医療ガバナンス学会 (2019年4月30日 06:00)
この原稿は月刊集中4月末日発売号からの転載です。
井上法律事務所所長 弁護士
井上清成
2019年4月30日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
2.各地の弁護士会の動向
指導・監査等の問題の中心は、特に「個別指導」であると言ってよい。(医療界では「個別指導」は嫌われている。しかし、巷では逆に、子どもの学習塾などでは、なぜか「個別指導」が好まれているらしい。)
個別指導において人権侵害行為があった(注・自死問題は明らかな人権問題である。)らしいということならば、本来は、もっと各地の弁護士会などが
積極的に反応してしかるべきところであったろう。しかし、ここ20年くらいの動きは鈍かった。ただ、近時は、日弁連のみならず、やっと各地の弁護士会でも問題性を認識するようになってきている。
具体的には、各地の弁護士達が個別指導に帯同(弁護士帯同)しようとし始めているらしい。本年秋の日弁連大会の辺りを契機に、弁護士帯同が飛躍的に普及しそうな気配である。
3.個別指導への弁護士帯同
帯同とは、立会いでもなければ、代理でもない。正確な法律用語でもなく、国語辞典などによれば「一緒に仕事をするものとして部下などを連れて行くこと」(「新明解」三省堂)、つまり、補佐役の同行といったところである。たまたまその同行の補佐役が弁護士なので、弁護士帯同と言うに過ぎない。
社会保険庁の下の社会保険事務局の時代には、そもそも弁護士帯同自体が認められないことも多く、実際上も、弁護士を帯同するなどトンデモない、と言った風潮であった。弁護士を帯同させようとすると、社会保険事務局からは「何で弁護士なんか必要なんだ?」「弁護士は付けないで欲しい!」などと水面下で言われるので、むしろ医療機関自身が自制することも少なくなかったのである。(これと同一の状況は、現在まさに、「適時調査」の弁護士帯同で生じているらしい。)
ただ、現在では、「個別指導」における弁護士帯同は、すでに確立された。
そして、そこでの論点は、弁護士帯同自体の肯否ではなく、むしろ弁護士帯同の具体的なあり方に移ってきている。
4.帯同の具体的なあり方(1)-座席位置
弁護士帯同の具体的なあり方は、現在、まさに少しずつ進化してきている途上と言ってよい。そして、弁護士によっても、やり方がかなり異なっている。
しかし、その中でも最低限これだけは、と思うのは、帯同する弁護士の座席の位置であろう。弁護士は、指導を受ける医療機関の中心となる医師の直ぐ隣りに座っていなければならない。
医師の後ろではもちろん駄目だし、横と言っても名ばかりで1~2人でも間に挟んで離れていたら用をなさないと思う。弁護士が医師と共にカルテを直接に見ながら、指導医療官と医師のやり取りを間近に見て聞いていることが大切である。
こうしていないと、やり取りの途中に医師から相談を受けたとしても、依頼者たる当該医師に対して即座に的確かつ明瞭なアドバイスができない。つまり、帯同の本来の役目を果たすことができないのである。
したがって、弁護士帯同の具体的なあり方の筆頭は、弁護士の「座席位置」の確保であると言ってよい。
5.帯同の具体的なあり方(2)-コピー不可
次に、帯同において重要なことの2つ目は、「コピー不可」ということであると思う。
「コピー不可」というのは、地方厚生局が個別指導に際してカルテその他の持参書類をコピーすることは、一部分たりとも一切不可であるということである。個別指導においては、地方厚生局に多少なりともコピーすることを許してはならない。もちろん、個別指導にコピーは必要ないし、現に、ほとんどの事例では地方厚生局はコピーしたいなどと医療機関に申し向けることもないのである。極めて稀に、「この部分だけ、ちょっとコピーさせてもらえませんでしょうか?」などと、地方厚生局の担当官が医療機関に優しく申し向けて来ることがあるが、その場合にはすべて杓子定規にコピーの同意を断わらなければならない。
なお、このようにつれない対応をすべきである理由については、理念面、法理論面のみならず、実務面において十分に合理的な根拠があるのではあるけれども、説明が複雑になるので本稿では省略する。
6.最後にー適時調査への普及も
最後に、適時調査への弁護士帯同についても、ひと言付け加えよう。
適時調査への弁護士帯同も、ほぼ個別指導への弁護士帯同に準じて考えればよい。現実に、実務的にもほぼ同様に取り扱われている。
しかしながら、個別指導のそれと決定的に異なるのは、弁護士帯同の歴史的な積み重ねが、今もって殆んど無いことであろう。そのため、昔、個別指導への弁護士帯同がそうであったと同じ風潮のままであり、医療機関自身による自制も大きい。
ただ、その自制のために、医療機関自身が何千万円、何億円もの自主返還に、唯々諾々と応じてしまうことすらありうる。その可能性を払しょくできないのが、まさに現状であると言ってよい。適時調査への弁護士帯同も、個別指導への弁護士帯同と同様に普及していくことが望まれよう。