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Vol.087 母親に伝わらなかった「著しいリスク」ーー 検証東大病院 封印した死(9)

医療ガバナンス学会 (2019年5月15日 06:00)


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http://wasedachronicle.org/articles/university-hospital/h9/

この原稿はワセダクロニクル(20019年2月14日配信)からの転載です

2019年5月15日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

41歳の男性が、効果を期待できない危険な治療を受けて死亡した東大病院カテーテル死「隠蔽」事件。東大病院は、マスコミ各社に送った回答書で、カテーテル治療の「著しいリスク」を認識していたと認めていた。
それにも関わらず実施に踏み切ったのは、患者と家族の「ご意向」によるものだとしている。
男性やその母親は、本当にこの治療を望んだのだろうか。
前回に引き続き、東大病院の循環器専門医とともに、東大病院の「支離滅裂」(*1)な回答書を読み解いていく。

http://expres.umin.jp/mric/toudai087-1.pdf

早朝の東大病院=2019年2月8日午前7時21分、東京都文京区本郷7丁目(C)Waseda Chronicle
◆東大病院「ていねいな説明を繰り返し行った」 / 母親は「気が動転していてよくわからなかった」

東大病院の回答書には、危険性が高いこの治療について、男性や母親に「通常診療以上に慎重でていねいな説明を繰り返し行いました」と書かれている。
本当だろうか。私たちは男性の母親に尋ねることにした。
母親は語る。
「治療や症状の説明は、先生たちが度々してくれました。でも私は、息子の病気の悪化で気が動転して、東大病院の偉い先生たちを前に緊張もしていて、何が何だかわからなくて」
男性と母親は、マイトラクリップ治療の説明を診察室で受けたという。2018年9月のことだ。男性は車椅子を使っていた。話をしたのは、この治療を率いた金子英弘医師だった。
治療の同意書に加え、治療法について説明した複数枚の資料などを2人は手渡された。その資料には、金子医師がドイツ留学中にマイトラクリップ治療を多く経験したということも書かれていた。
母親は説明を受けた時間について「それほど短くはなかったので、おそらく20分から30分」と記憶している。
しかし「難しいことばかりでよく分からず、私は『そうなんですね』『そうなんですね』と繰り返しただけでした。先生はいろいろ説明してくれたんだと思います。でも私が理解できなかったんです。私のせいなんです」と振り返る。
隣にいた男性は、金子医師の説明をどこまで理解できていたのだろうか。母親は「そういう話は息子としなかったので、わかりません」
それでは、この治療の「著しいリスク」は2人に伝わっていたのだろうか。母親は語る。
「この治療以外にはないというお話でした。とても危険だということは、お話があったのか、なかったのか。私は気が動転していたので覚えていません。今も当時のことを思い出すと辛くて」
患者や家族にとって、最新治療の話を理解するのは難しい。病気のストレスで精神的にも追い込まれていると、尚更だ。そうした患者、家族の心に配慮しながら、専門的な内容をかみ砕いて、分かるように説明するのが医師の重要な仕事のひとつだ。だが母親の話を聞く限り、東大病院の説明は「通常診療以上に慎重でていねいな説明」ではない。
また、東大病院はこの母親を「認知症」だと患者の男性のカルテに記している。
しかし、私たちが話を聞くたび、母親は近況をしっかり覚えている。本当に認知症なのだろうか。
母親は言った。「認知症と診断されたことはありません。病院で一度、もの忘れをしたことがあって、『ごめんなさい、私は認知症なもので』と言ったことはあります。それで誤解されたのでしょうか」
医師は、母親の冗談をそのままカルテに書き込んだということになる。患者や家族とのコミュニケーションに決定的な不足があった。
◆「これしか選択肢はない」と治療に誘導

東大病院は、男性に実施したマイトラクリップ治療の危険性について、次のように回答書に記している。
「原病の重症度が高く、MitraClipを行うことのリスク(合併症のリスクや、治療が奏功しても僧帽弁逆流が減少することによる後負荷不適合によって血行動態が悪化するリスク)も通常症例よりも著しく高い」
要するに、心臓の内部を仕切る筋肉の壁に穴を開けるなど、この治療自体の負荷が通常より大きく、男性の病状を悪化させかねないと考えていたのだ。さらに、治療器具を弁に取り付けることに成功しても、それにより血液の流れが妨げられ、症状が悪化する危険があることも東大病院は分かっていた。
それでも、東大病院は男性と母親に治療を勧めた。その理由をこう書いている。
「相当のリスクはあるものの、これを踏まえたうえでもなお、MitraClipを行う以外に当該患者を救う治療選択肢はないとの結論に達しました」
この見解を、私たちの取材に応じた東大病院の循環器専門医は次のように批判する。
「リスクが著しく高ければ、マイトラクリップ治療は行わず、薬物治療を続ける選択肢もあるのです。実際、男性のような重い心不全患者には、マイトラクリップ治療を行わない方が予後は良い傾向にあったという最新研究もあります。しかし病院の態度は、マイトラクリップ治療ありきで決まっている。著しく不適切な対応です」
循環器専門医はさらに言葉を続ける。
「男性の左心室は、強心薬を使っても、わずか4ミリしか拍動していないことが検査でわかっていました。右心室の働きも著しく低下していた。残念ながら、マイトラクリップ治療の対象としては手遅れだったのです」
「それでも強行するのならば、急変に備えて体外式補助人工心臓の説明や準備を行うべきだった。しかし、担当医はそれすら行わず、肺に穴を開けて生じさせた気胸を見落とすなど、様々なミスを重ねて患者を死なせてしまった」
回答書で東大病院は、男性の容体急変を招いた気胸について、失敗したマイトラクリップ治療に「関連して起こった可能性がある」と書いている。
しかし、そこには一言も触れていないことがある。
それは、気胸を丸一日近く見落としたという事実だ。重大なミスには触れられていなかった。
◆治療の事実を死亡診断書に記載せず / 持病の悪化として処理

男性が死亡した2018年10月7日、東大病院は死亡診断書を作成した。これを記入する医師は、死亡の原因となった傷病名を詳しく記さなければならない。だが東大病院は、マイトラクリップ治療によって生じ、急激な容体悪化につながった肺の気胸を記載しなかった。
東大病院が死亡診断書に書き込んだ傷病名は、心不全と拡張型心筋症の2つだけ。そして男性は、持病の拡張型心筋症が悪化し、心不全で病死したことにされた。
死亡診断書には、死亡の原因となった傷病に関係する「手術」を記入する欄がある。男性のケースでは、そこにマイトラクリップ治療を書き込むべきなのだが、死亡した男性の「手術」欄は空白だ。この治療を行わなかったことを意味する「無」に丸印がついている。

http://expres.umin.jp/mric/toudai087-2.pdf

東大病院が作成した男性の死亡診断書。手術の記載欄は空白で「無」に丸印が付いている。マイトラクリップ治療はなかったことにされた(C)Waseda Chronicle

なぜ、マイトラクリップ治療を記載しなかったのか。
東大病院は回答書でこう説明した。
「当該患者の死因について、治療にあたった循環器内科としては、原病である特発性拡張型心筋症による慢性心不全の増悪が主であると考えており、原病に対する手術は行っておりませんので、その旨を死亡診断書にも記載しております」
つまり、あくまでも持病の悪化で死亡したことにすれば、その直前に危険な治療を強行したことを帳消しできると考えていたのだ。
この判断について、東大病院の循環器専門医はこうみる。
「男性の心臓は、拡張型心筋症のために全体が機能低下していました。マイトラクリップ治療は、機能低下の一部を改善させる目的で行われました。拡張型心筋症という原病に関連する治療なのです。当然、『手術』の欄に記載すべきことです。しかも、この治療で男性の容体は急激に悪化し、命を落としている。これを死亡診断書に書かないという判断はありえません。マイトラクリップ治療をしたことを隠蔽しようとした明らかな証拠です」
◆東大病院が失敗したもの

計2回にわたる回答書の検証で、はっきり見えてきたことがある。この治療は、患者のために行われたのではない可能性が高いことだ。
最新治療の実績づくりを焦った医師たちが、患者と家族の同意を一方的な説明で取り付け、条件を満たしていないことを承知で強行した治療なのではないか、という構図が浮かび上がってくる。一緒に回答書の検証をした東大病院の循環器専門医は「これは人体実験ではないのか」と疑問を投げかけた。
ともあれ東大病院は、治療にも「死の隠蔽」にも失敗した。

【動画】東大病院の循環器内科のトップ、小室一成教授へのインタビュー

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