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Vol.176 患者が置き去りにされた南部アフリカの医療から学ぶこと

医療ガバナンス学会 (2019年10月16日 06:00)


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秋田大学医学部医学科5年
宮地貴士

2019年10月16日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

2019年9月6日。アフリカ南部に位置するジンバブエの英雄がこの世を去った。ロバート・ムガベ元大統領である。建国の父を失い悲しみに暮れるジンバブエでさらに悲惨な事態が起きている。公的医療機関で働く医師たちが賃上げを求めて2か月間に渡ってストライキを起こしているのだ。その数、500人以上。ジンバブエの医師数は2,000人程度のため、実に4分の1近くの医師が職場を離れていることになる。

政府から支払われる彼らの給料は悲惨だ。毎月たったの2万円程度である。若手医師となると1万円を切る場合もあるそうだ。「ビール1本、だいたい100円くらいだよ。1万円の給料で生活できるわけないよ」ジンバブエ人の友人は言う。他の医療者や病院職員たちへの給料未払いも深刻化し、事務職員やクリーナーへの手当を医師がポケットマネーで払う事態も起きている。

困るのは患者だ。夜に起きた交通事故で緊急搬送されるも夜勤の医師が不在で治療が施されなかったケースや公的病院に行っても医師がおらず外国人富裕層向けの私立病院を紹介されることなどが相次いでいるという。政府と医師の対立で患者は蚊帳の外だ。

一方、お隣の国ザンビアではまた違った意味で患者が置き去りにされている。こちらの医師の給料もジンバブエと同じく直接政府から支払われる。公的病院で働く研修医の友人は言う。「毎月17万円くらいかな。専門を取って指導医になれば30万円以上はもらえる。給料には満足しているよ」

長いものには巻かれてしまう。お金をくれる政府の意向を重んじ、患者や国民を第一に考えることができないのだ。

ある田舎の病院のことだ。ここでは妊婦用のベッドが足りず、妊婦たちは床に布を敷きお産を待っている。その横をお見舞いに来た家族たちが土足で歩いているのだ。ベッドなんて大して高価なものではない。なぜ購入することができないのか。

ザンビアの地方病院では患者にチャージすることが一切禁止されている。医師やクリニカルオフィサーによる診察はもちろん、X線や血液検査、手術に薬の処方までもが無料である。そのため、病院の収入は政府からのわずかなグラントしかなく、ベッドを買う予算すら確保できていない。

「外来の患者から10円ずつでもいいから取ろうよ。外来が毎日200人ならば1日当たり2,000円の収入になる。1週間もすればベット買えるじゃん」そんな話を医療者にしても「それはポリティックスだから」と言って有耶無耶にされてしまう。

ユニバーサルヘルスカバレッジという美化された概念の元に、無償の医療を正当化し人気を取る政治家がいるのだろう。医療者はそんな政治家たちが決定したシステムに乗っ取り給料をもらっている。例え、その政策が患者のためになっていなくても自分の首が飛ぶのを恐れ、声を上げることができない。

患者中心ではないザンビアの医療を象徴するケースが最近SNSで話題になった。ある病院に行った患者が名前の代わりに出身部族名+病名で呼ばれたのだ。「Zulu wa syphilis come inside:ズール人(南アフリカ出身の部族)の梅毒患者、診察室に入ってきて」そもそもの倫理観に欠けていることは言うまでもないが、患者をクライエントとして扱っていない弊害を物語っている。

政府からの給料が低いために賃上げを求めて職を放棄するジンバブエの医師たち。政府から十分な給料をもらっているがために政府の政策にただ従わざるを得ないザンビアの医師たち。これらのケースは決して他人事ではない。医師が「自立」できず、政府に頼り始めた途端、何が起きるかを物語っているからだ。自分でも気づかないうちに、いつの間にか向いている方向が変わり、患者を見捨ててしまうのだ。

医師はプロフェッショナルだ。患者にサービスを提供し、その対価として報酬をもらう。政府の言いなりになってはいけない。

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