医療ガバナンス学会 (2020年1月8日 06:00)
秋田大学医学部医学科5年
宮地貴士
2020年1月8日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
https://www.thelancet.com/journals/lancet/article/PIIS0140-6736(19)32686-8/fulltext?fbclid=IwAR1Dw06_6macEbyeJuU5Q1J5eTtZsFvEtmE3vgnKfVx90FifxZxipymdj-M
これは私にとって初めての学術研究だった。昨年の6月に着手してから10月に投稿を終えるまで、4か月。着想からデータ収集、解析、作文に至るまであらゆるところで先生方から手取り足取り指導をいただいた。今回の寄稿では、私がなぜ研究活動に力を注ぐようになったのか、また、どのようにして処女作を仕上げたのか、一つ一つの出会いに注目しながらご紹介したい。
研究活動に対する私のモチベーションとこのアイデアは、佐藤慎一さんなくしては語れない。元財務省事務次官としてB型肝炎訴訟や東日本大震災後の復興に向けて最前線で国を動かしてきた方だ。私が医療ガバナンス研究所でインターンを開始した昨年4月、上昌広先生(NPO法人医療ガバナンス研究所)の紹介で最初に出会ったのが佐藤慎一さんだった。当時の私は2017年春から取り組んでいるアフリカ・ザンビア共和国での診療所建設活動において大きな壁に直面していた。現地のパートナーが失踪し、約束していた住民からの資金も集まっていなかった。建設はストップし、事業は宙ぶらりんな状態になっていた。「ザンビアが1964年に独立してからまだ55年しかたっていない。政治がダメなんだ。医療制度がダメなんだ」。私はなんの根拠もなく、空虚な言い訳を述べていた。
佐藤さんは違った。「長年、税の現場で働いていて日本人はなぜ税金に反対するのか。なぜ納得してくれないのか。ずっと違和感があった。日本人の価値観に腹落ちする税制とは何なのか。歴史をさかのぼって明らかにしたい」。政策決定者の論理に終始するのではなく、当事者の目線に立って問題の本質を探ろうとしていた。一方の私は、ザンビア人の9割以上が信仰するキリスト教や現在にも大きな爪痕を残している植民地支配の影響について、本気で理解しようとしていなかった。自分を反省した。「いろんな専門家と交流すること。そして、地道な研究活動を続け、それを発信し続けること」。佐藤さんからのアドバイスが自分のリサーチマインドに火をつけた。
「日本人が増税に反対するのは、政府を信用していないからだ。特に戦争を経験した世代には強い国家不信がある」。佐藤さんの分析は示唆に富んでいた。その話を受け、医療ガバナンス研究所の津田健司先生、谷本哲也先生、上先生が「政府の公衆衛生事業であるワクチン接種も消費税反対と同じで、政府への信頼が関係しているのではないか」と仮説を構築。現場で患者と向き合っているからこその視点だった。すぐに、各国別のワクチン信頼度と消費税率に関する相関を調べ、図を共有してくれた。きれいな相関があった。
そこから私の研究は始まった。目標は“THE LANCET”。日ごろから医学誌や新聞に目を通し、世の中の流れを熟知した先生方からのアドバイスだ。メインのテーマは決まりお膳立ては済んでいた。最初のステップは、先行論文を読み込み、ワクチン接種率に影響を及ぼす交絡因子を見つけることだった。“Pubmed”で“Vaccine hesitancy”などと検索し、暇さえあれば論文を読み込んだ。人口構成や経済、教育、医療、SNSなどに関する指標をOECDやWHOのサイトから集めた。「先行論文を読んで交絡因子になりそうなものを見つけ、データを持ってくる」先生方からの指導を下に、とにかく手を動かした。解析は全て瀧田盛仁先生が行ってくれた。
8月末、ドラフトが完成した。当時は、政府への信頼度以外にワクチン接種率に影響を及ぼす要因としてSNSに注目していた。TwitterやFacebookを通じて、非科学的な情報が出回り、先行論文でもSNSの影響を議論したものが多かったからだ。ドラフトは、医療ガバナンス研究所と論文指導の契約を結んでいるアンディ・クランプ氏に添削してもらった。
アンディ氏は2015年に寄生虫感染症であるオンコセルカ症の治療薬を開発したことでノーベル賞を受賞した大村智・北里大学特別栄誉教授を陰で支えた人物だ。専門はバイオやエコロジーで自身もTHE LANCETなどに数多くの論文を発表している一流の研究者である。同士からのフィードバックは凄まじかった。8月23日(金)11時ころにメールを送り、22時には返信が来た。A46枚にデータや先行論文を根拠にしたコメントがびっしりと掲載されていた。「数字とファクトを下に自分の頭で考える」。コメントを読むだけで、論文作成のメソッドが学べた。
まず、SNSがワクチン忌避に影響を与えているという仮説は根本的に否定された。「科学情報の入手先としてどのメディアを信頼しているか」についてユーロバロメーターが行った2013年の調査結果を提示された。欧州人の6割から7割はラジオやテレビ、新聞といったリソースを信頼しており、SNSを信頼しているのは3割にも満たなかった。
さらに、私が使用していたワクチン忌避に関するデータは古かった。The Wellcome Trustが行うVaccine Confidence Project(2018年)よりデータを得ていたが、研究途中で2019年のデータが発表されていたのだ。当たり前だが、常に情報をアップデータすること、そして、スピードを意識すること。基本がなっていなかった。2019年のデータを用いて、政府信頼度とワクチン忌避を調べると、統計学的に有意な相関はみられなかった。研究は振出しに戻った。
2か月間に渡り取り組んだ地道な活動が台無しになったような気分だった。落ち込む自分に助け舟を出してくれたのは瀧田先生だった。これまで、データ解析や英文校正を中心に指導してくれていたが一緒になりデータ収集から手伝ってくれた。全てのやり取りはフェイスブックのメッセンジャーグループでやられていた。先生に質問をすると必ず数時間以内に何かしらの返信が来る。診療の間であれば、「~時に診療が終わるので、それ以降に返事します」。といった具合だ。この小さな気遣いが心強かった。
瀧田先生は早速、ユーロバロメーターが2万人に実施したインタビュー調査から過去5年間のワクチン接種歴と政府信頼度を抽出し、国別に分け、解析してくれた。このデータはアンディ氏が提示してくれたものだ。その結果、冒頭に書いたコレスポンデンスを仕上げることができた。正直なところ、私はアンディ氏の添削に歯が立たなかった。瀧田先生の“本気”を見て、レベルの差を思い知った。
振り返ってみると、この論文は良きメンターとの出会いによって出来上がったものだ。上先生と知り合い、佐藤さんを紹介された。谷本先生、津田先生のアイデアを下に、瀧田先生、アンディ氏の指導を受けた。「いろんな専門家と交流すること。そして、地道な研究活動を続け、それを発信し続けること」。佐藤さんから頂いた言葉をさらにかみしめた。
THE LANCETから論文受理のメールをもらった時、素直に嬉しかった。笑顔がこぼれた。指導いただいた全ての方に感謝するとともに、「今度は原著論文に挑戦したい」。そう決意した。