医療ガバナンス学会 (2019年2月22日 06:00)
この原稿はAERA.dot(11月14日配信)からの転載いです。
https://dot.asahi.com/dot/2018110900014.html
森田麻里子
2019年2月22日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
そもそも、赤ちゃんはお母さんのお腹の中にいるときは無菌です。しかしお腹の外に出るその瞬間から、赤ちゃんの消化管に菌が入り込んでいき、腸内細菌叢をつくります。出産方法が経膣分娩なのか帝王切開なのかや、母乳栄養なのかミルク栄養なのかといった違いによって、赤ちゃんの腸内細菌叢も異なることがわかってきています。
実は子どもでも腸内細菌と肥満やアレルギー、免疫系の疾患との関連が示唆されており、出産方法や栄養方法と肥満等の関係を調べた研究が複数あります。
例えば、2016年にハーバード大学から発表された研究では、9~12歳の子2万人以上を10年以上に渡って追跡しています。追跡中のどこかの時点で肥満と分類されるリスクは、帝王切開で出生した子の方が、経膣分娩で出生した子の1.15倍になっていました。
同じ子どもたちのデータを使って、9~12歳の子どもの肥満と、その子達が赤ちゃんだったときの栄養方法を調べた研究もあります。生後6カ月まで母乳だけで育てられた子は、ミルクだけで育てられた子と比べて、肥満のオッズが0.66倍と低いことがわかりました。また、母乳を長く飲んでいればいるほど、肥満になるオッズは低かったのです。
そして先月はまた新しく、子どもの腸内細菌そのものを調べた研究が発表されていました。アメリカ・フィンランド・ドイツ・スウェーデンの研究者たちが、生後3カ月から3歳までの子ども903人、のべ1万2千の便サンプルを解析して、腸内細菌の種類や、どんな因子が腸内細菌の多様性を高めるのかについて調べています。すると、生後3カ月から1歳2カ月ころまでが腸内細菌が大きく発達する時期に当たり、母乳を飲んでいるかどうかや出産方法、住んでいる場所や兄弟、ペットの有無などが腸内細菌に影響していることがわかりました。
なかでも特に影響が大きいのは母乳です。母乳だけの栄養であっても、ミルクとの混合栄養であっても、母乳をあげていることで腸内のビフィズス菌が多くなります。また、これまで赤ちゃんの腸内細菌は、離乳食を始めることで変わっていくと考えられていました。しかし、腸内細菌叢の発達期が終わる変わり目は、離乳食のはじまる5~6カ月ではなく、1歳過ぎに来ます。実は、食事を始めることよりも、母乳をやめることの方が腸内細菌に大きな影響を与えるようです。
とはいえ、どんな腸内細菌叢が良いのかというのは、単純な話ではなさそうです。一般に腸内細菌の多様性があるのは良いことですが、母乳を飲んでいる子の腸内細菌はビフィズス菌が多く、最初はむしろ、ミルクだけの子より多様性が低い状態です。しかし、時間が経って母乳を飲む量が減るとともに、この関係は逆転していきます。
また、体に良い特定の菌が決まっているとも限りません。この研究では、1型糖尿病と腸内細菌の関連を調べることも大きな目的の一つでした。1型糖尿病とは、子ども時代に発症することが多い糖尿病で、膵臓の中にあるインスリンを作る細胞を自分自身の免疫が攻撃してしまうことで起こります。しかし研究の結果では、1型糖尿病に関しては特定の菌の種類が関連しているとは言えず、むしろ様々な菌の機能が関係しているのだろうと結論づけられていました。
日本では、基本的に帝王切開をするのは医学的な必要がある場合だと思いますし、母乳とミルクに関しても、母乳希望だけれど事情があってミルクというお母さんも多いです。帝王切開もミルクも素晴らしいものですし、出産方法や栄養方法はそれぞれの家庭の事情があって決まるものなので、ことさらに経膣分娩や母乳の良さを訴える必要性はないかもしれません。しかしその上で、母乳をいつまであげるか迷っているお母さんにとって、このような研究が後押しになる部分もあるのではないかと思います。
また、現在は「善玉菌」として乳酸菌やビフィズス菌などの菌の種類が取り上げられ、食品等に利用されています。しかし腸内細菌が集団としてどういう機能を果たしているのかが明らかになってくると、機能性食品の内容も変わってくるのかもしれません。