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Vol.151 不作為によるVPD罹患被害を生じさせないために、今やるべきこと

医療ガバナンス学会 (2019年9月2日 06:00)


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一般社団法人 Plus Action for Children
代表理事・高畑紀一

2019年9月2日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

HPVワクチンの「積極的な接種勧奨の差し控え」から6年が経った。現在の接種率は1%にも満たないと言われ、実質的にほとんど接種されていない状態となっている。現在でもHPVワクチンは予防接種法に基づく定期接種の対象であり、対象者が希望すれば定期接種として接種することができる。にも関わらずこれ程までに接種率が低下しているというのは、積極的な接種勧奨が差し控えられているということを考えても低すぎると言わざるをえないだろう。

接種されない理由はいくつか考えられるが、私が最も残念に思うのはHPVワクチンの存在そのものを知らなかったり、HPVワクチンが定期接種として接種できることを知らないが故に、接種行動につながっていない方々が相当数いるということだ。私たちPlus Action for Children が重視する「知り、考え、行動する」のスタートである「知る」がなされていないため、続く「考え」「行動する」ことにつながっていないのである。

予防接種は「接種するリスク」と「接種しないリスク」のいずれを選択するのか、被接種者本人や被接種者が、乳幼児等であれば保護者が判断しなければならない。その為には、接種するリスクと接種しないリスクの双方について適切な情報提供を受ける必要がある。接種するリスクは接種後の有害事象や経済的負担等、接種しないリスクは接種することで得られるベネフィットを享受できない、つまり接種により予防することが期待される「VPD=Vaccine Preventable Disease:ワクチンで防げる疾病」に罹患するリスクということになるが、これらについて適切な情報を得なければ、どちらのリスクを選択すべきか適切に判断することはできない。しかし、現状は接種事業の実施主体である市区町村から接種対象者へ十分な情報提供がなされていない為、ほとんどの接種対象者や保護者は「知る」ことができていない。

では、そもそも「積極的な接種勧奨の一時差し控え」とは具体的にどのようなことを指しているのだろうか。厚生労働省がホームページで公開している「子宮頸がん予防ワクチン接種の『積極的な接種勧奨の差し控え』についてのQ&A(https://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou28/qa_hpv.html)」では、

「措置の内容」として設問を立てており、その回答で「答2 A類疾病の定期接種については、予防接種法に基づき市町村が接種対象者やその保護者に対して、接種を受けるよう勧奨しなければならないものとしています。

具体的には、市町村は接種対象者やその保護者に対して、広報紙や、ポスター、インターネットなどを利用して接種可能なワクチンや、接種対象年齢などについて広報を行うことを指しています。

一方、『積極的な接種勧奨』とは、市町村が対象者やその保護者に対して、広報紙や、ポスター、インターネットなどを利用して、接種を受けるよう勧奨することに加え、標準的な接種期間の前に、接種を促すハガキ等を各家庭に送ることや、さまざまな媒体を通じて積極的に接種を呼びかけるなどの取り組みを指しています。(中略)

今回の『積極的な接種勧奨の差し控え』は、このような積極的な接種勧奨を取り止めることですが、子宮頸がん予防ワクチンが定期接種の対象であることは変わりません。(以下略)」とその具体的な内容を明示している。つまり、積極的な接種勧奨の一時的差し控えとは、「標準的な接種期間の前に、接種を促すハガキ等を各家庭に送ることや、さまざまな媒体を通じて積極的に接種を呼びかけるなどの取り組み」を差し控えることであり、「市町村は接種対象者やその保護者に対して、広報紙や、ポスター、インターネットなどを利用して接種可能なワクチンや、接種対象年齢などについて広報を行うこと」までは差し控えない、ということとなる。残念ながら実態は、厚生労働省が示す「積極的な接種勧奨の一時的差し控え」にとどまらず、本来であれば定期接種の実施主体として行わなければならない義務としての広報までも差し控えている自治体が少なくない。
その為、接種対象者や保護者がワクチンやVPDについての基本的な情報や接種対象年齢、定期接種として接種可能であることなどを知る機会を失っており、「接種するリスクとしないリスクのいずれを選ぶのか」を考え判断し、「接種するor接種しない」という行動をとることができない状況に置かれてしまっている。そのことが、接種率1%未満とも言われる現在の状況を生み出す大きな要因となっているといえよう。

定期接種の実施主体である市区町村は、行うべき情報提供を行っていないという「不作為」が被害者を生み出す危険性をもっと認識する必要がある。作為が何らかの被害を生じるリスクは想像しやすいが、不作為が何らかの被害を生じるリスクは想像しにくい。故に、誰しも往々にしてリスク回避のためには「動かない」という選択をしがちになる。しかし、予防接種には不作為が20年と言われる「ワクチン・ギャップ」を生じさせた、二度と繰り返してはならない歴史があることを忘れてはならない。他の諸外国では導入されていたワクチンが導入されないまま、子どもたちがVPDの感染リスクにさらされた空白の20年で、どれほど多くの子どもたちがVPDに罹患し、後遺症を負い命を落としてきたのか。今、積極的な接種勧奨の差し控えに留まらず、本来提供すべき情報までも提供しないという不作為により、多くの接種対象者や保護者が、接種の可否を判断するために必要な情報を得る機会を逸している。このことが接種率を必要以上に低下させている、つまり接種機会を奪っているのであり、その結果として将来的に「防げたHPV感染症」を生じさせる被害を生じるリスクを増大させていることを強く認識すべきであろう。
幸いにもこのような状況を少しでも改善しようという動きが、各地で始まっている。6月24日のNHK・おはよう日本では、姫路市の保健師による子宮頚がんやワクチンをテーマにした中学校1年生を対象とした授業での情報提供の取り組みや、岡山県のリーフレットやホームページを活用した取り組み、静岡厚生病院の接種対象年齢の子どもとその保護者への情報提供の取り組みが紹介された。実際に接種対象で年齢の患者さんとその保護者へ情報提供を行う医療機関は小児科を中心に増えており、そうした情報を得て考え接種を決断する事例に繋がっている。
「少しづつだが、接種数が増えている」という報告も、多くの小児科医から知らされるようになった。また、青森県八戸市や千葉県いすみ市では、接種対象者と保護者に対して、個別に情報提供を行っている。これは積極的に接種を勧奨するものではなく、あくまでも定期接種に位置付けられている予防接種にかかる「接種可能なワクチンや、接種対象年齢などについての広報」としてのものであり、定期接種として提供すべき情報を個別に届けているに過ぎず、他の自治体でもすぐにでも取り組めるであろう。

こうした取り組みは、疾病やワクチンのこと、つまりワクチンを打たないリスクと打つリスクについての適切な情報を得て、考え、行動する接種対象者を一人ずつ増やしていくことに直接つながる、極めて効果的なものであり、政府が積極的な接種勧奨を再開しなくても、すべての自治体が、すべての接種医が、今日からでも取り組めるものである。

私は、こうした取り組みが全国的に広がることを期待している。全国の小児科や産婦人科を中心とした接種医の先生方には、こうした取り組みを始め、その経験を共有し、取り組む仲間を増やすこと、日頃の予防接種で連携している市区町村に対し適切な情報提供に取り組むことを働きかけることをお願いしたい。そして、不作為による被害を生じた負の歴史を繰り返すことなく、不作為によるVPD被害を子どもたちやさらに次の世代に生じさせないことを望んでいる。

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