医療ガバナンス学会 (2019年4月29日 06:00)
この原稿はAERA.dot(1月9日配信)からの転載いです。
https://dot.asahi.com/dot/2019010800009.html
森田麻里子
2019年4月29日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
ですが、授乳中のママの中には、お餅を食べると「乳腺炎」になりやすいらしいから我慢している、なんて方もいらっしゃるかもしれません。日本では、乳腺炎になりにくい食事として、お餅を避けることや、脂肪分の少ない和食を食べることなどが指導されることも多いです。しかし、実は、食事内容が乳腺炎のリスクになるという根拠はないのです。
■ネットには「血液がドロドロに」の記述も
乳腺炎とは、乳房が詰まって痛みを伴って腫れることに加え、発熱など全身症状が起こる病気です。授乳中のママの2~10%がかかると言われています。その原因は、授乳間隔が空いてしまったり、赤ちゃんの吸着が適切でないことなどにより、母乳がうっ滞することです。しかし、特定の食事、例えばお餅やケーキなどによって、母乳の出口である乳管が詰まりやすくなる、という経験談はまだまだ根強いようです。いくつかネットの記事を見ていると、その理由としては「血液がドロドロになり、その血液から作られる母乳がドロドロになるから」というような記載がされていました。
しかし、これまでの医学研究からは、母親の食事によって母乳の糖分や脂質の量が大きく影響されることはないことがわかっています。2012年に発表された論文では、フィリピンのセブ市で102人の授乳中の母親を対象に調査を行っています。研究者たちは、1日の食事内容をインタビューして脂質・タンパク質・糖質をどのくらい摂取しているか調べました。さらに母乳のサンプルを集めて成分を分析し、食事内容との関係を調べました。すると、母親の食事の糖分や脂肪分が多かったからといって、母乳中の糖分や脂肪分が増えるわけではないとわかりました。
この論文の中では、様々な国で母乳の成分を調べた研究結果がまとめられています。それによると、母乳中の脂質はおおむね100ミリリットル中2.8~4.78グラム、糖質は6.5~8.0グラム、タンパク質は0.9~1.5グラムほどの範囲になっています。世界中に授乳中のママはいて、色々な食事を食べています。しかし一番ばらつきが大きい脂質を考えてみても、100ミリリットル中に小さじ半分ほどの違いしかありません。このことからも、食事内容によって母乳がドロドロになるのは考えにくいことだとわかります。
■「お餅が原因」と勘違い?
そもそも、お餅やケーキを食べたからといって、血液がドロドロになるわけでもありません。食べ物の栄養分がそのまま血液に入るわけではなく、血液中の糖分や脂肪分の量はコントロールされているのです。例えばお餅は、もち米を蒸して杵でついたもので、100グラム中約50グラムは糖質、約45グラムは水分です。糖質が多い食べ物なので、食べれば血糖値は上がります。しかし正常な人の血中の糖分は、血液100ミリリットル中0.2グラム以下に調整されています。こんな少量の糖分によって血液がドロドロになるはずはありません。
お正月にはよくお餅を食べますが、来客があったり、帰省したりと、普段と違う過ごし方をする場合も多いです。授乳間隔が空いてしまったり、ママの疲れがたまってしまうことで乳腺炎になったとしても、「お餅が原因」と勘違いされてしまうのだと思います。
もちろん、授乳中はタンパク質やビタミン・鉄分など、十分な栄養素を摂ることは大切ですが、お餅やケーキなどを禁止する合理的な理由はありません。鏡開きには、ぜひ安心して美味しくお餅を召し上がってください。