医療ガバナンス学会 (2019年9月27日 06:00)
この原稿はAERA dot.(5月1日配信)からの転載です
https://dot.asahi.com/dot/2019042400084.html
森田麻里子
2019年9月27日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
保健所などでの離乳食の指導において、基本になるのが、厚生労働省が作成している「授乳・離乳の支援ガイド」(以下、支援ガイド)です。今年3月の支援ガイドの改定で、これまで生後7,8カ月から始める食品の欄に書いてあった卵黄が、生後5,6カ月の欄に移動されました。今回はこの改定の理由について解説したいと思います。
離乳食の開始時期は、ここ10年ほどでどんどん遅くなっています。平成17年には離乳食の開始時期は生後5カ月が最も多かったのに対し、平成27年度にはそのピークが生後6カ月になっています。平成19年の支援ガイドで、離乳食の開始時期が「生後5カ月になった頃」という表記から「生後5,6カ月頃」と変更された影響もあるようです。
もし、本当に摂取を遅らせることで食物アレルギー発症が予防できるなら、食物アレルギーを持つ子の割合は減っていて良さそうなものです。しかし、アレルギーは減るどころか増加の一途をたどっています。例えば、東京都が3歳児健診のデータをまとめた調査では、平成11年度に7.1%だった食物アレルギーの子どもは、平成25年度には16.7%となっています。
確かに、食物アレルギーを持つ子が抗原となる食品を摂取すると、症状が起こります。だからこそ、アレルギーを起こさないためには、アレルギーを起こしやすい食品を食べなければいいと考えられていました。しかし実は、アレルギー反応が起こってしまうのは、バリアが破壊された皮膚から抗原が入ってくることが原因であり、逆に腸から抗原が吸収されるとアレルギーを抑える方向に働く、ということがわかってきたのです。つまり現在では、食物アレルギーを発症していない子には、早めにアレルゲンを食べさせた方が、その後のアレルギーの発症を抑えられる可能性が高いと考えられています。
これを証明した代表的な研究は、2017年に日本の成育医療研究センターから発表された研究です。この研究の対象者は、アトピー性皮膚炎のある赤ちゃんでした。アトピーがあると、食物アレルギーを発症するリスクが高いことがわかっているからです。研究では、まずしっかりとアトピーの治療を行い、皮膚の湿疹をきれいに改善させました。その後赤ちゃんを2グループに分け、一方のグループには生後6か月から毎日、加熱した卵を含むパウダー(ゆで卵0.2g相当)を与え、もう一方のグループには見た目のよく似たかぼちゃパウダーを与えました。1歳になったときの卵アレルギーの割合を調べると、卵を摂取したグループの方が80%近くも少ないことがわかったのです。
このような研究結果から、新しい支援ガイドでは、生後5,6カ月から卵黄も開始するように記載が変更されたのです。
しかし、ただ早く食べさせ始めれば良いというものではありません。例えば、2013年にオーストラリアから発表された研究では、中等度から重度のアトピー性皮膚炎のある4カ月の赤ちゃんを2グループに分け、一方には卵パウダー、もう一方には米粉パウダーを食べさせました。前述の日本の研究とは違い、卵パウダーは加熱していないもので、量も卵たんぱく0.9g(卵1/6)相当とやや多いものでした。すると、卵パウダーを摂取した赤ちゃんの1/3はアレルギー反応が出現してしまいました。
すでに乳児湿疹などで皮膚バリアが壊れている場合は、まずしっかりと治療を行って、皮膚の状態を改善することが大切です。支援ガイドでは、湿疹があったり、食物アレルギーが疑われる場合などは、医師の指示に基づいて対応するようにと書かれています。
そして卵を食べ始める際は、固ゆで卵の卵黄を少量から開始するのがおすすめです。
卵黄から始めるのは、卵の抗原となるタンパク質が、主に卵白に入っているからです。また、生卵より加熱した卵、特に固ゆで卵がアレルギーを起こしにくいことも知られています。はじめに固ゆで卵の卵黄、そして固ゆで卵の卵白と進めていき、卵焼きはそれより後にチャレンジするのが良いでしょう。卵をゆでた後に放置することで、卵白から卵黄に抗原が浸透していくこともわかっています。特に卵黄の与え始めの時期は、ゆでた卵がある程度冷えたら、早めに卵白と分けておくのが安心です。
明日からの育児で使える新しい知見が、研究からもたらされるのは素晴らしいことだと思います。この記事を通して一人でも多くのママ・パパに新しい情報をお伝えし、子育てに活かしていただきたいと思っています。