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Vol.032 「肺からの空気漏れ」見逃し、体調急変 ーー検証 東大病院 封印した死(3)

医療ガバナンス学会 (2019年2月20日 06:00)


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http://wasedachronicle.org/articles/university-hospital/h3/

この原稿はワセダクロニクル(20018年12月13日配信)からの転載です。

2019年2月20日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

もし、あなたの大切な人が、効果を期待できない危険な治療で亡くなり、それが医療事故ではなく単なる「病死」として処理されていたとしたら、どうしますか?

http://expres.umin.jp/mric/toudai3-1.pdf

東京大学病院循環器内科の責任者、小室一成教授。東大医学部管理研究棟前で、第83回日本循環器学会学術集会で使うオープニングビデオ撮影に臨んだ。小室教授は同学会の代表理事も務める。男性が死亡した件については、取材に応じていない。東大病院の齊藤延人院長もワセダクロニクルの質問に対して「質問書に記載されている方が、当院で診療をお受けになったことがあるか否かを含めお答えはできません」と回答している=2018年11月26日午前11時34分、東京都文京区本郷7丁目 (C)Waseda Chronicle

東京大学病院で、最新の心臓カテーテル治療を受けた41歳の男性が、治療の失敗後に死亡した。治療中に生じた肺からの空気漏れによる「気胸」を長く見逃され、男性の容体は急変したとみられる。カルテや検査画像に、その証拠がはっきりと残っている。医師たちが気胸に早く気づいていれば、男性は術後16日で死亡することはなかったのではないか。しかし、東大病院は解剖もせず、男性を「病死」として処理した。

これは東大病院による組織を挙げての隠蔽ではないのか。

◆熟練した医師ならば難しくないが…

私たちは、カルテなどの資料を4人の専門医と詳しく検証した。その内容を基に、治療当日を再現する。

2018年9月21日午前、東大病院の手術室に男性が入った。マイトラクリップと呼ばれる最新の心臓カテーテル治療(*1)を受けるためだった。心臓の収縮力低下を招く難病「拡張型心筋症」を7年前から患っていた男性は、心機能が著しく低下し、この治療を受けられる状態ではなかった。それにも関わらず、東大病院が治療を強行したことはこれまで報じた通りだ。(これまでの記事はこちらから)

カテーテル治療が始まった。担当医は循環器内科の金子英弘医師。手術室にはほかに、同じ科の医師たちや、心エコーを扱う医師、全身管理を担う麻酔科医、そして看護師らがいた。

金子医師の主導のもと、男性の脚の付け根にある太い静脈に、カテーテルが差し込まれた。
行き先は心臓だ。
静脈を出たカテーテルは、心臓の右側に入った。
ここからが山場だ。
心臓上部の左右を仕切る壁(心房中隔)に、カテーテルを通す小さな穴を開けなければならない。カテーテル治療に詳しい他の病院の循環器内科医は語る。
「心房中隔に穴を開ける手技は、ある程度の技術が要ります。しかし、熟練した医師ならばそれほど難しくはありません」
カテーテル治療は、レントゲンや超音波の画像を見ながら進められた。だが、行き詰まった。
心房中隔になかなか穴が開かない。何度もトライした。それでもだめだった。
カルテにはこう記載されている。
「中隔穿刺を行ったが、中隔の肥厚、(中略)何度通電しても穿刺できず」
「可変式カテなどを使用するも穿刺できず、これ以上の手技継続は合併症のriskを考慮し、本日は手技中止とした」
要するに、こういうことだ。
ーー心房中隔に穴を開けようとしたが、拡張型心筋症の影響で、思ったよりも厚くなっていて貫けない。カテーテルの種類を変えるなどして何度か試みたが、いずれも失敗に終わった。心臓にこれ以上の負担をかけると危険なので、マイトラクリップの装着は断念して、治療を中止したーー
ところが、この時、さらに重大なトラブルが発生していた可能性がある。
誤って心臓内の別の部分を突き、その先にある肺にも穴を開けてしまった可能性だ。
だが、そのことは考慮されなかった。

東大病院では6例目となる患者の治療は、途中で断念という明らかな失敗に終わった(*2)。

【動画】東大病院の循環器内科のトップ、小室一成教授へのインタビュー(C)Waseda Chronicle

◆気胸を見逃し右肺が潰れる / 「信じ難い見落とし」と専門医

治療中止の直後、男性は胸部レントゲン検査を受けた。
結果は「特に問題なし」。カルテにはそう記された。
ところが事実は異なっていた。
私たちはこの男性のレントゲン画像を入手した。
その右肺下部には、縦長の黒い部分があった。
3人の医師にこの画像を見てもらった。都内の循環器内科医は「これを問題なしとするなんて信じ難い。担当医は本当にこの画像を見たのだろうか」と疑問を投げかける。他の2人も一目で「明らかな気胸です」と断言した。
気胸とは、肺に穴が開いて周囲に漏れ出した空気によって、肺が圧迫されて潰れることをいう。胸の痛みや呼吸困難が生じる。胸腔(*3)にたまった空気は、肺ばかりか心臓も圧迫する。肺の働きが気胸で低下すると、血中の酸素が減って心臓にも悪影響を及ぼす。
心臓の状態が著しく悪い患者にとっては、これらが致命傷となりかねない。
男性は初期の気胸を見逃され、医師から「深刻な問題はない」と判断された。このため治療の翌日には、集中治療室から一般病棟にうつされた。
しかし、一般病棟に移ったその日に、男性は血の混じった痰を吐く。改めて胸部レントゲン検査をした。
右肺が著しくつぶれていた。気胸が明らかに悪化していた。

◆緊急処置よりCT検査 / 容体が急激に悪化
この時のレントゲン画像も私たちは入手した。
これを見た都内の心臓外科医はいった。
「肺がひどくつぶれていて、一刻の猶予もない状態です。すぐに胸腔にチューブを刺し込んで、たまった空気を抜かなければならない」
しかし、東大病院の対応は違った。

緊急の処置は後回しにして、さらにCT検査(コンピューター断層撮影)を行ったのだ。

「レントゲン画像だけでも状態の悪さはわかります。すぐに処置をしないと、どんどん悪くなって生命にも危険が及ぶ。なぜ、のんびりとCT検査を行ったのか、私には理解できない」と心臓外科医は話す。
これに対して、都内の大学病院に勤務する循環器内科医は「状態をより正確に把握するため、CT検査を行ったことは許容できる」と理解を示す。
しかし「気胸をこのような状態になるまで放置したミスは重大です。この間に、患者の弱った心臓が受けたダメージは計り知れない」と指摘する。
男性のCT検査で確認できたのは、気胸の状態がやはりとても悪いということだった。気胸に加えて、出血を伴う「血気胸」も生じていた。肺に穴を開けた時に血管を傷つけて、出血が続いていたとみられる。
ここまで来てやっと、東大病院は胸の中にたまった空気を抜く処置を検討し始めた。
男性に気胸が生じてから、すでに24時間以上が経過していた。
男性の容体は急激に悪化した。
マイトラクリップ治療の失敗から5日後の9月26日午前には、心肺停止状態に陥った。蘇生処置と人工心肺の使用で、命はどうにか保てたものの、心臓は既に回復不能なほどのダメージを負っていた。
男性のカルテには、9月26日までの急変の経緯が次のようにまとめられている。
「処置後の気胸、AF(不整脈)出現などにより不安定な状態であった。そのことに由来したと思われるVT(不整脈)により、さらに低心拍出状態・循環維持が不可能となり、CPA(心肺停止)にいたったと考えられる」(*4)
10月7日。男性は死亡した。

http://expres.umin.jp/mric/toudai3-2.pdf

1858(安政5)年神田お玉ヶ池種痘所に起源を持つ。東大病院の齊藤延人院長は「これまで永きにわたり優秀な人材を多数輩出し、日本の医学・医療の発展に貢献して参りました」とホームページの「病院長挨拶」で書いている=2018年年11月26日12時27分、東京都文京区本郷7丁目(C)Waseda Chronicle

◆解剖なし、理由は「お母さま希望されず」 / 「異変」記載なしの空欄だらけの死亡診断書

私たちの手元に男性の死亡診断書がある。男性が死亡した日、東大病院で作成されたものだ。
「死亡の原因」を詳しく記す欄には、直接死因「慢性心不全急性増悪」、直接死因の原因は「特発性拡張型心筋症」とだけ記されている。
マイトラクリップ治療の実施日時や、それによって生じた気胸などについては、記入欄に一切書かれていない。危険を承知で行った手術だったにも関わらず。
さらに、男性は解剖されなかった。
カルテにはその理由がこう書かれている。
「お母さま希望されず」
この対応を疑問視する医師は多い。東大病院関係者は「ミスを隠すため、遺族に解剖の重要性をしっかり説明しなかったのではないか」と見ている。
男性のケースは、持病の拡張型心筋症のために心機能が急激に悪化し、亡くなった、ということで処理された。

http://expres.umin.jp/mric/toudai3-3.pdf

男性が死亡した東京大学病院。東京大学医学部の同窓会は鉄門倶楽部という=2018年11月26日午後12時42分、東京都文京区本郷7丁目(C)Waseda Chronicle

=つづく
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掲載記事一覧。
(2018.12.7) 新治療の実績づくりに躍起 – 検証 東大病院 封印した死(2)
(2018.12.6)【速報】厚労省が東大病院を聞き取り調査へ / 厚労省「特定機能病院として望ましいものかどうか判断」
(2018.11.30) カルテが語る真実 — 検証 東大病院 封印した死(1)
(2018.11.26)【速報】東大病院で心臓治療の患者が術後16日で死亡、院内からもミス指摘の声 / 医療事故調に届け出ず、「病死・自然死」で処理
関係者へのインタビューは以下の動画からご覧いただけます。
【動画】担当医師へのインタビュー
【動画】東大病院の循環器内科のトップ、小室一成教授へのインタビュー
【脚注】
*1 脚の血管から入れたカテーテル(医療用の細い管)の先端を心臓内の僧帽弁まで進め、この弁の先端を特殊なクリップで挟んで形を整える。それによって心臓内の血液の逆流を軽減し、心不全を改善させる。2018年4月に日本での保険適用が始まったばかりの新しい心臓治療。
*2 男性へのマイトラクリップ治療を担当した金子英弘医師は、「熟練した医師」のはずだった。ドイツ留学からの帰国後に出した自著『急速展開する僧帽弁閉鎖不全症治療―MitraClipと新たなカテーテル治療が切り開く未来像』では、こう書いている。「ドイツではヨーロッパ全体の症例数の約7割が行われており、世界最大の症例数を誇っています」「幸いにも私は世界の先頭を走るドイツに渡り、実臨床の現場で、これらの治療を経験し深く学ぶ機会に恵まれました」。
*3  肋骨や横隔膜に囲まれた胸の中の空間。この中に心臓や肺、食道などがある。
*4 カッコ内はワセダクロニクル。

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