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Vol.172 製薬企業の“手下”になりかねないがん専門医 -専門医の7割が謝礼受け取り、権威と呼ばれる人ほど多額に-

医療ガバナンス学会 (2019年10月8日 06:00)


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この原稿はJBpress Premium(9月25日配信) からの転載です。

https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/57711

常磐病院 外科
尾崎章彦

2019年10月8日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

あなたが医者にかかる際、当然医者はあなたの病状や薬剤の科学的根拠に基づいてベストな治療を提案してくれていると信じていることだろう。
しかし、もし医者が、あなたの病状ではなく、製薬企業からの謝金や高級弁当に基づいて処方を決めていたとするならばどう思うだろうか。
これは決して絵空事ではない。現に米国においては、「Open Payments Program(オープン・ペイメント・プログラム)」の開始以降、製薬マネーによって、製薬企業を利するような処方が増加したことが様々な系統の薬剤において明らかとなっている。
このような製薬企業と医師の金銭的な関係がとりわけ問題となる疾患群の一つががんである。

他の疾患と比較した際、一つひとつの薬剤の価格が高く、その効果や安全性が患者の命にダイレクトに影響するからである。
このような背景のもと、私たちの研究グループは、がんの薬物療法を専門とする医師にどの程度の謝金が支払われたかを明らかにするために調査を実施した。
その結果が、2019年9月に英国の医学誌「BMJ Open(イギリス医学誌オンライン版)」に掲載されたので、報告したい。
調査において対象としたのは、2016年4月時点で日本臨床腫瘍学会が認定するがん薬物療法専門医だった医師1080人である。
彼らが、2016年度に日本製薬工業協会に加盟する78社から支払われた謝金を調査した。
具体的には、医師向けの講演会や勉強会の講師を務めたことに対して支払われる謝金、製薬企業からの委託で文章を執筆したことに対して支払われる謝金、さらに、製薬企業が販売する医薬品に対してのコンサルティング事業に対して支払われる謝金である。
なお、これらの企業は日本の医薬品の売り上げのおよそ81%を占めている。

調査の結果、1080人のがん薬物療法専門医のうち763人(70.6%)が謝金などを受け取り、その総額は5億8500万円に達していた。
また、受取金額の中央値は12万円だったが、142人の医師が合計100万円以上を受け取っていた。
以前、私たちが5つのがん分野の診療ガイドライン委員会にわたった謝金を調査した際は、326人のうち255人(78.2%)が最低1回は謝金を受け取っており、その総額は3億7800万円に及んだ。
診療ガイドライン委員会は特定の領域・疾病の治療の推奨度決定に絶大な権限を持つ。そして、このような推奨度は同分野の医師における処方頻度に如実に影響する。

本調査の結果、専門医は診療ガイドライン委員会には及ばないものの、製薬企業と極めて強い金銭関係にあることが示唆された。
なお、がん薬物療法専門医に支払われた総額の79.9%に当たる4億6800円は医師向けの講演会や勉強会において講師を務めたことに対して支払われた講師謝金だった。
製薬企業にとって、このような催し物は販売促進活動の中心である。なぜならば、「その領域を専門とする医師を一網打尽にできるから」(製薬企業社員)だ。
典型的なパターンは以下の通りだ。
有名医師の講演をダシに全国から医師を都内のホテルに招く。講演会の後には、参加者を対象に別室の懇親会で食事が振舞われる。
なお、交通費のほか、宿泊先が手配されることもある。結果として、講師謝金をはるかに上回る製薬マネーが販売促進に用いられている。

加えて、興味深かったのは、そのような謝金を多く受け取っていた医師の特徴である。
端的に言うならば、大学病院やがんセンターに勤務するベテランの医師である。
日本の医学界において、大学病院は権威を象徴し、がんセンターはときに大学病院以上に多くのがん患者を治療している。
製薬企業が、権威や症例数などを考慮しながら、医師に講師をはじめとする仕事を依頼していることが伺い知れる。

加えて、男性医師と女性医師の謝金を比較したところ、女性医師は、男性医師の半分にも満たないような謝金しか受け取っていなかった。
理由はいくつか考えられる。一つは、女性医師の大多数は、自宅でも家族や子供の世話などを担当しており、平日の夜間や休日に開催される講演会において講師を務めるような時間がない可能性である。
第2に、大学病院やがんセンターなどで責任ある役職に従事しているような女性医師が少ないであろうことである。
第3に、製薬企業が女性医師よりも男性医師を好んで講師の職を依頼している可能性が挙げられる。
日本の医学界において、製薬マネーの配分においても大きな男女格差が存在していることが分かる結果であった。
次に、どの領域に製薬マネーが多く配分されているか見てみよう。

最も多かったのは呼吸器領域であり、総額の37.0%に当たる2億1700万円が配分されていた。
肺がんは現在日本人を最も苦しめているがん腫と言っても過言ではない。
2016年、肺がんは男性においては最大の死因であり(5万2430件)、女性においては第2の死因であった(2万1408件)。
そのような背景もあり、最近だけでも複数の会社が新薬の販売を開始している。

例を挙げれば、中外製薬のアレセンサ(2014年)、ベーリンガーインゲルハイムのジオトリフ(2014年)、小野薬品のオプジーボ(2015年)、ノバルティスのジカディア(2016年)、アストラゼネカのタグリッソ(2016年)、MSDのキイトルーダ(2016年)などである。
そのような新薬の販売を促進するために各社がしのぎを削っているわけだ。
また、謝金の支払い総額が最も多かったのは中外製薬で、その支払額は、総額の17.8%に当たる1億400万円だった。
そのうち33.5%(3500万円)が消化器領域に、31.7%(3300万円)が呼吸器領域に、17.0%(1800万円)が血液内科領域に、12.0%(1100万円)が乳がん領域に配分されていた。
中外製薬は、アバスチン(624億円)やハーセプチン(231億円)を軸に、2016年に50億円以上を売り上げた薬剤を8種類抱えている。
そして、それらの薬剤のうち4種類、3種類、1種類、5種類がそれぞれ消化器領域、呼吸器領域、血液内科領域、乳がん領域の治療に用いられている。
中外製薬においては、製薬マネーの支払いが様々な領域において自然と増加する土壌が整っているのである。

http://expres.umin.jp/mric/mric_2019_172.pdf

もちろん製薬マネーの受け取り自体に法的な問題はない。しかし、医師としては製薬企業のステルスマーケティングのお先棒を担いでいることになる。
また、製薬マネーによる処方への影響は、本人の無自覚下に生じると指摘されている。すなわち、本人は中立的な立場で処方を行なっているとしても知らず知らずのうちに特定の製薬企業を利する処方を行なっている可能性があるのだ。
製薬企業が主催するような催し物に参加していながら、中立的な立場で処方を行なっていると主張する医師もいるだろうが、このような指摘を認識する必要がある。
ではどうしたらいいだろうか。筆者は、このような講演会のあり方を抜本的に見直すべきと考える。

交通費や宿泊の手配などはすべて取りやめて参加したい医師が手弁当で参加すればいいと思う。
また、医師に講師を依頼することはやめて、製薬企業の社員自身が該当する薬剤について発表してはどうだろうか。
「最近は製薬企業が準備したスライドをそのまま使って講演を実施することを求められることも多い」(がんセンター中堅医師)と言う。
有名医師の発言力に期待して講演をお願いしていることは分かるが、このような有様では、かつて医師のあるべき姿を説いたヒポクラテスも泣いているだろう。
少しでも良い治療をと藁をもすがる思いでがん患者さんは主治医を頼っている。私たち医師はそのような思いに応えられるよう自身の身を律する必要

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