医療ガバナンス学会 (2019年3月6日 06:00)
この原稿は医療タイムス(2月18日号)からの転載です。
南相馬市立総合病院 外科
澤野豊明
2019年3月6日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
南相馬市は福島第一原発事故の影響を最も強く受けた市町村の一つで、事故後、20キロ圏内の小高区には避難指示が発令され、2016年7月に避難指示が解除されるまでの間、全住民が避難を強いられた。事故前に12,840人だった小高区の居住者は2019年2月現在3,121人に留まる。事故以前には小高区には99床の入院病床をもつ市立小高病院があったが、事故直後に入院患者は全員避難を強いられ、小高病院も一時閉鎖された。
住民の帰還と同時に小高病院は外来を再開し、現在も外来診療のみを続けている。以前から帰還住民の中では小高病院の入院機能再開を要望する声があったようだ。2018年1月、現・門馬和夫市長が「小高病院の入院機能再開」を公約として市長選で前市長・桜井勝延氏を僅差で破り当選し、それ以降南相馬市では、小高病院の入院機能再開の議論が加速した。
結局、昨年8月から6回行われた改革プラン策定委員会での議論の末、小高病院の入院機能再開は「人材が確保されれば再開する」という事実上の無期限延期が決まった。医療資源・財源は有限であることに鑑みれば、約3000人しか居住していない小高区に入院施設を作ることは非効率的だ。加えて、南相馬市には小高区中心部から車で15分の位置に市立総合病院があり、その総合病院は2017年度に純損益約6億8000万円の赤字を計上している。これだけの赤字が続けば、震災マネーで潤う南相馬市でもいずれ立ち行かなくなり、市立病院は2つとも共倒れになることが目に見えていた。南相馬という過疎地域において、市民にとって一番必要なことは医療が絶え間なく提供されることだ。医療の持続可能性を考えた時に、今回の決定は至極当然なのだ。
一方、策定委員会では総合病院の病床数を現在の230床から300床に増床することが提言された。正直、私は開いた口が塞がらなかった。2017年度の平均入院患者数は151人で実に病床利用率は65.6%だ。この状態で300床に増床すれば、利用率は約50%になる。もし増床する場合、経営を黒字にするためには今より100人以上患者数を増やす必要がある。策定委員会では回復リハ病棟や地域包括ケア病棟を作り、その分患者が増えると楽観的に考えている。
しかし2月7日現在、在院日数が100日を超える患者が19人、365日を超える患者が9人で、一般病床も適切に利用できていないため、急性期病院で一般的なDPC(包括医療費支払い制度)が導入できない病院に、それができるはずはない。また、病床利用率が低ければ、経営の効率化のため病床を縮小するのが一般的だ。事実、南相馬市の北に位置する相馬市の公立病院は昨年病床数を230床から198床に減らし、地域の人口減少とともに医療需要も減少していることが伺える。そういった状況の中、小手先の病床名変更で入院患者を100人以上増やすのは事実上不可能だ。
現在の南相馬市の医療政策は迷走している。市民目線で、医療の持続可能性を追求する医療政策を行い、南相馬市が100年先も市民が安心して暮らせるような医療を提供する町になれるよう、市立病院と市役所が一丸となって努力する必要がある。私も一医療人として、何ができるかを考えていきたい。