題
これまで日本は医師数抑制政策をとり、医師不足を医師の過重労働で補ってきたが、今回の省令はこれまでの政策を変えず、法律を現場に近づけるもので、改革の名に値するものではない。従来からの医療政策を延命させ、これまでの政策の誤りを医師聖職論により医師の個人責任に転化するものに他ならない。検討会では、「目の前の患者を助けるためには長時間労働はやもえない」という言葉を何度も聞くが、一部の医師に負担が集中しない制度やシステムを作ることが検討会の役割である。多くの医師が身体的・精神的に病み、過労死さえ生んでいる現状への反省と改革、未来への展望を示すことが検討会の本来の目的である。

医師数問題に関して、簡単に触れておく。医師の過重労働が日本で必要な理由が医師不足にあることは明らかである(図1)。厚労省案では2035年に特例は終了することになっているが、その理由は2036年内に医師の需給が均衡するためとしている。16年にもわたって不正常な状態を勤務医に押し付ける前に、当面は医師を増員し、解決を早めるのが常識である。また、偏在をなく具体策もない。この発想では2035年に医師の需給が改善していなければ特例は延長される可能性が高い。
さらに、厚労省の示す案は、憲法違反が危惧されるのみならず、医療現場に様々な害を及ぼし、他の業界にも悪影響及ぼすことが危惧される。最近、厚労省の不祥事か続いているが、厚労省の政策立案にとって都合の良い安易な対応が目立っている。今回の時間外労働時間の提案に関しても、憲法や労働基準法、過労死等防止対策推進法などとの整合性を十分検討したとは思えない。
超長時間労働を認める理由も、平成27年時点で約1割の医師が1920時間を超えて働いているという安易なものである。今回の提案が省令となりそのもとで労災が起きた場合、私たちは司法に違憲立法審査を求めることになるが、そこで省令が違法とされた場合、どのような責任と対応を取るつもりなのであろうか。また、過労死ラインをはるかに超える時間外労働を認める省令のため医師の過労死は起き続ける。過労死の民事裁判において使用者が訴えられ、長時間労働を命じた病院長などが民事責任を負わされることが予想される。この場合には省令を守った病院長などが加害者になってしまう。このような問題に関して十分な検討が行われているのか、はなはだ疑問である。

図1 OECDと日本の医師数比較

http://expres.umin.jp/mric/mric_2019_019-1.pdf

2)検討会の構成問題
上記のような問題が出てくる背景に検討会の構成の問題がある。本検討会の構成に関して医師の労働組合の代表が入っていないために、医師委員の意見に大きな偏りがみられる。検討会での医師の委員の発言を聞く限りほとんどの委員は長時間労働経験し、これを乗り切った医師である。勤務医労働実態調査2017では、約4割の医師が健康に不安をもっている。労働時間規制の賛成の医師は51.6%、反対する医師は13.9%とわずかで、多くの医師は多くの医師は切実に労働時間規制を求めているが、その声が届いていない。また、医師の過労死裁判等を経験するなど医師の労働問題に詳しい医師側の法律家や弁護士も委員に選出されていない。このため、検討会の厚労省案は、現場で苦しむ多くの医師が絶望する内容となっている。

3)2000時間の時間外労働では済まない医師の労働負担
1年間の時間外労働の上限が仮に1920時間とすれば。これは1カ月に160時間の時間外労働を12カ月連続で行ってはじめて達するものである。わかりやすい例を示すとすれば、1日8時間の時間外労働とすれば夕方5時から深夜1時までの残業を月に20日間、年間を通して毎月15年後まで働かせることが可能となる。
しかも、この時間にはオンコール(自宅での待機)時間は全く含まれていない。現状では、年の半数のオンコールを負わされている医師もいる。頻回に呼び出される医師の労働は過酷であるが、拘束時間は全く労働時間に反映されない。また、医師には医学の進歩に対応するため研鑽が必要であるが、業務命令のない医学の勉強や学会活動などの自主的な研鑽は労働時間に含まないとしている。つまり勤務医に過労死ラインの2倍の時間外労働とオンコール、さらに自主的な研鑽を課すものである。当然、まともな睡眠時間は確保できず、正常な社会生活を送ることはできない。家庭での人間としての役割を全く無視した、医師を機械のように扱う非人道的な労働時間である。

4)医師の健康は守れない
厚労省は約2000時間を超える時間外労働を認める理由として、現状で約1割の医師がこれを超えて業務を行っていることを上げているが、これらの医師たちは本人の医師に反して働かされているケースやワーカホリック(仕事中毒)となっている可能性が高い。勤務医労働実態調査2017の健康状態に関する質問では、「健康に不安」が 33.4%、「大変不安」が3.8%、「病気がち」が2.9%と、医師の健康が危険にさらされている実態が示されている。

必要なことは年の時間外労働が1920時間を超えると言われる約1割の医師に関しては、その業務内容を徹底的に見直し、特定の医師に長時間労働が集中しない取り組みを早急に進めるべきである。本当にその医師が非常識な長時間労働を行わなければ医療は崩壊するのか疑問である。特定の医師に業務が集中する体制が放置されていたり、ムダな業務を漫然とやらせていたり、チーム医療が確立していなかったり、他の医療機関との連携が不十分であったり、医師招聘に関して自治体や地元大学の姿勢に問題があることが予想される。これらを徹底的に改善することが前提条件となる。

また、すでに健康を害している医師、健康を害す可能性がある医師に関しては直ちにドクターストップをかけなければならない。責任感の強い医師ほど危険である。そして、健康を守ることができる上限時間とする必要があるが、その時間は日本における労災に関する研究や労災に関する裁判判例を考慮すれば過労死ラインと言うことになる。これを超えて健康が守れるという科学的な裏付けは存在しない。

5)早急な改善を前提としない制度設計
この間、国立循環器病研究センター病院で月に300時間の時間外労働を認める36協定が問題視され大きく報道されたが、報道によれば、病院側は実際にはそのような長時間労度を行っている医師はおらず、現在は改善され過労死ラインを超える医師はいないと述べている。この間、労基署が入った医療機関の多くで、労働時間の短縮が進んでいる。今回の法案では医師に関して5年間の猶予が設けられているが、この意味はこの5年間で可能な限り改善を進めるための時間を与えたということである。5年後に年2000時間程度時間外労働の上限を設けるということは、この5年間、働き方改革は何もやらないことに等しい。医療機関での真剣な改善の取り組みに逆行した上限時間の設定である。

6)医師増員や時短インセンティブを消失させる制度
年2000時間の時間外労働を認める案は、この間、何の改善策も取っていない医師不足の医療機関に今のままでも問題はないという誤ったメッセージを与える可能性がある。過労死ラインを超えることに対する罪悪感がなくなり、医師集めもタスクシフトも進まない可能性がある。また、これまで、医師の労働時間を引き下げてきた医療機関も、過労死ラインを超える36協定に戻す可能性がある。悪質な医療機関の中には、医師不足のままであれば特例の病院に選ばれるため、あえて改善を進めずに特例病院に選ばれることを追求するモラルハザードが起きることが危惧される。
医師の過重労働は絶対的な医師不足と偏在に原因があるが、この省令が認められれば長時間労働を前提とした必要医師数の推計が行われることになり、医師の長時間労働が固定化する懸念がある。

7)地域・診療科の偏在の促進
勤務医労働実態調査2017では、実際に診療科を選ぶうえで「労働環境が良いこと」を考慮する若い医師が急激に増えている。従って、長時間労働が常態化する診療科を選択する医師は減少し、診療科の偏在はさらに広がる。
また、医療過疎地の医療機関での勤務は、利便性の低下や子育て問題(実家から離れて親の援助を受けられない、ベビーシッター等のサービス等がないなど)、さらに学会等への参加が困難になるなどのデメリットがある。これに加えて過労死ラインの2倍の過重労働が容認されることになれば、そのような医療機関を選択する医師は今まで以上に少なくなるであろう。

今回の厚労省案では、特例の医療機関として都市部の救急体制を担う病院なども含まれており、対象医療機関はかなりの数に上ると考えられる。これは都市部での医師不足の深刻さを反映したものと考えられるが、安易な拡大は許されない。地域全体の医師数が明らかに突出して少ない場合を除けば、地域内での医師の配置が効率的になっていないだけである。救急を担う病院の一般外来を減らし医療機関の役割分担を明確にするなど効率化をはかることで解決すべき問題である。
過重労働の特例問題は、医師個人のみでなくその家族にも大きな問題である。独身医師または専業主婦を妻に持つ男性医師を前提としたモデルであるため、将来、子供を産み育てたいと考える女性医師や、男性医師であっても妻が働いているケース、すでに子育てや親の介護を行っている医師たちは、救急医療や医療過疎地での仕事に貢献したいと思っても、特例による長時間労働がこれを阻むことになる。

8)大学などの高度医療機関における若手医師問題
今回の厚労省案では「一定期間集中的に技能の向上のための診療を必要とする医師養成のための政策的必要があるため」に年2000時間程度の長時間労働を認めるとしている。これは大学などの高度医療機関での専門研修を行う医師を念頭においたものと考えられる。業務命令でない自己研鑽を労働時間から除外しておきながら、若者にだけこのような長時間労働を課すことは滅私奉公を強要する時代遅れの考えである。EU諸国の医師の労働時間(図-2)をみれば一目瞭然であるが、EU諸国では年齢による労働時間の差はあまりなく、若い医師は長時間働くべきであるという発想はない。日本のみが若い医師に長時間労働を強いており、このために若い医師の過労死がなくならないと考えられる。しかもこの論理は医師不足とは関係がないため、2035年が過ぎても若手医師の長時間労働は永続的に続くことになる。

図2 医師労働時間国際比較

http://expres.umin.jp/mric/mric_2019_019-2.pdf

9)女性差別を固定化する制度
昨年は、医学部医学科入試での女性差別が問題となった。文科省の調査では9つの大学で不正があったとされているが、この調査結果は、医学部入試での女性の合格率の低さを説明できるものではない。多くの大学の面接や小論文、総合的評価などで女性が不利益を受けていることが強く疑われるが、この点は明らかにされなかった。
女性差別が起きる背景には勤務医の過重労働があるが、長時間労働が認められる病院では今後も出産・育児を希望する女性は敬遠されることなる。専業主婦を妻に持ち、家事や育児を行わない男性医師モデルが医師の標準とされ続けることになる。

10)医療安全の無視
昨年来、航空パイロットの飲酒問題がマスコミで取り上げられて、厳しい批判を浴びている。しかし、24時間を超える連続労働は飲酒状態と同様の注意力低下を生むことは国際的な常識となっている。このため、EU諸国では交代制勤務を基本とし長時間の連続労働は、行なっていない。
日本外科学会の調査によれば、「医療事故・インシデント(ヒヤリ・ハット)」について、何が原因と考えるかを聞いたところ、「過労・多忙」が81.3%と断然トップであった。
起床後16時間を超えると人間の注意力は急激に低下することが知られている。日本でも安全確保の点から、トラック運転手の連続労働は休憩や手待ち時間も含めて13時間(例外でも16時間)と労働基準局が定めている。
労働基準局は医師のみ28時間連続で働いてよいとするなら、安全が確保できる科学的な理由を説明する責任がある。もしそれができないのであれば、患者に対して長時間労働の告知を行い、長時間労働中に医療事故が起きた場合には、長時間労働を命じられた医師は免責とすべきである。長時間労働が引き起こすリスクは、該当する医師の責任ではない。患者もそのような医師の治療を望んではいない。交代制勤務を徹底し安全な医療を提供できるシステムを作る必要がある。

11)全ての労働者への悪影響
地域医療を守ることを理由に特定の人間に長時間労働をさせるという発想は、医師以外の職種へも大きな圧力となることが予想される。医師が一人で行えることは限られており医療スタッフと協力して診断・治療に当たる場面がますます増えている。「目の前の患者を助けるためには」看護師によるバイタルの測定や患者家族への問診など看護師の協力を必要とし、血液検査を行えば検査技師、レントゲンやCTを撮るには放射線技師の協力が必要である。時間外に予定外の医療を行うことは他の医療スタッフの残業時間を増やすことになる。医療過疎地では、看護師などの医療スタッフも少ないのが実情であるが、当然これらの職員の労働時間を引き上げる圧力が高まる。
医師は年2000時間の時間外労働ができるとなれば、また過労死ラインの2倍働くことが認められるのであれば、過労死ラインなど大したことではないとの風潮が他の職種にも広がることは避けられない。また、28時間の連続労働が認められるのであれば、とトラック業界などでも連続13時間(例外でも16時間)を守るコンプライアンスは大きく損なわれるであろう。
さらに、経済界にとっては、労働時間の上限引き上げや例外作りを進めることへの誤ったサインとして受け止めかねられない。例外作りの悪い手本として利用される可能性が高い。
労働界にとっては、職業による労働者の分断が進められことになり、労働者の団結を弱め労働運動の弱体化を進める可能性がある。
また、国会での議論を通さずに憲法違反が疑われる省令を簡単に作る前例ができることになり、さらに労働者の権利が奪われることが危惧されることになる。
今回厚労省の提案は働き方改革全体を破壊するインパクトを持った危険な提案であることを厚労省は十分に理解する必要がある。

つづく

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