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Vol.146 もしも勤務医が過労死したら病院はどう対応したらよいのか?

医療ガバナンス学会 (2019年8月26日 06:00)


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この原稿は月刊集中8月末日発売予定号からの転載です。

井上法律事務所
弁護士 井上清成

2019年8月26日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

1 医師過労死で賠償命令
2014年4月からある病院の心臓血管内科で働いていた勤務医(当時33才)が、8ヶ月余り後の12月18日に自宅で心配停止状態で発見されて死亡した事件で、勤務医の遺族は、病院の安全配慮義務違反による過労死だとして、病院に対する損害賠償を求める民事訴訟を起こしていた。その訴訟の判決が長崎地方裁判所で2019年5月27日にあったらしい。判決では、過重労働が原因だったとして病院に賠償が命じられたとのことである。
各社の新聞報道によれば、裁判所は、
・死亡の2~6ヶ月前の時間外労働時間の平均が月177時間にのぼっていたこと
・7月26日~10月17日の間、84日連続で働いていたこと
・死亡直前1ヶ月間の残業は159時間であったこと
・勤務医は主治医として1ヶ月当たり平均30人の入院患者を担当していたこと
・相当程度の精神的緊張を伴う業務を日常的に担当していたこと
・病院は、勤務医が自ら申請する時間外労働のみを把握するにとどまったこと
などの趣旨まで踏み込んで認定したらしい。
その上で、相当の緊張を伴う業務を余儀なくされ、著しい疲労の蓄積があったとも指摘して、病院が勤務医の残業時間を把握せず、負担軽減策も取らなかったのは違法だともしたようである。さらには、死亡前日の飲酒が影響したなどとして賠償額の減額をすることについては、公平の観点から認められない(つまり、賠償額は減額しない)とも言い切ったらしい。

2 今後の傾向を占う判決
その長崎地裁の判決には事実誤認などがあるとして、病院は福岡高等裁判所に控訴したので、今もって係争中のようである。
確かに、新聞報道だけからの印象としては、個別事案の認定と評価としてはかなり大胆に踏み込んでいるようにも感じられはしよう。しかしながら、「医師の働き方改革」が進んできている現在の情勢からすれば、今後の司法の傾向を占う意味がある判決にようにも思える。
今までは、医師にタイムカードやICカードなどで在院時間管理をせずとも当り前で、36協定などの労働契約があいまいであってもさほど関心が払われなかった。いわば、それらが不十分であっても、病院としては、特段の咎め立てはされないで済んでいることも少なくなかったのである。
しかしながら、判決が「病院が勤務医の残業時間を把握せず、負担軽減策も取らなかったのは違法だ」という趣旨を述べて大胆に踏み込んだことは、(当該事案での当否は別にして、)今後の考え方の方向性の傾向を示唆するものと捉えてよいと思う。つまり、病院としては、医師の労働時間管理や労働契約締結を適切に行わなかったならば、場合によると、その不作為だけをもって違法と評価されかねない恐れが出てきたのである。

3 証拠の整った状況での過労死への対応
「医師の働き方改革」において、不幸にして過労死が発生してしまった場合における病院の免責の措置は、何も新たに立法化されていない。つまり、賠償をめぐる法律的な状況は、今までと何も変わっていないのである。むしろ、ひと昔前とは異なり、「長時間労働の結果としての過労死の存在」や「過労死基準の存在」が、ある意味で常識化された。とすると、「過労死すなわち安全配慮義務違反」となりやすくなったのである。しかも、どれだけ働いていたかが、従前と異なり、医師の労働時間管理が進むために、一見して明瞭となるであろう。
病院としては、このような証拠の整った状況での過労死への対応は、どのようにしたらよいのであろうか?
この問題に病院は今、直面し始めたのである。
大手広告代理店その他、過労死に対する対応が十分でなくて、社会的に大炎上してしまった企業は少なくない。同じく事業体としての側面を持つ病院とても、例外ではないであろう。中途半端な成り行き任せの対応は、それまでの長きに渡る公共的・公益的な病院の功績を、一瞬にして無にしてしまいかねない。このことに十分に留意して、事にあたることが必要である。

4 労働時間短縮と宿日直許可取得
地域医療などのために貢献してもらいながら、いざ過労死が発生したら、中途半端な労務対策しか取っていなかったにもかかわらず、途端に安全配慮義務を果たしていたなどと主張したとするならば、その病院は法的のみならず社会的にも大炎上してしまうことであろう。
必須の労務対策には、大きく分けて、2つの側面がある。1つは院内の労働時間管理などの一連の改革であり、もう1つは労働基準監督署からの宿日直許可の取得であろう。
前者は、院内向けに、医師の労働時間管理を適正化して、健康確保措置を積極的に講じることである。医師の自己研鑽をきちんと区分けしつつ、労働時間の短縮化に向けて工夫を重ねていくべきなのは、今さら言うまでもないことであろう。
ここで特に強調しておきたいのは、後者の宿日直許可の取得である。令和元年7月1日付けで厚生労働省労働基準局長によって、「医師、看護師等の宿日直許可基準について」という通達が発出された。実際のところ、さほど昔ながらの基準と変わるものではないけれども、「軽度の処置を含む」ことが明示されるなど、実情に配慮したものとなっているとも評しえよう。まだ「許可」を得ていない病院も少なくないらしいが、この機会に、前向きに「許可」を取得すべく努めることをお勧めしたい。

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