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Vol.024 絶対不足の風疹ワクチン、なぜ国は緊急輸入をしないのか? -アリバイ作りと時間稼ぎの間にも、犠牲者は増えていく。

医療ガバナンス学会 (2019年2月6日 06:00)


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この原稿はナビタスblog(2月1・4日配信)を再編集したものです。

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医療法人鉄医会ナビタスクリニック理事長
久住英二

2019年2月6日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

風疹の流行拡大を防ぐため、成人男性の一定層を対象にワクチンが定期接種化されることとなりました。しかし自治体による実施は、早くても夏以降。それどころか、国内メーカーによる供給量は、目標達成に必要な本数を大きく下回っています。唯一の解決策であるはずの緊急輸入は、検討すらされていません。
◆2018年度予算に組み込まれた風疹対策、対象者は300万人!

懸念されていた事態が起きました。厚労省は昨日、風疹ウイルスに感染した妊婦から胎児も感染し、障害が起きる「先天性風疹症候群」(CRS)の届け出が埼玉県にあったことを明らかにしました(報道)。国内での確認は先の流行(2014年)以来とのことです。

成人男性を中心に今も流行している風疹。昨年は首都圏を中心として2,917人の患者が報告されました。

この事態を受け、厚生労働省は昨年末、今年1月から2022年3月までの約3年間、今年40-57になる成人男性の抗体検査とワクチン接種費用を原則無料とする方針を発表しました(自民党厚生労働部会・社会保障制度調査会・雇用問題調査会合同会議が、風疹に関する追加的対策の骨子を了承)。

上記定期接種化の費用として、17億円が2018年度の第2次補正予算案に盛り込まれています。18年度予算の活用分を含めると、計30億円の予算計上となるそうです。

厳密には、接種対象者は、1962年4月2日~1979年4月1日生まれの男性約1610万人です。その世代の男性は、風疹の抗体保有率が約80%と低く、他の年代に比べて風疹に罹りやすいことが分かっているためです。

これを、2020年開催の東京オリンピック・パラリンピックまでに85%へ、2021年度末までに90%以上へと、引き上げを目指すというのです。実際に接種が必要なのはそのうち2割程度と言われ、3年間で最大300万人程度と見られます。
◆どう見ても足りないワクチン。対象者は300万人以上なのに、供給は100万本以下。

ところが問題は、風疹ワクチンの供給量。

先日、ワクチン供給側の関係者に詳しい話を聞く機会がありました。結論として私は、国内のワクチン製造に頼る限り、目標達成はまず無理だろうとの確信を強めました。

一般社団法人日本ワクチン産業協会(国内でワクチンを製造・販売している企業が集まって組織された団体)が毎年発行している『ワクチンの基礎』2018年版冊子によれば、2016年の麻疹風疹混合(MR)ワクチンの生産量は、271万4千本。同じく風疹ワクチンは17万8千本。両方を合わせても、供給量は年間約289万本です。

子供への風疹予防の定期接種は、1歳と就学前1年間の2回。毎年、100万人弱の赤ちゃんが誕生すると考えると、2期分で約200万本使われますから、単純計算で大人に使えるのは残りの89万本です。

先の通り、対象年齢の成人男性のうち抗体検査が陰性の人だけに接種するとしても、必要な本数は300万本以上。すみやかに接種の段取りが整ったとして、到底足りるとは思えません。

その関係者は、厚労省から合同会議に示された追加的対策の骨子案と、その議事録を確認したそうです。合同会議では、供給量はどうなのか尋ねた議員もいたものの、厚労省側からは「考えます」「前向きに検討します」といった回答しかなかったとのこと。

そんな中、厚労省は新たに、まずは特に患者の多い40~47歳(1972年4月2日~1979年4月1日生まれ)の男性に、定期接種の対象を絞る施策を打ち出しています(こちら)。4月以降、市町村から抗体検査の受診券を送付し、受検を促すようです。ただし、上記以外の年代の男性でも、希望すれば受診券はもらえる、としています。

たしかに絞り込みは致し方ないでしょう。しかしながら、問題は2つあります。そうしてお茶を濁していても、供給体制が需要より大幅に下回っている以上、不足は解決しないこと。そして、最初に抗体検査を求めるため、忙しい働き盛りの男性にとって接種へのハードルが高く、定期接種化しても実効性が疑わしいことです。
◆不足分を輸入すれば解決する話。しかし、素知らぬ顔の厚労省・・・。

現在、風疹含有ワクチンは国内3社が製造しています。先ほどの関係者によると、通常は供給不足が起きないよう、関係官庁と日本ワクチン産業協会とが協力し、製造各社で需給調整の指示が出されるそうです。

しかし今回の追加必要量は、現実的とは言えない数字。一気に倍近く生産量を増やせるような、大きな工場を持つ会社は国内にはありません。絶対量から言えば、いずれ供給不足を巡った混乱は必至です。

では、供給不足を回避するための現実的な施策とは何でしょうか?

単純です。足りない分を海外から輸入することです。

実際、国内での不足を補うために海外からワクチンの緊急輸入が行われたことが、2000年代に入って1度だけあります。2009年に起きた、新型インフルエンザの世界的大流行(パンデミック)の際です。

ところが年が明けた1月、承認審査を簡略化した薬事法上の特例承認が初適用された頃には、すでにパンデミックは急速に終息へと向かっていました。結局、輸入されたワクチンは大量に余ってしまい、破棄するしかなかったそうです。

こうしたドタバタ(決断が遅きに失しただけですが)を経験したために、国は海外からのワクチン輸入に及び腰になっているのでしょうか。国として輸入しようという動きはもちろん、話すら出ていません。

他に何か理由があるのでしょうか・・・?
◆厚労省が見ているのは国民ではなく、国内ワクチンメーカー?!

海外のワクチンは国内製品とは違う製造基準・品質基準で作られています。国内製品と同じ試験でも違う結果が出たり、成分が少し違っていたり、国内では使用できない成分が含まれることもあります。となると、安全性を確認したり、副作用救済費用を考えたりするのも、容易ではない、と国は説明するかもしれません。

(なお、個人輸入では、薬代に加え、輸送費や副作用に備えた保険料もかかります。ナビタスクリニックは非常に良心的、利益はほとんどないでしょうと、ワクチン供給側関係者の方に言っていただきました)

だったらいっそ、日本の基準を世界標準に合わせてしまえばいいのに、と思われるでしょうか。もっともな意見です。ところが、そうした動きは鈍く、ほとんど感じられません。

国内のワクチンメーカー大手3社(化血研、阪大、北里)は、すべて大学から始まった研究機関でもあります。私には、「自国は自分たちで守る」という大義名分を傘に、身内を擁護し、彼らの既得権益を守ってやっているようにしか見えないのです。

予防接種部会など厚労省の検討会でも、輸入を提案する人はありません。国の検討会には、そうした面倒な意見を出さない専門家(現場から離れて久しい偉い先生たち)を選んで呼んでいるのでは、と思うくらいです。たとえ意見が出ても、厚労省側からは「検討します」「宿題にします」という常套句しか出てこないでしょう。

それでも形としては、検討会で専門家に諮った、というアリバイが作れます。
◆「抗体検査」を求めるのは、ワクチン不足の“時間稼ぎ”?

ワクチンを定期接種化するということは、自治体の業務になるということです。責任が国から自治体に移る、ということです。つまり、その地域の対象者に対し接種を推し進めていかなければならず、その方法は自治体の裁量でありタスクとなります。
話を聞いたワクチン供給側の関係者によると、予防接種の定期化は、風疹が流行し始めた昨年夏ごろには厚労省の予防接種部会で議題に上がっていたそうです。そして年末に滑り込みで2018年度の補正予算に組み込まれました。今年度の事業として予算がついているわけですから、今年度中に着手しなければなりません。
今回出された厚労省の追加方針は、2月上旬の政令・省令改正によって実効性を持ちます。4月から(報道では夏から)の受診券配布に向け、各自治体は大慌てで準備を開始することでしょう。
対象者のリストアップと印刷、発送といった作業と同時に、委託医療機関の選択や連携、そして分配された予算をもとに、抗体検査費用やワクチン接種料金をいくらに設定するのか……自治体としては、決めねばならないこと、やらねばならないことが一気に降ってきた状況です。段取りをつけた上で、GOサインを待とうという自治体もあるでしょう。
ただ、ここで改めて気になるのが、抗体検査の実施です。今回の追加の方針でも、対象となる世代にまず抗体検査を課す点に変更はありませんでした。
抗体検査を実施すれば、たしかにワクチンのムダは生じません。しかし、抗体検査を受けて陰性と診断され、それから接種の運びとなるのでは、多忙な働き盛りの男性にとって負担が大きすぎます。陽性の人(接種不要の人)であっても、検査とその結果を聞きに行くのとで、2回は医療機関に足を運ばねばなりません。
そもそも2割しか陰性と判断されないのに、2回も受診しなければならない。インフルエンザのようにそこら中に患者がいて感染リスクが高いわけでもない。これでは重い腰が上がりません。
厚労省はその点を織り込み済みで、供給不足の混乱を免れるために、あえて抗体検査を必須としているのではないか、そう疑いたくもなります。しかも、定期接種化すれば責任は自治体に移ります。形の上では、国はやるべきことをやったと言える、というわけです。
◆厚労省は対策が不十分だと知っている!

さらにひどい話を耳にしました。

『医療経済』2019年1月1日号に掲載された、ロハス・メディカル編集発行人の川口恭氏の論説「風疹緊急対策のインチキ」によれば、厚労省は、「もし2020年7月までに500万人程度が抗体検査を受ければ、おそらく100万人程度が陰性となってワクチンを接種することになる。そうなれば対象世代の抗体陽性率80%に5%程度上乗せして85%と集団免疫を獲得できる」という考えのようです。

要するに、本来は接種を受けるべき300万人分が揃わなくても、2020年7月までに100万本確保できれば、なんとか集団免疫は維持できる、というのです。

ところが川口氏によれば、上記の80%や85%という数字の出し方に、インチキがあります。専門的な話になりますが、ざっくり言えば、「陽性」と判断する基準が甘いのです。この80%は、感染拡大を防ぐには不十分な免疫の付き方の人(かかってしまうが重症化しない人)も含んでの数字。もし「陽性」の基準を厳しくすれば、今回抗体検査と予防接種が無償化される世代の成人男性では、陽性率は70%台になると見られます。同時に、現在の基準のまま85%を達成しても意味はありません。

また、そもそも抗体陽性率の計算のもとになったサンプルの集め方にも、偏りがあるようです。健康意識の高い人たちの集団であれば、抗体陽性率は実社会より高く算出されます。

何より、厚労省はこれらのことを認識しているのです。先に、免疫の付き方が不十分な人が多いことを踏まえて、予防接種を推奨する通知を出しているといいます。つまり抗体陽性率80%という数字を当てにすべきでないことを知っているのです。

以上を踏まえると、厚労省が見ているのは、国民ではなくワクチンメーカーだと思わざるを得ません。のらりくらりとお茶を濁しているうちに、ワクチンを求める動きは後退し、国産ワクチンの製造が追いつくと考えているのではないか。

しかし、風疹の流行が長引くほど、悲しい思いをするご家族も増えてしまうでしょう。一番の懸念はそこです。

2012~2013年の全国的流行では、結果的に2012年10月~2014年10月の間に45例の先天性風疹症候群が確認されました。今回の流行でも、すでに障害を持って生まれた赤ちゃんが報告されています。予算を付けて定期接種化したのに同じような結果となってしまったら、国はどう説明するのでしょうか?

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