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Vol.041 医療事故を適切に報告するためのチェックリスト

医療ガバナンス学会 (2019年3月5日 06:00)


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諫早医師会 副会長
満岡渉

2019年3月5日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

本文章は、諫早医師会報「谺」 平成30(2018)年12月号に掲載された記事に若干の修正を加えたものです。
■自院で発生した死亡および死産の把握
2015年10月に医療事故調査制度が施行され、3年あまりが経過しました。医療事故の報告件数は年間380件前後で、この3年間大きな増減なく安定的に推移しています。同制度は2016年6月、医療法施行規則の改正という形で見直しが行われました。見直しの概要は、諫早医師会報「谺」 平成28(2016)年12月号の拙稿「医療事故調査制度の『見直し』の総括と今後の課題」に書きましたが、見直し項目のひとつとして、医療事故の報告を適切に行うため、病院等における死亡及び死産の確実な把握のための体制を確保することが義務付けられました。

厚労省総務課長通知によれば、この体制とは「当該病院等における死亡及び死産事例が発生したことが病院等の管理者に遺漏なく速やかに報告される体制」をいいます。つまり、病院・診療所の管理者は自院で死亡診断・死体検案した患者を全例把握した上で、それらが「医療事故」に該当しないか適切に判断するよう求められています。本稿では、この確認に用いるチェックリストについて述べます。

■死亡および死産のチェックリスト
わが国の医療事故調査制度における「医療事故」の定義は、「当該病院等に勤務する医療従事者が提供した医療に起因し、又は起因すると疑われる死亡又は死産であって、当該管理者が当該死亡又は死産を予期しなかったもの」です(医療法第六条の十)。これは、「医療に起因した死亡」と「予期しなかった死亡」との共通集合とされています(以下、本稿では死亡は死産を含むものとする)。したがって、「医療事故」を適切に医療事故・調査支援センターに報告するためには、自院で死亡診断・死体検案した患者が「医療に起因した死亡」かつ「予期しなかった死亡」に該当するか確認するチェックリストが有効です。チェックリストには、「医療事故」の判断を適切に行うだけでなく、法令を順守した記録を残すという意味もあります。

とはいえ、このチェックリストは法令に定められているわけではなく、書式の規定はありません。したがって、各々の医療機関で任意に作成して構いません。本年7月の長崎県病院事務部局担当者会議では、図1に示すようなチェックリストが資料として配布されました。しかし、このリストには大きな問題があります。

(図1)

http://expres.umin.jp/mric/mric_2019_041-1.pdf

■県のチェックリストの問題点
このチェックリストのB欄は、厚労省医政局長通知(平成27年5月8日 医政発0508第1号)の別添2ページにある「医療」のリストです。ここに「診察」、「検査等(経過観察含む)」とありますから、自院で診察したり経過観察している患者はB欄にチェックが入ることになります。そのような患者が予期せずに亡くなって、それが「原病の進行・併発症」(A欄)によるものか分からない場合、このチェックリストでの評価は「医療事故調査制度の対象の可能性あり」となってしまうのです。

しかし、患者と呼んでいるからには自院で診察・観察しているのが当たり前なので、これではすべての患者がB欄に当てはまってしまい、B欄の意味がありません。自院の患者が予期せずに亡くなり、それが原病の進行・併発症によるものか分からない。そのような事例は「医療事故」の可能性がある、というのは我々には納得し難いことです。

このチェックリストの問題は、「医療に起因した死亡」と、「医療を受けていた患者が死亡すること」とを混同している点にあります。「起因する」というとき、そこには因果関係(の可能性)が必要です。同じ医政局長通知の別添1ページを見てみましょう。「医療に起因し、又は起因すると疑われるもの」欄に下記の文言があります。

〇医療に含まれるものは制度の対象であり、「医療」の範囲に含まれるものとして、手術、処置、投薬及びそれに準じる医療行為(検査、医療機器の使用、医療上の管理など)が考えられる。

これですっきりします。「手術、処置、投薬」などであれば、これらが原因で患者に有害事象が起こる可能性がありますので、そうした場合に「医療に起因する」疑いがあるというのは理解できます。「それに準じる医療行為」とは、たとえば、カテーテル検査などの侵襲的な検査を想定しているのでしょう。では、「診察」した患者が亡くなった場合はどうでしょうか。よほど特殊な診察行為でなければ、それに起因して患者が亡くなることは考えられません。このように「医療に起因する」とは、患者に有害事象を起こす可能性のある積極的・侵襲的な医療行為が前提であると解釈すべきです。

■木村壮介氏の発言
医療事故調査・支援センターの木村壮介氏(日本医療安全調査機構常任理事)は、かつて講演会で以下のような事例を紹介し、これは「医療事故」なので、医療事故調査・支援センターに報告すべきであると述べていました。

〇左肩の痛みを訴えて救急外来を受診した男性。実は心筋梗塞だったのだが、診察した担当医は心筋梗塞の症状・所見を見落とし、適切な治療をしなかった。男性は数時間後に死亡した。

診察した患者の重要な症状・所見を見落とし、予期せずに亡くなったのだから「医療事故」だという理屈です。実際、図1のチェックリストに従えばこの事例は「医療事故」になりかねないのですが、もちろんそれは間違っています。

第一に、本制度の対象とする「医療事故」は、医療従事者が提供した医療に起因する死亡であり、提供しなかったことに起因する死亡ではありません。第二に、前述の医政局長通知の別添2ページに、「医療に起因する死亡」に含まれないものとして、「原病の進行」、「併発症(提供した医療に関係のない、偶発的に生じた疾患)」が挙げてあります。この患者は、担当医が診察したから亡くなったのではありません。提供した医療に関係なく心筋梗塞で亡くなったのですから、「原病の進行」、または「併発症」に該当します。すなわち「医療に起因する死亡」でないのは明らかです。このように、「医療に起因した死亡」とは、その医療行為を行っていなければ死ななかった可能性があるものと考えて良いでしょう。

もちろん、見落としや誤診があったのであれば、紛争になる可能性はあります。それはそれで真摯に対応する必要がありますが、過誤の有無と本制度の報告義務とは関係ありませんし、本制度は紛争解決のためのものではありません。紛争化するか否かと、本制度で定める「医療事故」に該当するかは別問題です。

■諫早医師会版 死亡・死産チェックリスト
以上をふまえ、当会版の死亡・死産のチェックリストを作成しましたのでご紹介します(図2)。実は、2年前に井上清成弁護士からもらった原案を基に私案を作ったのですが、今回本稿を書くに当たり、それを改良してみました。法令を順守し、「医療事故」を適切に判定するために有用と思いますのでご利用ください。

まず、1.「死亡・死産の予期」については、【1】(ア)~(ウ)のどれかを満たしていれば死亡を予期していたことになります。(ア)「死亡・死産が予期されることを診療録等に記録」しておらず、(イ)「死亡・死産が予期されることを患者・家族に説明」していなくても、管理者が事後に(ウ)当該医療従事者から事情聴取したうえで、当該医療の提供前に死亡を予期していたと認定することができます(医療法施行規則第一条の十の二、三号要件)。

1.【1】(ア)~(ウ)までで予期していたといえない場合は、「医療事故」の判定を一旦保留して、医療安全管理委員会の意見を聞くことも検討してください。管理者は、同委員会の意見に基づいて死亡の予期を認定することも認められています(同じく三号要件)。これらを経ても予期していたと認定できない場合は 1.【2】をチェックしてください。ちなみに県のチェックリストでは、どういうわけか、管理者が当該医療従事者や医療安全管理委員会から聴取する三号要件部分がすっぽりと抜け落ちています。

次に、2.【1】の「提供した医療に起因した死亡・死産」の項です。「『起因した』とは、患者に有害事象を起こしうる積極的・侵襲的な医療行為を前提とし、死亡との因果関係が否定できない場合をいう」という註釈を付けました。積極的・侵襲的な医療行為があったか、その医療行為と死亡との間に因果関係(の可能性)があるか、さらに検討してください。因果関係が否定できない場合には、2.【1】をチェックしてください。まったくの「原因不明」は、当然ながら「医療に起因しない死亡・死産」の中に入れてあります。

2.【3】の各項目では、それぞれの症例ごとに医療起因性を判断します。たとえば、転倒・転落で亡くなった場合、それが「提供した医療に起因」したかどうか個別に判断してください。

以上から「予期しなかった死亡・死産(1【2】)」かつ「医療に起因した死亡・死産(2【1】 または2【3】で医療起因性有)」であれば「医療事故」に該当と判断します。

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予期しなかった死亡・死産1【2】  かつ 医療に起因した死亡・死産2【1】 または2【3】で医療起因性(有)
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このチェックリストは、それぞれの医療機関の実情に応じて、適当にアレンジしてお使いください。ご希望の方にはひな形のデータを差し上げますので、諫早医師会事務局までご連絡ください。

(図2)

http://expres.umin.jp/mric/mric_2019_041-2.pdf

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