医療ガバナンス学会 (2019年8月30日 06:00)
この原稿はAERA dot.(4月3日配信)からの転載です
https://dot.asahi.com/dot/2019040200033.html
森田麻里子
2019年8月30日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
私が可能な限り避けていただきたいと思うものは5つだけ。加熱殺菌していないナチュラルチーズ、肉や魚のパテ、生ハム、スモークサーモン、生肉です。これらは、食べる量を少なくすればいいということではなく、全く食べないことをおすすめします。なぜかというと、これらを食べると、おなかの赤ちゃんに重大な悪影響のある微生物に感染するリスクがあるからです。
例えば、妊娠中に注意するべき食中毒として、リステリア菌の食中毒があります。リステリア菌は自然界に広く分布している菌ですが、妊娠中にリステリア菌に感染すると、流産につながったり、赤ちゃんが感染して敗血症となってしまったりすることもあります。重要なのは、妊娠中は普通の人より二十倍以上食中毒にかかりやすくなるということです。2004年から09年にかけてのアメリカのデータを用いた調査では、妊娠中は妊娠していない場合に比べて、感染リスクが114.6倍になるという結果も発表されています。リステリア菌は加熱により殺菌することができますが、塩漬けの食品や、冷蔵庫の中でも繁殖できるという特徴があり、注意が必要です。海外では、特に加熱殺菌していないナチュラルチーズ、肉や魚のパテ、生ハム、スモークサーモンでの食中毒の報告が多いようです。
実は、リステリア菌は生野菜や果物にもいます。アメリカでは11年にメロンを原因としたリステリア菌の食中毒が発生し、33人が死亡しています。18年のアメリカ食品医薬品局の報告では、アメリカ国内生産や輸入品のアボカドのうち、18%の皮にリステリア菌が付着していたことがわかっています。日本ではリステリア菌による食中毒の報告はこれまでありません。また、妊娠中に生ハムを食べなくてもそれほど生活に支障はきたさないと思いますが、生野菜や果物を食べないとなると支障が大きいですよね。生野菜や果物を食べることは栄養的なメリットも大きいので、現状ではこれらを避ける必要はないと思います。ただし、妊娠中は特に、よく洗って食べるようにしてください。
チーズ類に関しては、プロセスチーズは加熱されて作られているので、問題ありません。輸入品のナチュラルチーズを加熱せずに食べるのは避けたほうが良いと思いますが、日本で製造されているカマンベールチーズ等は、加熱殺菌して製造されているものも多いようです。私はチーズが大好きなので、加熱殺菌されているものを調べて食べていました。
また、もう一つ注意したいのが、トキソプラズマ症です。トキソプラズマは一つの細胞だけでできている小さな寄生虫で、主に豚や羊などの肉、そして土や猫のふんなどに存在しています。健康な人が感染しても問題ありませんが、妊娠中にはじめてトキソプラズマに感染すると、赤ちゃんは先天性トキソプラズマ症といって、流産につながったり、眼や脳に障害が出たりすることがあります。これまでの報告では、妊娠中に焼き肉店へ行って加熱が不十分な肉を食べたり、生の馬肉を食べたりしたことや、果物狩りに出かけたことが原因と推定されるケースがあるようです。
トキソプラズマは67度以上まで加熱しないと殺菌できません。ローストビーフ、レアステーキなど、加熱が不十分な肉を食べるのは、妊娠中は避けましょう。牛は感染リスクが低いという意見もありますが、日本でも6.5%の牛が感染しているかもしれないという報告もあり、牛肉なら大丈夫とは言い切れません。感染した場合の結果が重大であることを考えると、あえて妊娠中に食べる必要はないと思います。食物以外からの感染を防ぐために、猫のトイレ掃除はできるだけ避け、土に触れる際は手袋・マスクを着用することも大切です。リステリア感染の予防と同様に、野菜や果物はよく洗って食べましょう。
逆に言えば、これら5つの食品以外は、一回食べただけで重大な病気になるということは考えにくいです。確かにお刺し身・生卵などは、加熱した食材より食中毒のリスクは高いですが、絶対にダメとまでは言い切れないと思います。私は妊娠中、魚介類が新鮮でおいしい地域に住んでいたので、刺し身はときどき食べていました。
よい食生活はとても大切ですが、ただでさえストレスのかかる妊娠中に、してはいけないことばかりが多いと参ってしまいます。本当にダメなものが何なのか、ポイントをおさえて妊娠中の食生活も楽しみたいですね。