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Vol.190 震災前後の乳がん調査で分かった「意外なこと」

医療ガバナンス学会 (2019年11月11日 06:00)


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この原稿はJapan In-depth(9月26日配信)からの転載です。

https://japan-indepth.jp/?p=48086

南相馬市立総合病院地域医療研究センター客員研究員、
ときわ会常磐病院乳腺外科
尾崎章彦

2019年11月11日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

http://expres.umin.jp/mric/mric_2019_190-4.pdf

【まとめ】
・震災後、乳がん患者の受診の遅れは増加したが、治療の遅れは増加せず。
・家族との同居がない患者は治療開始が遅れる可能性があり、支援が必要。
・比較的早期に自覚可能な乳がん以上に他がん腫で受診遅延の可能性も。

【注:この記事には複数の写真が含まれています。サイトによっては全て表示されないことがあります。その場合はJapan In-depthのサイトhttps://japan-indepth.jp/?p=48086でお読みください。】

2014年から福島県浜通り地方で診療を続けています。特に、自身の専門である乳がん患者の健康被害に着目してこれまで診療や調査に取り組んできました。以前には、東日本大震災と福島第一原発事故後の福島県相双地区において、症状を自覚した後に医療機関への受診が遅れるような乳がん患者の割合が増加し、子どもとの同居がない患者においてそのような傾向が中心的に観察されたことを報告しました(参照:BMC Cancer 19 June 2017)。

この調査を受けて疑問に感じたことは、震災後、乳がん患者の方々が医療機関を受診した後にスムーズに必要な治療を受けることができたのだろうかという点です。実際のところ、乳がん患者さんは、震災後に必要な治療を受ける際に苦労したのではないかと推測していました。何故ならば、福島県相双地区において、医療機関や医療者の流出などによる保健医療サービスの脆弱化に加えて、避難による高齢化や人口減少によるコミュニティーの弱体化が発生したからです。医療側からのサポート・家族からのサポート、いずれも、乳がん患者さんが治療を受ける上で極めて重要な要素です。

今回、このような疑問について調査しまとめた論文が、「クリニカル・ブレスト・キャンサー」( https://www.clinical-breast-cancer.com/article/S1526-8209(19)30652-4/fulltext )という英文の医学誌に掲載されましたので、その概要についてご報告いたします。

調査の対象としたのは、震災前5年間(2006年3月11日から2011年3月10日)、震災後5年間(2011年6月11日から2016年6月10日)に、南相馬市立総合病院、旧渡辺病院を受診した乳がん患者263人(震災前:140人、震災後:123人)です。

震災直後の3ヶ月間(2011年3月11日から2011年6月10日)は、いずれの医療機関も入院治療を行なっていなかったため、調査期間から除外しました。なお、震災後、旧渡辺病院はクリニックとして運営されていたため、南相馬市立総合病院で治療された乳がん患者のみ考慮しました。

http://expres.umin.jp/mric/mric_2019_190-1.pdf

▲写真 南相馬市立総合病院
出典:パブリックドメイン

これらの医療機関を受診した乳がん患者において、医療機関受診から治療開始までの日数の他、その区分として、医療機関受診から検査(マンモグラフィー、乳房超音波、生検)開始までの日数、検査開始から診断確定までの日数、診断確定から治療開始までの日数について、震災前後で変化があったかを調査しました。その結果、震災後、医療機関を受診してから治療を開始するまでの日数やその3区分はいずれも、震災前と比較して、延長することはありませんでした。仮説を良い意味で裏切る結果であり、驚くとともに安堵いたしました。

http://expres.umin.jp/mric/mric_2019_190-2.pdf

▲イラスト マンモグラフィー検査
出典:日本医師会ホームページ

なぜこのような結果が得られたのでしょうか。第1に、南相馬市立総合病院においては震災や津波そのものによる建物や検査・診断機器への被害が限定的だったことが挙げられます。そのため、2011年6月に診療機能が正常化された際に、スムーズに乳がん診療を再開することが可能でした。

もう1つの理由は、震災後に南相馬市立総合病院に乳がんを専門とする医師が在籍していたことです。大平広道医師は、震災前は旧渡辺病院において診療を行っていましたが、震災後に一切の入院診療が取りやめられたことを受け、南相馬市立総合病院に異動して診療を継続されました。大平医師は震災前にも福島県相双地区において多くの乳がん患者を治療してこられました。現地の乳がん診療をよく理解している医師が現地に残ったことで、震災後の患者も同じような治療を受けられたのだと考えています。余談ですが、私が乳がん診療の道を志したのは大平医師との出会いがきっかけです。最後に、人口減少などを背景に地域として乳がん患者の数が減少し、1人1人のケアに余裕をもって取り組めたこともこのような結果につながったと考えています。

http://expres.umin.jp/mric/mric_2019_190-3.pdf

▲写真 大平広道 副院長兼外科医長
出典:南相馬市立総合病院ホームページ

一方で、震災後、家族との同居人数が少ないような患者においては治療が遅れる傾向がありました。なお、このような関係性は震災前には見られませんでした。震災後の福島県相双地区においては、人口減少や高齢化を背景に家族以外のコミュニティーなどから得られるサポートが減少しました。その結果、家族から受けるサポートの重要性が相対的に高まっています。結果として、家族からのサポートが不十分な場合には治療開始が遅れる可能性があるのだろうと推測しています。興味深いのは、このような傾向が診断が確定する前の過程において特に顕著に観察されたことです。これは、乳がん診断前には、診断後と比較して医療者やソーシャルワーカーなどのサポートが得がたく、家族サポートの有無の重要性が高いことが背景にあると考えています。

今回の調査においてもう1つ予想外だったのが、震災後、避難を経験した乳がん患者や医療機関から遠方に居住している患者において、治療が開始されるまでの期間が短かったことです。当然、その逆を予想していましたし、この現象を合理的に説明することは難しいと考えています。今回の調査においては、患者の学歴や収入、震災後の生活周辺の変化など評価できていない交絡因子も多いため、この結果から結論を導くことは控えた方が良く、実際に避難を経験した乳がん患者に聞き取りを行うなどして、その背景について探る必要がありそうです。

また、今回の調査においては、医療機関受診後の治療の開始が遅延することで乳がん患者がより進行した状態で発見されるのではないかと仮説を立てていました。しかし、逆に、医療機関を受診して治療が開始されるまでの日数やその3区分が短い患者において、進行した状態の乳がんと診断される傾向があったことがわかりました。実は、患者の状態に医師が緊急性を認めた場合、検査や治療が急がれ、医療機関を受診して治療が開始されるまでの日数が短くなる可能性があることが報告されています。今回の結果においても、同様の臨床判断が影響していたものと考えています。

では、今回の調査結果をどのように現場に活かすことができるでしょうか。以前報告した調査結果と合わせて考えると、1)震災後、乳がん患者の受診の遅れは増加したが、治療の遅れは総じて増加しなかった、2)家族からのサポートは医療機関受診・治療開始いずれにおいても重要である、と言えそうです。

なお、ここでは主に症状を自覚して受診した患者さんを想定したいと思います。なぜならば、都市部で生活している方々には信じ難いかもしれませんが、震災前後ともおよそ75%の患者が症状を自覚したことがきっかけで医療機関を受診しており、検診が受診のきっかけとなった患者は少数だったからです。

1つは、震災後、症状を自覚した乳がん患者さんにおいて、できるだけ早く医療機関を受診してもらうような介入が必要ということです。しかし、これは決して簡単ではありません。何故ならば、原理的にそのような患者さんがどこにいるか当たりをつけることが難しく、アプローチすることがそもそも困難だからです。現実的には、様々な媒体で、乳房のしこりや乳頭分泌など乳がんを疑うような症状を自覚した方々に、できるだけ早く医療機関を受診してもらうように促し続けることが重要と考えます。また、市の保健師などに知り合いがいるのであれば、独居で住んでいる女性などを中心に見回りをしていただくことも効果的ではないかと思っています。

また、医療機関受診後の過程においても、家族との同居がないような患者においては、サポートが必要かもしれません。多くの患者においては、病歴聴取の過程で、家族背景や社会背景などを理解することができます。家族からの支援が見込みがたいような患者さんを早期に把握し、早い段階からソーシャルワーカーの介入を図ることや利用可能なサービスについてパンフレット等で提供することは効果的でしょう。

一方で、一部の患者は、がんと診断された当初極度のショック状態であることに留意すべきです。その点について配慮せず、過度な情報を患者に与えると混乱を招く可能性があります。医師として、患者の性格や病状の受け入れの状態を繊細に読み取って、どのような形で情報提供を実施していくのが適切か、個別に対応していくことが極めて重要だと考えています。

最後になりますが、このような現象は乳がん患者に限ったことではないと考えています。何故ならば、乳がんは他のがん腫と比較して比較的症状に気付きやすく、症状自覚後の医療機関受診が遅延しにくいがん腫であることが知られているからです。すなわち、他のがん腫においては、乳がん以上に受診の遅延が問題になっている可能性があります。月並みではありますが、上で挙げたようなアプローチで早期の受診を促すように促していくことが重要だと考えています。

トップ写真 乳がんの検診を受ける女性イメージ

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