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Vol.055 柳原病院事件から考える「患者と医療従事者の信頼関係」

医療ガバナンス学会 (2019年3月27日 06:00)


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NPO法人しあわせなみだ
理事長 中野宏美

2019年3月27日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

乳腺外科医から患者への準強制わいせつ罪が問われた裁判で、2月20日、東京地裁は無罪を言い渡しました。
検察は控訴し、今後この事件は、高裁で争われることになります。

無罪判決の背景は、「Vol.036 柳原病院事件:女性患者をより不幸にする控訴に反対する」で紹介されています。

http://medg.jp/mt/?p=8884

一方で判決に対し、「医療従事者として信じがたい内容の供述がある」という疑問も出されています。

https://bunshun.jp/articles/-/11017

私は性暴力撲滅に向けた啓発活動を手掛けるNPOの理事長として、また一人の市民として、一人の患者として、この事件の行方を見守ってきました。
罪に問われた医師、医師が所属する病院、「これは冤罪である」とキャンペーンを展開されてきた方々の対応は、残念ながら、私たち市民が「医療従事者に求める姿」からはかけ離れていた、と言わざるをえないものでした。

医療は、患者と医療従事者との間に、信頼関係があってはじめて、効果を発揮するものではないでしょうか。
そこで本稿では、有罪無罪にかかわらず、今回の事件を通じて、医療従事者の皆さんと一緒に考えたいこと、「もしこんな対策が取られていれば、これほどまで信頼関係が崩壊することは防げたのではないか」という点を、共有できればと思います。

1.患者への説明責任
無罪判決の理由の1つは、医師によるわいせつ行為は、患者側の「麻酔覚醒時のせん妄に伴う性的幻覚」による誤解であった可能性が、認められたためです。
一方患者側は、「これは幻覚ではない」と主張しています。

せん妄の有無については、今後裁判で争われることであり、本稿のポイントではありません。
ここで伝えたいのは、医師側の「性的幻覚」という主張が正しいのであれば、「医師や病院側は、手術前に患者に対し、せん妄や幻覚に関する丁寧な説明を行わず、手術後も、予防的介入や、せん妄発生時の適切な看護体制を取っていなかったことが、認識の相違につながっている」という点です。

医師や病院側は、この事件に限らず、「麻酔をすれば、覚醒時にせん妄により、幻覚が起きる可能性」を、把握していたはずです。
「不当逮捕」「冤罪」と患者を責める前に、まずは、病院として果たすべき役割を担っていなかったことを謝罪し、その上で、「なぜこうした事態を招いたのか」を、誠意をもって説明すべきではないでしょうか。

2.患者への医療提供責任
今回の事件では、患者が手術後、病室に戻った10分後に、わいせつ行為が行われた、とされています。
患者は警察を呼び、その結果、手術終了から4時間後に退院しています。
しかし、当初の予定では、病院に1泊する予定でした。
従って患者は、本来術後に受けるべきケアが、受けられていません。

病院側からすれば、所属する医師が犯罪行為で訴えられれば、動揺したり、不快な思いをするのは、当然のことです。
一方で患者側は、ある意味、自らの心身の健康と引き換えに、医療側を訴えます。
訴えれば、その後適切な治療を受けるのは難しくなることが、わかっているからです。
それだけ患者と医療従事者との間には、大きな力の差があります。

この事件に限らず、医療事故等、患者が医療従事者や病院を訴える状況は、残念ながら必ず起こります。
病院側は、リスクマネジメントの一環として、予めマニュアル等を整備することに加え、患者を医療業界から排除するのではなく、「他の医師や病院を紹介する」「事件に伴う心身的負担に配慮する」などの誠実な対応を、取るべきではないでしょうか。

3.裁判における弁護の方法
この裁判で、医師側の弁護士は、事件とは関係のない患者の職業を、無罪の証拠として取り上げようとしました。
また、検察(患者)側が、「わいせつの意図があった証拠」として提出した、患者の上半身裸の写真を、医師側の弁護士が、患者の許可なく、不特定多数の傍聴人がいる、法廷の大画面で写そうとする場面もありました。

性犯罪裁判では、被告側が、過去の言動や性経験、当日の服装等、本来無関係の事象を取り上げることで、訴えた側を動揺させたり、事件の責任を転嫁しようとすることが、少なくありません。
しかし、罪を犯していないのであれば、むしろ、被害者が安定した心身状態で裁判に臨めるよう配慮したほうが、余計な疑いを持たれないはずです。
特に医療従事者であれば、日々病気を抱え不安な患者に接している中で、「何をすれば相手が不安になるか、もしくは安心するか」を、深く理解していると思います。
医師側の弁護において、患者に不必要な不安を与えるような言動が行われそうな時には、「その弁護は医療従事者が望むものではない」と、医師自らが弁護士に示唆することも、できるのではないでしょうか。
今後本事件は、高裁で争われることになりますが、裁判が、患者と医療従事者との対立を深めるものではなく、「なぜ患者と医師との間に、認識の相違が生じたのか」「どうして裁判を起こさねばならなかったのか」「どうすれば、患者と医療従事者が、信頼関係の下で医療を提供できるか」を、ともに考えていく機会となることを願います。

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