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Vol.007 ザンビアに住む10万人の中国人、現地の反発を乗り越えられる理由

医療ガバナンス学会 (2020年1月14日 06:00)


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秋田大学医学部医学科5年
宮地貴士

2020年1月14日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

「ザンビアはすごく住みやすいよ。中国では仕事がなかなか見つからなかったんだけど、ここにはたくさん仕事がある」。
ザンビアで行きつけの美容院で働く中国人は言う。彼の名前はRyo。今年で25歳になる。Ryoという名前は、ザンビア人が発音しやすいようつけた。
彼は英語がほとんど話せない。私たちはスマホの翻訳アプリを使いながらコミュニケーションをとっている。ザンビア人と私では髪の質が違う。ローカルの床屋に行くとバリカンで坊主にされてしまう。中国人が経営する床屋は非常にありがたい。

2年前、Ryoは中国で美容師になるためのトレーニングを終え、仕事を探していた。そんな時、友達の1人から連絡が来た。「ザンビアで働かないか」。彼は友人に言われた通り、中国語で必要な書類を記入した。後は、仲介会社が航空券やビザ、現地での住居手配などすべてやってくれたという。現在は門で区切られた高級住宅に6人の中国人仲間と住んでいる。平日は毎朝8時頃に運転手が迎えに来て、それぞれ別の職場に届ける。17時には仕事が終わり、同じ運転手がそれぞれの職場を回りピックアップして家まで送り届ける。
ご飯は町中にある中華料理屋で食べることが多いようだ。JCSという中華食材を専門に扱うマーケットもあり、母国にいる時と何ら変わらない生活を営んでいる。「今はお金を貯めているんだ。いつか中国に帰って自分の美容院を持ちたい。子供は3人ほしいな」。

現在ザンビアには10万人を超える中国人が滞在していると言われている。600社を超える中国企業が拠点を設けており、その合計投資額は38億ドルにのぼる。昨年度の中国からザンビアに対する直接投資は3億2千7百万ドル。南部アフリカのハブを目指し建設が進む巨大な空港。最先端の脳外科・心臓治療・移植センターを兼ね備えた病院。750MWの発電力を持つKafue Gorge水力発電所。生活に欠かせないインフラの建設が中国によるサポートの下、ものすごい勢いで進んでいる。

中国人のアフリカ進出を支えているのはなんだろうか。一つは、“失敗を恐れず、犠牲を恐れず、挑戦する、図太い精神”にあるだろう。中国人の海外への流れは19世紀に加速した。1819年、シンガポールの開発を本格化させた大英帝国は安価な労働力を求めていた。1840年、アヘン戦争で中国を倒し南京条約を交わしたことで大量の労働者を中国から獲得するようになった。
シンガポールにおける当時の中国人は社会の底辺にいた。半ば奴隷として扱われていたのだ。そんな過酷な環境の中で、独自のコミュニティや文化を築き上げてきた不屈の精神が今の開拓者たちにも宿っている。

話が前後するが、私が行きつけの中国人が経営する美容院には予想以上に多くのザンビア人が来ている。9月に行った際には3人のザンビア人が椅子に腰かけていた。カットの金額はK200、1,700円程度だ。ローカルの床屋に比べると10倍近くする。1人のザンビア人男性に、「なぜこの美容院に来たのか」と聞いてみた。「シャンプーが気持ちいいんだよ。切る前と切った後、ザンビアではシャンプーされることなんてまずないからね。なんだか特別な気分になる」。
中国人が提供するようなサービスを享受できるごく少数の人とは異なり、大多数のザンビアの人は中国人に対して複雑な感情を抱いている。彼らは、自分たちは仕事がなくて苦しんでいるにも関わらず、悠々自適な生活を営む中国人を嫌悪している。

街を歩いているときにニーハオと声をかけられることは日常茶飯事だ。街中でたむろしている人々の多くは、アジア人=中国人だと考えている。
私も中国人と誤解され、非常に侮蔑的な扱いを受けたことがある。研究の打ち合わせのため、ザンビア大学医学部の女子学生と街を歩いていた時のことだ。隣を走っていた車がいきなり停まり、窓が開いた。中に座る男たちが私に向かって何やらものすごい険相で叫んでいた。後で内容を学生から聞き、耳を疑った。「中国人、俺らの女を汚すんじゃね」。

なぜ、一部のザンビア人はここまで中国人を毛嫌いするのだろうか。考えられる一つの理由は、外部要因に責任を転嫁する人間の習性だろう。今年の大干ばつは経済活動を著しく停滞させた。その原因を外国のせいにしたがる。
二つ目の理由は中国企業による過酷な労働現場にあると考えられる。タクシーに乗った際に運転手から案の定、ニーハオと声をかけられた。彼は以前、中国人が現場監督を務める道路工事に従事していた。「朝から晩まで、日曜日以外はずっと働いた。炎天下の中、ひたすらスコップでセメントをかき混ぜてた」。職にありつけたことには感謝しつつも、同じ仕事をしている中国人労働者とあまりにも扱いが違うこと、給料に差があることが耐えられなかったようだ。

ザンビア人の感情が爆発し、中国人排斥運動が起きることもしばしばある。昨年11月にはザンビア国営企業で天然資源の管理や輸出を行うZAFFICOが中国企業に買収されるという噂が流れ、コッパーベルト州のキトウェで暴動が起きた。暴徒は中国人が経営する店に押しかけ、窓ガラスを割り商品を盗んだ。ZAFFICOの売却は単なる噂でしかなかった。
中国のアフリカ進出を支えるものは、人々の図太い精神だけではない。大国の利害も大きく関係している。
中国とザンビアの結びつきは、今から42年前、1967年まで遡る。ザンビアからインド洋に面するタンザニアのダラエルサラームを繋ぐ鉄道路線、タンザン鉄道建設プロジェクトだ。

イギリスから独立して4年、当時のザンビアは困窮していた。ザンビアの経済を支えているのは鉱物資源である。特に、コッパーベルトと呼ばれる地帯では銅が豊富に産出する。2015年における国家収入の28%は鉱山関連事業からだった。2019年10月の輸出金額の8割は銅関連商品である。
内陸国であるザンビアにとって、資源の輸出経路を確保することは死活問題だ。最も一般的なルートは、ザンビアから南下し南ローデシア(現在のジンバブエ)を経由して南アフリカの港から輸出することだった。

1965年、事態は急変する。南ローデシアのイギリス植民地政府首相、イアン・スミスが、本国の意向を無視して一方的に独立を宣言。南アフリカと同様にアパルトヘイト政策を実行したため、1966年12月、国連は経済制裁を決議。これにより、南ローデシアを経由する輸出路が実質的に使えなくなった。
そんなときに手を差し伸べてくれたのが中国だった。ザンビアとタンザニアに無利子で計4億320万ドルの借款を与え、合計5万人に及ぶ中国人技術者や労働者、医師などを派遣、全長1,860.5Kmに及ぶタンザン鉄道を建設した。
当時の中国は、自然災害や国共内戦を終え、疲弊していた。なぜ、このようなときに大規模援助事業を行ったのだろうか。そのヒントは、国連における代表権を巡った中華民国との争いにある。

1945年、第二次世界大戦に勝利した蒋介石率いる中華民国は、国連安全保障理事会の常任理事国になった。だが、翌年より勃発した国共内戦により中華民国の影響力は低下。1949年より、中華人民共和国は中華民国に代わる代表権を求めて国連に提起を続けた。国連における決議では、浮動票である第三諸国をいかに巻き込むかがポイントになる。ザンビア・タンザニアへの支援も票獲得目的だったのだろう。
実際に、1971年のアルバニア決議において中華人民共和国の代表権は認められ、中華民国は国連を脱退することになった。ザンビア・タンザニアは決議案の提案国に名前を連ねている。

国家の利害の下、住民は蚊帳の外に置かれる。これが国際援助の裏の顔だ。日本も例外ではない。第七回アフリカ開発会議(TICAD7)において日本はザンビアへ300万ドルの無償資金協力を決定した。お産時に使用するヘルスケアキットの購入に充てられるようだ。8月31日、この一件を報道したZAMBIA DAILY MAILの記事で見逃しがたい1文が掲載されていた。「Mr. Abe asked Zambia to support a Japanese candidate for the position of Judge at the United Nations(安倍首相はザンビア政府に対して国連判事の日本人候補に投票するように依頼した)」。

今後、ザンビアと中国の関係はどうなっていくのだろうか。現在ザンビアで空港を建設してる中国国営企業、中国航空工業集団有限公司(AVIC:Aviation Industry Corporation of China, Ltd.)のマネージャーとたまたまバーで知り合った。彼は非常に戦略的だった。「これまで中国企業は確かに中国の利益を最優先にしてきた。でも、それだけでは事業がうまくいかないことも分かってきた。最近は地域の学校とか病院にたくさん支援をしている。そっちの方が長期的な関係を築けるからね」。
その翌日の新聞で、AVICがコッパーベルト州にある学校にカバンやノートを寄付したことが取り上げられていた。
中国によるアフリカ開発には賛否両論ある。過酷な労働環境など、現地人の人権がないがしろにされていることも事実だ。多額の借款で相手国を負債まみれにし、要衝を借用する手法も批判されている。実際に中国の援助で建設されたスリランカのハンバントタ港は中国国営企業へ引き渡された。スリランカ政府が借金の返済に窮したからだ。このような例は続出している。
しかし、中国の強みは「とにかくやってみること」だ。1800年代から続く屈強な精神と現地での独自のコミュニティがそれを支えている。各地に縦横無尽に張り巡らされたこれらの有機的なネットワークと国家の利害が絶妙に協働している限り、中国によるアフリカ進出は止まらないだろう。

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