医療ガバナンス学会 (2020年1月24日 06:00)
この原稿はAERA dot.(8月7日配信)からの転載です
https://dot.asahi.com/dot/2019073100080.html
Child Health Laboratory代表
森田麻里子
2020年1月24日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
自閉症の特徴は、対人関係やコミュニケーションに支障をきたしたり、興味や活動に偏りが出たりすることです。具体的には、視線が合わない、指さしをしない、いつもと違う道を通ろうとすると非常に怒るなどといったことがあります。症状が軽い人も含めると、自閉症自体は珍しいものではありません。
アジア、ヨーロッパ、北アメリカなどでは、平均して1~2%の人が自閉症と考えられています。日本の調査では、例えば平成23年~25年に多摩地域の保育所・幼稚園に通う4~5歳児を対象に行われたものがありますが、自閉症児の割合はおよそ3.5%という結果でした。
原因は完全に明らかになってはいませんが、遺伝的な要因により、生まれつき脳の機能が異なっていることが大きいと考えられています。実際、男の子の方が女の子より約4倍多く、兄弟姉妹が自閉症だと発生率はおよそ20%に上昇します。7月に発表された、デンマーク、フィンランド、スウェーデン、イスラエル、オーストラリア西部の合計200万人を対象に行われた研究によると、遺伝的要因が影響する割合は80.8%で、妊娠中の環境要因は0.6~1.4%と推定されました(※1)。
「妊娠中には○○に気をつけるべきだ」というようなネットの記事などもありますが、この数字を見ると、妊娠中の行動の影響は非常に小さいことがわかります。
また、一部に、「予防接種が自閉症の原因になっている」とする説もあるようですが、これは現在否定されています。きっかけとなったのは1998年に発表された論文ですが、この論文は不正があったとして現在撤回され、この論文を書いたウェイクフィールド氏は2010年に医師免許を剥奪されています。
さて、自閉症は、ここ数十年の中でも増加してきています。アメリカ疾病予防管理センターによると、2000年に0.67%だった有病率が2014年には1.68%となっています。なぜ増加しているのかについては、診断基準の変化や環境の変化など様々な説がありますが、一定の見解はありません。一方で自閉症の療育を行うことのできるスタッフや施設は十分ではなく、アメリカではセラピストの予約が一杯で長いウェイティングリストができ、日本でも地域によっては療育が定員満了で入れないこともあるようです。
そこで、近年では新しいテクノロジーを使った療育が研究され始めています。今回アメリカのスタンフォード大学から、最新の研究結果が発表されました。(※2)
この研究では、2016年から2018年にかけて、6~12歳の自閉症の子ども71人を2グループに分け、一方のグループだけ、通常の療育に加えて、グーグルグラスとスマートフォンのアプリを利用してもらいました。グーグルグラスを子どもが装着すると、相手の表情を認識して、相手がどんな感情を持っているか、8種類の顔の絵文字(嬉しい、悲しい、怒り、恐れ、驚き、嫌悪、無関心、ニュートラル)が表示され、音声でのアナウンスもあります。
グーグルグラスを装着して、「家族の笑顔をつかまえる」ゲームや、「養育者が演じる感情が何かを当てる」ゲームを、1回20分、週に4回を目標に、6週間にわたって行ってもらったのです。すると6週間後には、社会的に適応した行動をいかにとれるかというテストの点数が、4.58ポイント高くなったことがわかりました。
欧米では、ここ数年自閉症児に対するグーグルグラスの活用が期待されていました。これまでにも自閉症児とのコミュニケーションをサポートするアプリはありましたが、ウェアラブルデバイスを利用したものは、少なくとも日本にはないようです。この研究で使用されたアプリは、研究者たちが独自に開発したもので、また、グーグルグラスも一般向けには販売されていませんので、残念ながら今すぐ利用することはできないようです。
グーグルグラスにはいわばおもちゃのような側面があるので、この研究でも子どもたちが次第に飽きてしまい、想定していたほどの時間は使ってもらえなかったというような問題点はあったようです。とはいえ、グーグルグラスを医療分野で使い、一定の効果があがっているというのは、なんだか未来的で興味深いです。今後の研究が実用化につながっていくことを期待したいと思います。