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Vol.040 エネルギーという悪魔:(3)いわき四倉のアンモナイト

医療ガバナンス学会 (2019年3月4日 06:00)


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浜通り 永井雅巳

2019年3月4日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

地図上にコンパスを使って、クリニックのある平(タイラ)から東~北東に半径16kmの8分の1円を描くと、東は青松が並ぶ舞子浜を突き抜け太平洋に至る。海岸沿いを南に下ると津波で街全体が流された豊間となる。震災以前は舞子浜から豊間まで海水浴場が広がっていたそうだが、今は防潮堤だけが繋がる。
再び車を国道6号(ロッコク)まで戻し、北東方向にダンプに挟まれながら走る。「この先、東日本大震災津波浸水地域」と書かれた看板を過ぎると、すぐに、「道の駅・よつくら港」がある。海岸に建つ蟹洗い温泉を右手に見る辺りからロッコクは次第にその高さを上げ、久ノ浜バイパスとなる。久ノ浜バイパスは、旧ロッコクが津波で冠水した経験から、地上高く造られた。

それまで海への景観を遮ってきた防潮堤はここで途切れ、見下ろすとテトラポットに砕ける波頭から灰青の海がどこまでも続き、やがて遠くで空となる。波立(ハッタチ)トンネル辺りから、夏には道路壁を舐めるように覆いつくしたヤブカラシに代わり、季秋の候となるとススキが列をなす。愛車ミント号のフロントガラスにはカゲロウの群生と間違うほどのその白い頴果が音もたてずにぶつかる。この候、波立の樹叢は、この辺りを北限とするスダジイやタブの大きな常緑広葉樹と葉を落としたケヤキに、カエデやイチョウが赤・黄のアクセントを添える。何か、この風景に似た絵があったような気がするが、思い出せない・・ターナーかコンスタブルだったろうか。
窓ガラス越しに、海岸線を辿ってゆくと、海と空の境目を貫いて、白い煙突が聳えているのが見える。あたりのものは光を失い静まりかえっているのに、この煙突だけが遠くに白く光って見える。広野町にある火力発電所だ。その向こうに楢葉町、富岡町、大熊町、双葉町、浪江町と続くが、大熊町・双葉町の原発はここからは見えない。福島には幾多の発電所があるが、規模でいうと圧倒的に東電の運営する原発2基とこの広野の火力発電所が大きい。また浜通り海岸線の最南端に勿来(なこそ)火力発電所があり、その躯体はまるでロケット基地のようだ。

東京電力ホールディングズのHPによると、2016年10月三菱商事、三菱重工業、三菱電機、東京電力ホールディングズと常磐共同火力株式会社は、福島復興に向けた世界最新鋭の石炭火力発電所プロジェクト、勿来IGCCパワー合同会社、広野IGCCパワー株式会社を設立し、2020年代初頭の運転開始をめざすとある。IGCC(石炭ガス化複合発電)には、注がふられ、「石炭をガス化し、コンバインドサイクル(ガスタービンと蒸気タービンの組み合わせ)で発電する方式で、同規模の従来型石炭発電所よりも高効率(熱効率:約48%)であり、約15%の二酸化炭素排出量を削減」とある。復興に向けた産業基盤の創出にも、注がふられ、「建設最盛期には両地点合わせて1日当たり最大2千人規模の雇用を創出し、環境影響評価着手から運用を含めた数十年間で、福島県内に1基あたり総額800億円の経済効果」とある。

一方、この石炭火力発電について、気候ネットワークの桃井貴子氏は、石炭火力発電は二酸化炭素排出係数が天然ガスの2倍あり、先進諸国はパリ協定の達成をめざして、脱石炭・脱炭素社会を構築しようと努力しているのに、日本は逆行していると指摘する。このような指摘に対し、環境庁はそのHPで、“エネルギー政策はその国が保有する資源や地理的な条件により異なり、わが国の場合、石炭は安定して長く使えること、価格が原油や天然ガスの2~3分の1である”ことなどをあげ、石炭火力発電を擁護・推進している。また、石炭火力発電所は、輸出海外建設(主に発展途上国)の有力事業であるが、原発同様、最近では環境問題から不調に終わることも多いようだ。

さて、ロッコク久ノ浜バイパスは、新波立トンネルを越えた辺りから、なだらかな西部の阿武隈高地と異なり、アップ・ダウンを繰り返すようになる。活断層である双葉断層による断崖状の急勾配を下ると、アンモナイトの化石が多数採取された大久川に差し掛かり、当時、ここが海の底であったことがわかる。今から約8900万年前の話だ。そこを過ぎると、もう久ノ浜、ここで平から約16kmとなる。

50万年前人類は火を発見したという。1万年前からは農耕や牧畜に馬や牛を動力源とした。やがて、水や風の力も利用するようになった。約500年ほど前になると、暖房にのみ使われていた石炭が動力源となり、250年前のワットによる蒸気機関の発明により生産性・効率性は大きく向上した。当時、石炭の豊富であったイギリスで工業や交通が発達し産業革命がおき、世界をリードするようになった。一方、今から160年前にアメリカで新しい石油採掘方式が開発され、石油の大量生産が可能となり、70年前に中東やアフリカで大油田が発見され、エネルギーの主役・世界経済の主役は石炭から石油を持つ国になった。その後の2度のオイルショック、エネルギー利権をめぐる戦争は、富と力を求めあった歴史の当然の帰結であろう。権力者がしたり顔で語るイノベーションの進展は、必ずしも多くのヒトの幸せにはつながらない。経済成長は素晴らしいとしても偏愛すると裏切られることを人は学んできた。浜通りの街は、石炭、原子力、再び石炭による火力発電と大きなウネリに揺れている。

久ノ浜に飛び出した岬上の丘の上に立つ特別養護老人ホームには、久ノ浜だけでなく、隣の広野町や楢葉町、富岡町、大熊町出身のお年寄りも多数入所されている。その特養の食堂からは、火力発電所の煙突が良く見えるが、彼らにはその向こうにあるわが家と原発も見えているに違いない。今、何を想っているのか・・。

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