医療ガバナンス学会 (2019年7月5日 06:00)
NPO法人医療制度研究会・理事
元・血液内科医、憲法研究家
平岡 諦
2019年7月5日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
● 壇上に上がった山本佳奈先生から、大阪で研修中の友人の話として、次のような話題提供があった。
医局に用意された、製薬会社からの弁当を黙々と食べながら、販売促進のため派遣されたMR(医療情報担当者)から、薬の情報を聞く医師たちの話だ。忙しい医師にとって、割ける時間は昼食時くらい。ある意味、助かる昼食兼勉強会だ。ここまでは、以前からある日常茶飯のこと、1ヵ月に1,2回くらいあったと記憶している。驚いたのは、このような昼食兼勉強会が二日に一回くらいあるということだ。製薬業界の販売競争が過激になっているのだろう。
このような製薬会社提供の昼食兼勉強会への参加を、その友人は、おそらく研修医として断るわけにはいかないだろう。また、余った弁当を夜食にすることもあるとのこと、研修医の長時間勤務も日常化しているのだろう。
この話を聞いて、ついつい老爺心が働いてしまった。製薬会社から配られた弁当を食べる時、その友人の気持ちはどのようなものだろうかと。山本佳奈先生の友人であれば、「医師と製薬マネー」の関係もよく判っていることだろう。複雑な気持ちで、進まない箸を進めているのではなかろうかと心配になったのだ。
● 以下はわたしの経験と、その頃に考えていたことだ。
同僚のH.T医師は、わたしと違って、製薬マネーに潔癖な人だった。たとえば、製薬企業主催のホテルでの講演会の、講演終了後には「意見交換会」と称する立食パーティが付きものだ。今でもそうだと思う。彼は、講演終了後、パーティには参加せず帰るのだ。医局での昼食兼勉強会への参加もほとんど無かった。彼は彼、それはそれで良い、とわたしは考えていた。
製薬会社は自社製品を出来るだけ販売したい。薬の販売とは、医師に処方してもらうことだ。医師に対して販売促進活動をするのは、資本の論理として当然のことだ。医師への2000円程度の贈り物(弁当がそれ位、ホテル立食パーティならさらに高額)でも、販売促進対象となった薬の処方が増えたとする研究結果もあるそうだ。それでは、医師側はどのように考えれば、このような製薬マネーの悪魔のささやき(?)から逃れることができるだろうか。H.T医師のように参加しないのも一つの方法である。しかし、わたしは参加しながら、次のように考えて自身の主体性・自尊心を守るようにしていた。
製薬会社が販売促進しなければならないと言うことは、競合する薬があると言うことだろう。競合する薬がなければ、販売促進活動をしなくても医師は必要な処方をするからだ。必要のない薬を処方する医師は論外としてのことだが。資本の論理からすれば、その競合する薬を販売する製薬会社も、販売促進をすればよいことになる。販売促進しなければ、その製薬会社が競争に負けるだけだ。
山本佳奈先生の友人の話にもどそう。二日に一回、昼食兼勉強会があるのなら、その空いている日に競合薬の製薬会社に昼食兼勉強会を開いてもらえばよいことになる。両者を比較できれば、特徴を生かして、こちらの薬はこのような患者に、あちらの薬はあのような患者に、と選択できることになる。これで医師の主体性が保たれるのだ。
実際には、このようなことはできないかもしれない。できないことがほとんどだろう。しかし、一社の話を聞いている時でも、頭の中で他社ならどのような話をするだろうかと考えながら聞くことで、医師の主体性は保てるものだ。経験上、そのように言える。ホテルの講演会の時でも同様である。
要は、頭の働かせ方次第だと思う。ただ、他社の競合薬についてもある程度の知識を持っていなければ、このような頭の働かせ方はできない。その程度の勉強の努力は必要だ。そしてさらに、昼食兼勉強会などの最後に、次のような質問をして確認してほしい。「貴社の薬を投与していけない患者はいますか?」、そして、そのような患者はいるだろうから、「その理由は何ですか?」と。
● 会場にいた薬学部の学生(だったと思う)から次のような質問があった。「今後、MRは必要でなくなりますか?」と。自身の進路を考えての質問だろう。残念ながら、直接の答えは誰からも出なかった。その時、わたしが考えていた答えは「単なる販売促進のためのMRは要らない」、「その薬のPharmacokinetics(薬物動態)の判るMRなら必要」ということだ。これから高齢者が増加し、複数の病気を持つ患者が増えるだろう。多剤投与の患者が増えるということだ。その時、安全に投与できるためのアドバイスが欲しいのだ。
例えば、ソリブジン事件というのがあった。抗がん剤である「フルオロウラシル系薬剤(FU剤)」を内服していた患者が、さらにヘルペス(帯状疱疹)を発症した。そして、ソリブジンという抗ウイルス剤が投与されたのだ。ヘルペスは高齢者やがん治療中の患者に多く、免疫力の低下とともに、それまで潜伏していたヘルペス・ウイルスが増殖し(再活性化という)、そして症状を出す病気だ。
ソリブジンがウイルスの増殖を抑える一方、FU剤の代謝も抑制し、抗がん剤が蓄積されて血中濃度が上がったのだ。そのために、抗がん剤の副作用としてとくに怖い血液毒性が強く出てしまった。発売後1年間に15人もの患者が、それが原因で亡くなるという薬害事件を起こしたのだ。もちろん、薬害が事件になるには、複雑な要因が絡み合っている。治験段階からこのような副作用出現は予知されていて効能書(添付文書という)には注意事項として記載されていた。それを医師が見過ごしたこと、これが第一に問題だ。当時、がん患者に対する告知がされておらず、患者が抗がん剤を内服していることを知らず、医師に伝えなかったこともある。
このような薬害事件を防ぐには、単に製薬会社の販売促進員ではだめだ。薬物動態をしっかり理解しているMRの、主体的な取り組みが重要だ。処方する医師への注意喚起によって、積極的に患者を薬害から守って欲しい。これまでに多くの薬害事件が引き起こされてきたが、薬学部の学生たちには、ぜひ、薬害事件の構造につき、十分に勉強して頂きたいものだ。それが自身の主体性の確立にもなるからだ。
●「産・官・学のトライアングル」に取り込まれた、日本の医療界のリーダー格と目される医師たち、この人たちは箸にも棒にも引っ掛からない、上昌広先生のこの指摘に全く同感だ。重要なことは、若き医師たち、そして若き薬剤師たちの主体性をいかに守るか、いかに引き出すかである。将来の日本の医療界のあり様は、彼らの主体性にかかっているからだ。
そこでなすべきことは、世界標準の医の倫理を勉強してほしい、という一言に尽きる。戦後、世界医師会は、患者の人権・尊厳を守るために、医師の主体性に基づく医の倫理を構築してきたのだ。
日本医師会の医の倫理は、731医学からの「逃げの医の倫理」である。また、学部で教えられる医の倫理は、アメリカから輸入された医の倫理、すなわち患者の権利主張(意識の向上)から、「押し付けられた医の倫理」である。これらを勉強しても、医師や薬剤師の主体性の確立にはならない。
スポンサー付きの昼食兼勉強会とはならないだろうが、世界医師会の医の倫理の勉強会を立ち上げたいと考えている。どなたか、お知恵拝借できないだろうか。主体的に名乗り出てほしいものだ。