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Vol.063 名ばかり「CT・MRI大国」ニッポンを救う「遠隔画像診断」「AI」融合の可能性

医療ガバナンス学会 (2019年4月9日 06:00)


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https://www.fsight.jp/articles/-/45059

この原稿は新潮社Foresight(20019年3月26日配信)からの転載です。

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2019年4月9日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

http://expres.umin.jp/mric/mric_2019_063-1.pdf

ガンの早期発見・早期治療に欠かせないのがCT(コンピューター断層撮影)やMRI(核磁気共鳴法)といった画像検査だが、残念ながら受けさえすれば必ず見つかるというわけではない。
経済協力開発機構(OECD)が毎年発表している国別のCT保有数によれば、日本は人口100万人当たりの数がOECD加盟36カ国で最も多い。それも過去15年ずっと、である。直近の2014年のデータでは、2位・オーストラリアの64台を大きく引き離す107台で、ダントツ。人口100万当たりのMRI数も1位で、2位・アメリカの38台に差をつける52台だ。
しかし、せっかく「CT・MRI大国」であるのに、実は肝心の画像を「読み」「分析」し、そして的確な「診断」を下せる放射線診断専門医が圧倒的に不足しているという大きな欠陥がある。その数、5000人ちょっと。CTの絶対数は約1万3000、MRIの絶対数は約6500なので、1人の専門医が2.5台のCTと1.3台のMRIを担当している計算なのだ。

◆ミスをゼロに近づけるシステム作り
「画像検査を行う医療機関が増え続ける一方で、放射線診断専門医が慢性的に不足しているのが、近年の傾向です。自ずと1枚の画像診断にかけられる時間が限られ、どうしても見逃しやミスが出てくる。いま求められているのは、ミスが起きるという前提で、それを限りなくゼロに近づけるシステムを作ること」
そう話すのは、広島県広島市で遠隔画像診断センターを経営している北村直幸医師だ。1993年に広島大学医学部を卒業後、放射線医学教室、一般病院勤務を経て、2000年に遠隔画像診断を手掛ける企業「エムネス」を立ち上げた。
「CTやMRIといった検査機器はあるものの放射線診断専門医がいないという医療機関と契約を結び、画像診断を請け負っているのがこのセンターです。遠隔画像診断サービスを行う企業は国内に七十数社ありますが、うちの強みはグーグルと提携し、クラウド上に画像を保存していること。原則、世界のどこからでもアクセス可能なため、子育て中や海外留学中の放射線診断専門医も有効活用できる」

◆「専門医でも5割を見落とす」
北村医師がエムネスを起業したきっかけは何だったのか。
「私はもともと“町のお医者さん”になりたかったんです」
と、本人が振り返る。
「1人の患者さんの病気を隅々まで見てあげたいという思いがあって、医学生の時に外科に行くか内科に進むか最後まで悩みました。でも、どちらに進んでも専門が細分化されてしまう。それは自分の目指す医師とは違うなと思い、放射線診断専門医を目指すと決めました。放射線診断専門医は、患者さんの頭からつま先まで、すべて診察できるからです。病気を治すことはできなくても、見つけることはできる。そして病気は、見つけないことには始まりません」
以来、朝から晩まで画像と格闘する日々が始まった。もっとも、見ているだけでは何も「読め」ない。
「研修医の頃、ベテランの先生からこんな教えを受けました。『一般の医師が画像診断する場合、見つけられるのはすべての異常の3割ぐらいだろう。放射線診断専門医でも5割ぐらい。残りの5割は見落としている』と。正確に読めるようになるには、特殊なスキルとそれ相応の訓練、経験が必要なのです」

◆半年前の「異常なし」
県内最大の病院に勤めていた時、北村医師のもとに30代後半の女性患者がやってきた。
「CTを撮ると、全身ガンだらけ。末期の膵臓ガンでした。彼女は県内山間部の病院からの紹介だったのですが、半年くらい前に撮った画像を持参していた。見ると、他への転移はないものの、膵臓にはガンがあった。しかし、画像に添えられた1枚の用紙には、『異常なし』と書かれていました」
診断したのは、彼女がかかっていた山間部の病院の医師ではなかった。その病院が遠隔画像診断を委託していた業者のさらなる委託先、つまりたまたま彼女の画像診断を担当することになった日本のどこかの医師だった。
「一言でいうと『見逃し』なのですが、その医師を責められるかと言うと、そう単純な話でもないのです。30代後半で膵臓ガンというのは先ず考えません。私は彼女が末期ガンだと分かったうえで画像を見たので気が付きましたが、何の予備知識もない状態で、数多くある画像の中からたった1枚の、それもほんのわずかな異常を見つけられるかと言ったら、難しい。ただ、半年前の時点でガンを見つけてあげられていたら、と思った時、ふっと初心に返ったのです。自分がやりたかったのはこういうことなのではないか、と」
調べると、広島県内の8つの医療機関が当時、同じ業者に遠隔画像診断を委託していた。
「衝撃的でした。県内の画像診断を他所の県に任せ、見逃しを招くくらいなら、自分たちでしっかりやった方がいい。そう思い、先輩医師とレントゲン技師を口説き、3人でエムネスを起業したのです」

◆病理検査の診断も遠隔で
エムネスの遠隔画像診断センターは国内最大規模。常勤の放射線診断専門医11名と、非常勤の医師73名で運営している。非常勤には、放射線診断専門医だけでなく、内科、外科、脳神経外科医の他に病理専門医まで含まれているというから、驚きだ。
病理専門医はその名の通り、病理検査を専門に行う医師だ。ガンの診断においては、採取した組織の一部を顕微鏡で観察し、それが本当にガン細胞かどうかを見極めたうえで確定診断を行う。エムネスでは、その病理診断まで遠隔で行っているのである。
「放射線診断専門医からすると、病理データは“絶対”です。僕らがいくら画像を見て“これはガンだ”と言っても、病理医が“違う”と言ったら違う。けれど、病理医の先生に話を聞くと、彼らでさえ悩む症例がたくさんあると言います。難しい症例の場合、20人の病理医がいれば、20通りの回答が出る、と。さらに確定診断をする際、その症例に詳しい病理専門医が病院にいなければ、標本を別の病院に送って見て貰うのですが、日本に詳しい病理専門医がいなければ、海外まで空輸しなければならない。結果が出るまで数週間かかり、大きなタイムロスなのです」
そこでクラウドである。

「病理診断は従来、細胞を顕微鏡で拡大して見ていました。しかし技術革新によって、特殊なスキャナーでデジタル化した細胞の画像をパソコンで見る、そういうスタイルに転換しつつあります。精度の高い画像にしようとするとどうしても重くなり、1センチ四方の大きさでも1ギガほどになりますが、クラウド上で画像検査と病理検査の両方のデータを管理し、遠隔診断できるのは、うちくらいでしょう」

モンゴル国立病理診断センターで行われた遠隔画像診断システムの導入式典

http://expres.umin.jp/mric/mric_2019_063-2.pdf

世界のどこからでもアクセスできるということは、海外の専門医が日本の患者の遠隔画像・病理診断を行えるというだけでなく、日本にいながら海外の患者の遠隔画像・病理診断を行うことも可能になる。
今年1月には、JICA(国際協力機構)の医療支援の一環で、モンゴルの画像検査と病理検査を日本で遠隔診断するサービスを始めた。

◆スマホで電子カルテ
現状、エムネスが遠隔画像診断を請け負っているのは医療機関からの依頼のみ。ゆくゆくは患者個人が直接、依頼できるような仕組みにしたいというが、まだ実現していない。
その代わり、北村医師はセンターと同じビルで画像検査専門の「霞クリニック」を運営している。ここでCTやMRIなどの画像検査を受けると、センターの画像診断専門医が見てくれるというわけだ。
霞クリニックでは、すべてのカルテをデジタルデータ化している。いわゆる「電子カルテ」だ。それをクラウド上で保存しているのだが、

自分の財産となる「電子カルテ」
「今年2月からクリニックで新しい試みを始めたのです」
と、北村医師がスマートフォンの画面を見せてくれた。何とその電子カルテが端末に表示されている。

http://expres.umin.jp/mric/mric_2019_063-3.pdf

「患者さんに、検査結果と診断報告書をデータで提供するサービスを始めました。これは私自身が実際に受けた検査の画像と報告書です。グーグルアカウントで管理しているので、スマートフォンでもPCでも、どこからでもアクセスできる。患者さんがこれまでに受けてきた医療記録をすべて一元管理する『PHR(パーソナル・ヘルス・レコード)構想』というのがありますが、このように検査の結果をデータで保存していれば、過去との比較や経過観察が簡単になる。これはある意味で患者さんの“財産”と言えるでしょう」
誰もが釈然としない思いで診察室を後にした経験があるのではないだろうか。限られた時間の中で症状を伝え、診断を聞き、説明を理解し、それでも残る疑問や不安を解消するのは、ほとんど不可能に近い。
「そんな時、自分の電子カルテがあれば、いつでも検査結果と診断を読み返すことができますし、セカンドオピニオンを受けるに当たっても疑問点が明確になる。近い将来、このようなシステムを導入する医療機関が増えればいいなと思います」

◆AIの正解率は80~90%
北村医師がPHRの普及とあわせて挑戦していることが、AIの活用である。東京大学発のベンチャー企業「エルピクセル」と協力し、AIに脳動脈瘤を発見させるアルゴリズムの開発を行っている。
「脳動脈瘤は血管のこぶで、通常の血流とは違う膨らみができます。その膨らみを見つけるには、MRI画像をいろいろな角度から見て行く必要がある。そこで、クラウド上に保存されたMRIデータの中から、ここに脳動脈瘤があるというピンポイントなデータを300例ほど厳選し、AIに学習させました。すると、80~90%の確率で脳動脈瘤を発見できるようになった。200枚近くあるMRI画像の中から脳動脈瘤の可能性がある場所を5つまで挙げていいという指示を出すと、この確率で正解するのです」
さらに臨床研究としてAIに補助的なチェックを行わせたところ、驚きの結果が出たという。
「脳MRIの画像を、最初にほかの医師が、次に私が、最後にAIがチェックをして脳動脈瘤を見つけ出すのですが、2人の医師が見つけられなかった脳動脈瘤をAIが見つけたという例が、すでに10例を超えています。私自身、脳動脈瘤を見つける能力は標準以上と自負していたのですが、完全に打ちのめされました。人間の医師には、ふと意識が飛んだり、他のことを考えたりしてしまう瞬間がどうしてもある。常に医師3人でチェックできればいいですが、そもそも放射線診断専門医は足りていないとなると、AIに頼るしかない。今後はより優秀な放射線診断専門医の知見を集め、AIの精度を高めていく予定です」

◆1万7500円で脳ドック
このAIによる補助的なチェックを導入しているエムネスの提携医療機関に、2017年12月に東京・銀座にオープンした脳ドック専門クリニック「メディカル・チェック・スタジオ」がある。
「早い・安い・正確」が売りで、1回30分以内、1万7500円(税抜き)で医師2人プラスAIの脳ドックが受けられる。
「霞クリニックと同様、検査結果と診断レポートをデータで患者さんにお渡ししていて、予約から検査結果までをスマートフォンで管理できます」
このクリニックでも画像をクラウド上にアップするので、世界中どこからでも医師が診断できる。
「現在、常勤の医師は11名ですが、ご協力いただいている非常勤の医師もあわせれば84名いる。脳神経外科では遠隔画像診断がまだまだ浸透していませんが、放射線診断医に限らず医師不足と言われる中で、このシステムが医師を補う1つの方法になることは確かでしょう。今後は画像が絡まない診療科にもクラウドを活用した遠隔診断を広げていきたいなと思っています」
早期発見・早期治療の未来を拓くか。

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