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Vol.059 妊婦に多量のインスリンを誤投与、一時意識不明にーー 検証 東大病院 封印した死(6)

医療ガバナンス学会 (2019年4月3日 06:00)


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http://wasedachronicle.org/articles/university-hospital/h6/

この原稿はワセダクロニクル(20019年1月16日配信)からの転載です。

2019年4月3日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

効果が期待できないことを承知で危険な治療を行い、心臓病の男性を死亡させた東大病院カテーテル死「隠蔽」事件。今度は、妊娠して間もない女性に多量のインスリンを20時間以上にわたって誤投与し続け、女性が意識不明に陥っていた事実が発覚した。このケースでも、東大病院は女性への重大な医療ミスを公表していない。
薬の誤投与は、2015年にもあった。その時は男児が亡くなった。東大病院は再発防止策を公表し、忠実に実行していくと宣言した。
しかし、再び同様のミスが起きた。
ミスは公表せず、外部から指摘されるとだんまりを決め込む。これでは東大病院は、患者から見放されるのではないか。

http://expres.umin.jp/mric/mric_2019_059-1.pdf

東大病院には赤ちゃん連れの母親たちも訪れる=2018年年11月26日午後1時2分、東京都文京区本郷7丁目(C)Waseda Chronicle

◆他の作業しながらダブルチェック
東大病院関係者の証言や「リスクマネージャー会議」の報告書など東大病院の内部資料によると、今回のインスリン誤投与事件はこうだ。
2017年12月6日、妊娠初期の30代の女性が東大病院に入院していた。女性は脳から心臓に向かう静脈の一部に、血の塊が詰まって起こる脳梗塞を患っていた。担当は脳神経外科。齊藤延人院長が教授を務める診療科だ。
その日の午前9時頃、看護師は薬を低温で保管している棚から薬を取り出した。女性には、血液を固まりにくくする「ヘパリン」という薬を点滴する予定だった。
薬の容器を手にした看護師は、容器に記載された薬品名の確認を他の看護師にも求めた。本当に「ヘパリン」なのかを確かめてもらうためだ。病院では、薬の誤投与を防ぐためダブルチェックをする決まりになっていた。
確認を求められた看護師は、他の点滴の調合をしているところだった。手を止めないまま、「OK」を出した。
ところが、その薬は「インスリン」だった。
看護師は、保管棚から「ヘパリン」を取ったつもりで、実は、一段上にあった「インスリン」を取ってしまっていた。確認した同僚看護師は、自分の作業にいそがしく、薬品名をよく見ていなかったのだ。

◆「データ上は問題ない」 、患者の訴え聞き入れず
インスリンの誤投与が始まった。
点滴が始まって1時間ほどたった午前10時40分ごろのことだ。女性は「気分が悪い」と訴えた。
女性の訴えは医師に伝えられた。
採血した。しかし、「データ上は問題ない」と判断された。
ミスは見逃された。

http://expres.umin.jp/mric/mric_2019_059-2.pdf

妊婦に誤って投与されたインスリン(販売名:ヒューマリンR) (出典)イーライリリーのウェブサイト(2019年1月15日取得、https://www.lillymedical.jp/jp/ja/diabetes/humulin/product_pic.aspx)。

◆危うく死ぬところ
翌日午前7時、女性は嘔吐し意識を失った。
再び採血すると、極端な低血糖に陥っていた。ここで初めて、医師たちは、間違ってインスリンを投与していたことに気づいた。
女性は一般病棟からICU(集中治療室)に移された。
インスリンを誤投与していた時間は22時間にも及ぶ。ヘパリンの使用量でインスリンを入れたため、女性の体内には約13mlものインスリンが入ったとみられる。
都内の内科医は「インスリンの13mlというのは患者が死亡しなかったのが不思議なくらいの量です」という。
幸い、女性は意識が戻り後遺症はなく、その後に生まれた子どもも異常は見つかっていないという。
しかし、東大病院の医師はいう。
「意識障害に気づくのがもう少しでも遅ければ、死亡するか植物状態につながった。なのに、薬を投与する際のダブルチェックの態勢づくりも確立していない。新たな事故がいつ起きても不思議ではない」

◆生かされなかった男の子の死
東大病院では2015年にも薬の誤投与が起きている。この時は男児が翌日に死亡した。
男児は、まだ小学校の入学前だった。多臓器障害の治療のため東大病院に入院していたが、看護師が他の患者の薬を誤って投与した。男児への薬の投与を準備している時に、他の患者や電話への対応でその場を離れ、作業が中断した。戻って来て準備を再開した際に、間違えて他の患者の薬ケースを取り上げてしまった。
東大病院は2017年1月31日、事故について病院のホームページで公表した。別の薬を使ったことと、男児の死との因果関係については「医学的な判断が困難」とした。だが薬の誤注入については「病院として深く反省しなければならないという認識に立ち、速やかに再発防止策に着手しました」と宣言した。
これを受けて、母親がメディアにコメントを出した(*1)。
「調剤されてから一度も誰のチェックも受けずに投与された。実効的な再発防止策がとられ、今後同様の事故が繰り返されないことを願う」
東大病院ホームページには、齊藤院長がコメントを出している(*2)。
「まず、お亡くなりになった患者様のご冥福をお祈り致しますと共に、今回の事故により多大なご迷惑、ご心労をおかけした患者様とご家族に深くお詫び申し上げます。事故調査委員会の指摘事項を真摯に受け止め、病院全体で改善の取り組みを今後も続けて参ります」

http://expres.umin.jp/mric/mric_2019_059-3.pdf

◆東大病院内部からも批判の声 / 「患者に見放される」
ところが、齊藤院長のコメントから1年も経たないうちに、薬剤の誤投与が妊婦に対して行われた。しかも、この誤投与についてはホームページによる公表すらしていない。
東大などが中心となり、全国の国立大学でつくった「国立大学附属病院における医療上の事故等の公表に関する指針」(*3)では、このような重大な医療事故は遺族の同意を得て病院のホームページで公表するよう求めている。
なぜ公表しないのか。齊藤院長に質問状を送ると、以下のような答えが東大病院パブリック・リレーションセンターから返ってきた。
「質問に記載されている方が、当院で診療をお受けになったことがあるか否かを含めお答えはできません」
男性がカテーテル治療の後に死亡したにも関わらず、医療事故調査・支援センター(東京都港区浜松町2丁目)(*4)に東大病院が報告しなかったことを質問した時と、全く同じ回答だった。
このような姿勢に疑問を感じる声は東大病院関係者からもワセダクロニクルに寄せられている。
ある医師は「東大病院は権威にすがるだけの病院になってしまっている。患者さんのことを軽く見ていると思われてしまう」と懸念する。
またある事務職員は「経営が傾き始めているのに患者に見放され、つぶれてしまう」と危機感を口にする。
東大病院のある幹部は、事件の担当科が齊藤院長の診療科である「脳神経外科」だった点を指摘する。
「院長の診療科だったので隠蔽したのではないか。院長は以前から、トラブルがあるたびに、マスコミには気をつけるようにいっていた。再発防止策も本来なら院長が主導するべきなのに、看護部に任せている。表に出さえしなければいいと考えているようだった」
その齊藤院長は、東大病院、医学部を統括する大学院医学系研究科長にこの4月に昇任することは、本シリーズ第5回で報じた通りだ。

http://expres.umin.jp/mric/mric_2019_059-4.pdf

東大病院長就任に当たって決意を述べる齊藤延人氏。「医療倫理の課題も含めて継続して強化が必要だと考えています」「職員は、いつでも患者さんと目を合わせ、話を聞くことを基本中の基本としています。その実践には、職員同士のコミュニケーションも不可欠です。大きな病院だからこそ、強く意識しなくてはなりません」「接遇を大切にする当院で、皆さまには安心して医療を受けていただきたいと考えています」 (出典) 東大病院「東大病院だより No.84」2015年6月、2頁
=つづく

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