医療ガバナンス学会 (2020年1月23日 06:00)
この原稿はワセダクロニクル(12月8日配信)からの転載です。
https://www.wasedachronicle.org/articles/breastcancer/x1/
2020年1月23日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
乳腺外科医の尾崎章彦(34)は2017年9月26日、公益財団法人がん研究会有明病院=東京都江東区=での上司で、乳腺センター長の大野真司に呼び出された。
大野が参加した抗がん剤の臨床試験で、中外製薬の資金がNPO法人を迂回(うかい)して資金が流れたのではないかと尾崎は疑問を抱いていた。不自然なカネの流れを、尾崎は自身の論文(*1)で批判していた。そのことで大野から呼び出された。
大野は録音を取り、尾崎の聴取を始めた。
「問題かね?」
「(あの臨床試験は)問題かね?」
大野は、尾崎が問題視しているカネの流れについて見解を尋ねた。
尾崎は正直に自分の考えを述べた。
「(臨床試験の)結果はいい意味でショッキングでした。先生方がやってきた仕事はすごかったし、僕も敬意を払っていた」
「なんでこういうところをちゃんと書いてないのかな、という率直な気持ちがあった。事実と違うんじゃないかなと、正直なところ」
臨床試験の資金源であるNPO法人先端医療研究支援機構(ACRO)には、中外製薬の寄付金が2億円も入っていた。しかしそのことは、臨床試験の結果を載せた世界最高峰といわれる医学誌「ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディスン」には書かれていなかった。
尾崎はそのことを「事実と違うんじゃないか」といったのだ。
「あなたの将来を心配」
大野はいう。
「わかりにくいなっていうのは確かにあるんだよね、中外のこと書いてないとか」
しかし大野は尾崎の行動を問題視した。
「なんで(雑誌に批判論文を)書く前に相談してくれなかったのか」
尾崎は「センシティブな問題だし、ちゃんと聞いてもらえないんじゃないかという気持ちがあった」と答えた。
「同じ職で同じ釜の飯食ってるわけじゃん」
レコーダの大野の声は、時になだめ、時にボルテージが上がった。そして諭(さと)すようにいった。
「京セラの稲盛さんはいつもいってる言葉なんだけどね、行動力と熱意と考え方は掛け算で、考え方はプラス方向かマイナス方向によって全然違う、と。あなたは行動力はある、患者さんのためにという熱意もある。考え方のところで、書くこと以外に方法論はなかったのか」
そして、警告した。
「これに対する対応を当然しなくちゃいけない。そうしないとあの研究自体、批判がありますというのを認めたことになっちゃうからね」
「そうすると、僕が心配しているのは、ほかの人も心配しているのは、あなたの将来がどうなんだろうということ」
計3時間15分の聴取
大野による尾崎への聴取は、その2017年9月26日の午後2時から1時間が最初だった。
1回で終わると思ったら、再度同じ日の夜9時に呼び出された。
大野は「事の重大性が怖いところがあってさ」と切り出し、さらに1時間45分聴取した。
3回目はないだろうと思ったら、10月4日にも午後1時半に呼び出され30分。大野自身ががん研有明病院の幹部に何度も呼ばれ大問題に発展していると、また呼び出した理由を告げられた。
聴取は計3回、3時間15分にわたった。
その中で大野は、臨床試験に助成したNPO法人先端医療研究支援機構に中外製薬が2億円寄付していたことは「全く知らなかった」と語った。
レコーダーに残る大野の主張を整理するとこうなる。
ーーNPO法人に中外製薬から寄付が入っていたとして、NPO法人の「どんぶり」には様々な製薬会社からも寄付が入っている。中外製薬の寄付が、自分たちが実施した臨床試験に使われているかはわからないはずだ。ーー
3回目の聴取で大野は尾崎にこういった。
「これがヒモ付きですって、どこかに証拠があるの?」
「(尾崎の論文は)誹謗中傷だよ」
しかし、尾崎はこのあと「ヒモ付きの証拠」を入手する。
http://expres.umin.jp/mric/mric_2020_014.pdf
患者にねだられ子供の写真を見せる尾崎章彦=2019年12月6日、福島県いわき市常磐上湯長谷町上ノ台 (C)Waseda Chronicle
(敬称略)
=つづく