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Vol.091 Vaccine Hesitancyが世界的な麻しん流行をまねいている

医療ガバナンス学会 (2019年5月21日 06:00)


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特定非営利活動法人 VPDを知って、子どもを守ろうの会 http://www.know-vpd.jp
理事長 菅谷明則

2019年5月21日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

◆日本の麻しんの流行
「麻しん排除」を達成した日本では麻しんが流行している。
麻しんは、人以外の自然宿主がなく、不顕性感染がないこと、正確な検査診断が可能なこと、有効なワクチンが存在することから根絶が可能な疾患と考えられている。「麻しん根絶」は「世界的な麻しんウイルスの伝播が遮断されること」、一方、「麻しん排除」は「特定の地域、国において、麻しんウイルスの伝播が12か月以上ないこと」と定義されている。したがって、「麻しん排除」を達成しても、周辺国で麻しんが流行すれば、予防接種を受けていない人は発症のリスクがあり、容易に国内で麻しんが流行する可能性がある。
日本では、2007年から2008年に麻しんが大流行した。麻しんが全例把握疾患に変更された2008年には11,013例以上が報告された。2006年にMR(麻しん風しん)ワクチンの1歳代と小学校入学前の2回の定期接種が始まり、さらに2008年から5年間、中学校1年生の3期と高校3年生の4期の定期接種が行われた。2009年から麻しんの報告数は減少し、2015年3月に麻しん排除が認定された。2015年には報告例は35例まで減少したが、その後毎年、100例以上が報告されていた。2019年は5月7日までの届出数が450例で、この時点の届出数としては2009年以降では最も多くなっている。

◆世界の麻しんの流行
日本だけでなく世界中で麻しんは流行している。
世界ワクチン行動計画(Global Vaccine Action Plan 2011-2020)は、2012年の世界保健総会で全ての参加国の承認で採択された。この計画では2020年までに世界保健機関(WHO)の6地域のうち5地域での麻しん排除を目標にしている。しかし、排除の達成は難しい。WHOは2019年の世界全体の麻しん患者数は3月までで112,163例と推測し、2018年の同時期の28,124例の4倍に達していると報告している。この増加は6の地域全てで認められ、アフリカ地域で8倍、アメリカ地域で1.6倍、ヨーロッパ地域で4倍、東地中海地域で2倍、東南アジア地域で1.4倍、西太平洋地域で1.4倍の増加が報告されている。
アメリカ地域では社会的基盤が崩壊しているベネズエラでの流行が周辺国に拡大している。また、2000年に麻しん排除を宣言した米国では5月3日までで764例が報告され、1994年に963例が報告されて以来、最も多くなっている。また、ヨーロッパ地域では2018年に82,596例が報告され、この10年間で最も多く、2017年の報告数の3倍、2016年の報告数の15倍である。2019年もウクライナ、フランス、イタリアなど多くの国で流行が継続している。アフリカ地域では接種率が低いマダガスカルで非常に大規模な流行が起きている。南東アジア地域ではインドで継続的な流行があり、タイ、ミャンマーなどでも流行している。
西太平洋地域でもフィリピン、ベトナム、マレーシアで報告例が増加している。フィリピンでは2019年の報告数は28,000例、死亡例も369例に達している。この影響を受け、麻しん排除が認定されているオーストラリア、香港、マカオ、ニュージーランド、韓国でも報告例が増加している。

◆麻しんの流行とVaccine Hesitancy
麻しん患者の増加の原因は複雑だが、大きな要因としてVaccine Hesitancyがある。Vaccine HesitancyはWHOが発表した”Ten threats to global health in 2019”の一つに挙げられている。WHOではVaccine Hesitancyを「ワクチン接種の機会が提供されているにもかかわらず、ワクチン接種を先延ばしにしたり、拒否したりすること」と定義している。さらに、Vaccine Hesitancyは複雑で、時期や地域、そしてワクチンの種類によって異なり、3つの要因としてConfidence(予防接種に対する信頼性)、Complacency(VPD(Vaccine Prevenntable Disease)のリスクに対する独りよがりの安心感)、Convenience(ワクチン接種の障壁)を挙げている。
ヨーロッパや北米ではAndrew Jeremy Wakefieldの論文に端を発する反ワクチン運動が、ワクチン接種率を低下させている。Wakefieldは1998年にLancet誌に“Ileal-lymphoid-nodular hyperplasia, non-specific colitis, and pervasive developmental disorder in children”を投稿し、MMR(麻しんおたふくかぜ風しん)ワクチンと自閉症の関連を示唆した。しかし、重大な利益相反があり、この論文はLancet誌から撤回された。その後多くの研究によりMMRワクチンと自閉症の関連は否定されているにもかかわらず、この論文の影響が持続している。
Vaccine Hesitancyには宗教も関与している。米国のニューヨーク市のブルックリン、クイーンズの正統派ユダヤ教徒の社会では、多くが宗教的理由でワクチンを接種していないため、流行が拡大している。また、タイの流行の中心は南部地域で、この地域の住民はイスラム教徒が多い。宗教的な理由でワクチンの接種率が低下し報告例が増えている。日本でもワクチンを接種しない宗教集団での流行があった。
他のワクチンに対するconfidenceも影響を及ぼす。フィリピンは2016年にデング熱ワクチンの接種を開始し、70万人以上に接種した。しかし、感染の既往のない人にワクチンを接種し、その後にデング熱に罹患すると重症化する可能性が報告されたために、2017年に接種を中止した。このことでワクチン全体の信頼性が低下し、麻しんワクチンの接種率が低下した。
Vaccine Hesitancyの原因は地域により異なり、対応は個々の事例により個別の対応が必要である。しかし、麻しんの根絶にはVaccine Hesitancyに対する世界的な対策が必要である。

◆麻しん排除国の麻しん対策
麻しん流行拡大の阻止には迅速な対応が必要である。
米国では現在の流行に対し、2月に下院、3月に上院の委員会で公聴会が開催された。1月25日にワシントン州、3月26日にニューヨーク州で非常事態が宣言され、ニューヨーク州では18歳未満のワクチン未接種者の公共の場所への立ち入りが禁止された。また、4月9日にニューヨーク市のブルックリンの一部地域ではワクチンの接種が義務化され、未接種者には1000ドルの罰金が科せられた。さらに、4月12日にドイツのブランデンブルグ州ではドイツで初めて幼稚園入園の際に麻しんワクチンの接種が義務化された。日本での「麻疹発生時対応ガイドライン」では対応の実施主体は都道府県・保健所を設置する市又は特別区とされている。地域的な流行が起きた際には、昨年流行した沖縄県の対応のように具体的な対応ガイドラインをあらかじめ準備しておくことが、迅速な対応には必要である。
さらに、麻しん排除国では輸入麻しんに対する対策が重要である。2019年の日本の輸入麻しんは69例で、2014年の110例に次いで多い。2019年の米国の輸入麻しんは4月26日までで44例で、このうち34例(77%)が 米国居住者である。したがって、海外渡航者へのワクチンの推奨は重要である。米国では年齢別に具体的な渡航時の接種方法が示されているが、日本では具体的な接種方法は示されていない。麻しん流行を起こさない施策を行うのは国の責任である。「麻しんに関する特定感染症予防指針」では、「厚生労働省は、国土交通省に協力を求め、旅行会社等に対し、外国へ渡航する者に、情報提供を行うよう依頼する」としているが、現在の世界的な麻しん流行下で大型連休中の多くの渡航者にこの情報が伝わり具体的な対策がとられたか疑問が残る。
日本でVPDをコントロールしていくためには、国内、海外のVPDの流行状況に対応し、迅速にワクチン接種の施策を示していく必要がある。しかし、現在の日本には科学的なエビデンスに基づき迅速に予防接種施策を行っていくシステムがない。真の意味のNational Immunization Technical Advisory Groupsが必要である。

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