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Vol.016 日本の分煙は道半ば ードイツの見かけの喫煙率の高さから考える、分煙のこれからー

医療ガバナンス学会 (2020年1月28日 06:00)


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千葉大学医学部
原田夏與

2020年1月28日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

私は医学生だ。昨年12月、長期休暇を利用して、ドイツへ行ってきた。8年ぶりにドイツ人の友人と再会するためだ。
デュッセルドルフやミュンヘンなどを巡ったが、いたる所でクリスマスマーケットが開かれていて、街並みはとても綺麗だった。しかし一方で、歩きたばこや吸い殻のポイ捨てなど、マナーの悪さが際立っており、日本とは異なる印象を受けた。

世界保健機関(WHO)が2018年に発表した統計によれば、ドイツの喫煙率は男性33.1%、女性28.2%だ。日本は男性33.7%、女性11.2%であり、女性では差があるものの男性ではむしろ日本の方が高い。ではなぜ喫煙が目立ったのか。

それは、ドイツと日本の分煙意識が違うからだ。ドイツで初めて喫煙と肺癌の関連が指摘されたのは1939年だ。ヒトラーは喫煙による悪影響、特に妊婦への悪影響を重視した。優良なゲルマン民族の子孫を残すことを妨げると考えたからだ。
しかしながら、たばこ税による収入は財源の12分の1をも占めたこと、戦争というストレスフルな環境下でたばこは高級な配当品であったことから、政府の禁煙キャンペーンの効果は限定的だった。また、Reemtsmaなどのたばこ会社は、「政府の禁煙政策は反科学的である」として、たばこに逞しさや艶やかな印象を植え付ける広告を用いて、喫煙促進キャンペーンを展開した。この結果、喫煙はなくならなかった。
その後、喫煙と健康被害に関するコホート研究が世界各地から次々と発表された。WHOのTobacco Atlasによると、1980年から2016年でヨーロッパの年間たばこ消費量は、33%減少したという。喫煙による健康被害がコンセンサスになった。
WHOは、2003年にたばこ規制枠組み条約(FCTC)を採択した。ところが、この規制に対して反対した3つの国がある。アメリカ、ドイツ、日本だ。この3ヶ国は192の加盟国から「Axis of Evil (悪の枢軸)」と揶揄された。
ドイツと日本はたばこを取り巻く環境が似ている。日本でたばこ税が財務省、医療保険の財源が厚生労働省で管理されているように、ドイツではたばこ税が財務省、医療保険が保健省に管理されている。

その後、タバコの被害に関する議論は、喫煙者だけでなく、受動喫煙に広がった。2007年4月、WHOは「たばこの煙にさらされることからの保護」に関するガイドラインを採択した。すべての屋内の職場、屋内の公共の場、公共交通機関で禁煙にすべきというものだ。
これを受けてドイツでも2007年9月から「連邦施設と公共交通機関における喫煙禁止を導入するための法律(連邦非喫煙者保護法)」が施行された。これにより、カフェやレストランなどの公共の閉鎖空間のほとんどで、喫煙が禁止された。初めは、換気可能な隔離室であれば喫煙できるといった抜け穴もあったが、緑の党の働きかけで全てのレストランやバーで禁煙という規定になった。
ドイツでは、たばこ族議員とホテル観光業界の関係が深い。WHOの条約で屋外は規制されなかったことから、観光場所となる屋外での禁煙は進まなかった。したがって、ドイツでは屋内禁煙・屋外喫煙という意識のもと、屋外全体が喫煙者のためのスペースとなっていた。

一方、日本では2003年5月に受動喫煙防止策を努力義務とする「健康増進法」が厚生労働省令として施行された。2018年7月にこれが改正されると、受動喫煙対策が初めて罰則付きで義務付けられた。この罰則とは、禁煙に違反して喫煙した人に対しては最大30万円、基準に適合しない喫煙専用室を設置していた管理者に対しては最大50万円の過料をするというものだ。そして、2020年4月からは原則屋内禁煙が全面施行される。
しかし、シガーバーや既存店に対しては、資本金5000万円以下で客席面積100平方メートル以下の場合は喫煙を認めるという例外もあり、抜け穴は多い。実際、屋内であっても喫煙スペースを設けることができる。屋外に関して、現在は喫煙所設置に関する規制や法律は設けられていないが、受動喫煙が生じない場所に設置することが求められている。

このように、日本でも「受動喫煙」がキーワードになった法整備がされてきた。意外かもしれないが、日本でのたばことの戦いの歴史は古い。初めての訴訟は、1980年に国・国鉄・日本専売公社(後の日本たばこ産業(JT))を被告として、煙害による健康被害と非喫煙者の権利を主張するために提起された訴訟だ。結果は東京地方裁判所が原告の請求を棄却するものとなったが、これをきっかけに、公共施設では分煙及び禁煙化が進むようになり、受動喫煙対策が意識されるようになった。
しかし、このような流れの中でも、完全に禁煙を推進することは難しかった。この理由には、政府、たばこ会社、政治家のそれぞれの利権が絡んでいる。これを説明するために、まずはたばこに関する歴史に触れておく。

日本では江戸時代に既に独自のたばこ文化が発展していた。明治後期の1898年から、日本政府が国家の財源確保のために葉たばこの専売を開始し、「専売局」としてたばこ産業は大蔵省の管轄で国営化された。戦後の1949年には、専売局は大蔵省から分離独立し、大蔵省の外郭団体である特殊法人・日本専売公社となった。1985年には民営化され、日本たばこ産業株式会社(JT)が設立された。たばこの専売制の廃止をきっかけとして、たばこ消費税法が施行され、国税としてのたばこ消費税が定められた。

現在、JTは表向きには民間株式会社だが、筆頭株主は財務省であり、33.35%の株式を保有している。いわば政府の株式会社であり、財務省はJT株から多い時で年間700億円近い財源を得ている。たばこ事業法やJT法、たばこ関連税は財務省が握っており、JTはJT法により守られている。
2015年、財務省は東日本大震災の復興財源として検討していたJT株式の追加売却を見送った。財務省の主張は、「継続的な配当金収入を得る方が売却するよりも得策である」「被災地や離島にたばこ農家が多い」というものだ。

さらに、たばこ族議員は、たばこの規制に反対することで財務省との関係を築き、利害調整や陳情処理において有利な立場に立とうとする。そして選挙では、たばこ農家やたばこ販売店を守るように動く。このような議員には旧大蔵財務省出身者が多い。もちろん政治家の中にはたばこ規制推進派もいるが、その根拠は健康や安心といった直接的な利害関係が見えにくいものだ。一方で、規制反対の政治家は、お金や選挙といった明確な利害関係の下で動いている。このように、たばこをめぐって財務省、JT、政治家がたばこの関係者を巻き込んで利権を形成しているのだ。

この利権闘争を反映した例が以下だ。2017年3月には厚労省が受動喫煙防止強化案として「床面積30平方メートル以下のバーやスナック以外の飲食店は原則屋内禁煙」という案を出すと、約1週間後には自民党の規制反対派が「飲食店は禁煙・分煙・喫煙の表示義務のみ」という対案を出す。5月には厚労省が妥協案として「飲食店の中で大規模店では原則喫煙禁止(喫煙ブースでは喫煙可)、小規模店では表示義務のみで店ごとに対応を選択できる」とした。

このようにして、健康増進への取り組みをする厚労省と、財務省や政治家を始めとするたばこ利権勢力との構造で、日本ではなかなか完全禁煙が進まない。禁煙ではなく分煙することでたばこ利権勢力との間で妥協しているような状況なのだ。

一方で、JTはたばこ離れについても対応を考えている。それが、加熱式たばこの導入だ。近年、従来の紙巻きたばこに代わって、副流煙が少ない新型たばこが世界的にも普及してきている。

新型たばこは大きく2種類に分けられる。IQOSに代表される加熱式たばこは、たばこ葉の入ったスティックを燃焼させずに加熱することでニコチンを含むエアロゾルを生成するものだ。もうひとつは、特に欧米で問題視されている電子たばこで、これはたばこ葉を使用せずに香料を含む液体を加熱することで発生する蒸気を愉しむものだ。ニコチン入りと、ニコチンが入っていないものとがある。

加熱式たばこも電子たばこも新しい製品であるため、長期的な健康への影響はわからない。しかし、両者とも有害物質が含まれている。また、副流煙は少ないが、喫煙者が吐き出す呼出煙には有害物質が含まれるため受動喫煙の被害は生じうる。現に、日本呼吸器学会は新型たばこでも健康被害が生じる可能性があるという見解を示している。2019年12月7日の英医学誌『Lancet』には、電子たばこ使用者全員が重篤ではないが、肺機能の異常が続いているという趣旨の記事が掲載された。
ところが、たとえばIQOSでは「有害物質9割カット」と謳った製品を販売している。これを読むと健康被害はほぼないように感じてしまう。

このような状況で、日本では加熱式たばこが普及しているが、欧米ではそこまで広まっていない。理由は健康被害だ。『Tobacco Control』という専門誌は、両者に発がん物質がん性物質が含まれるが、その量は加熱式たばこの方が多いと報告している。ではなぜ、日本では健康被害がより大きいと考えられる加熱式たばこが普及しているのか。

理由は、規制の管轄の違いだ。日本では、加熱式たばこは、たばこ葉を使用していることから、JTなどの大手たばこ生産業者が参入し、財務省の管轄であるたばこ事業法で管理されている。一方で、電子たばこは、中小の新規事業者が参入し、厚生労働省管轄の「医療品医療機器等法(薬機法)」で規制されている。これにより、日本ではニコチン入りの電子たばこは販売できない。したがって、日本ではニコチン入りの販売が難しい電子たばこよりも、簡単に販売でき、かつ税収を確保できる加熱式たばこが普及したのだ。
日本は受動喫煙に厳しいように思えるが、決して分煙先進国というわけではない。Pfizerが2014年に行った意識調査では、在日外国人の4割以上(42.0%)が「日本人の受動喫煙に対する意識が低い」と指摘した。そして、約8割(77.0%)が「取り組みをさらに進めるべき」と回答した。このことから、外国人から見た日本は、受動喫煙に対する意識の低さ、取り組みの遅れが目立つとわかる。

先にも述べたように、2003年にWHO総会でたばこ規制枠組み条約(FCTC)が採択されたが、その際に日本は規制に対して反対意見を述べ他ことで世界から非難を浴び、翌年には日本もこれに署名した。2007年には条約締結国によって「たばこの煙にさらされることからの保護」が採択されたが、その際にも参加126ヵ国の中で唯一日本だけが一部記載の変更や削除を求めるなど、世界から見ても孤立した行動を取った。たばこ利権の勢力に他ならない。日本で分煙を進めようという社会の動きが本格的に広まってきたのは2020年の東京オリンピック開催をきっかけにしてのことだ。

たばこは嗜好品であり、依存性もある。たばこ税が国庫に寄与する側面もある一方で、たばこの健康被害が圧迫する医療費とどちらが大きいのかとも言われている。それでもなお、喫煙ゼロは難しい。2020年には外国人観光客も増えるだろう。例えば京都の境内で外国人が喫煙したことによるトラブルも過去にあったという。屋外=喫煙という認識の外国人には、境内では喫煙NGという日本人の意識は伝わりにくいのだろう。喫煙マナーの違いからトラブルになるケースも予想できる。

2020年に向けて、外国人にわかりやすく日本の分煙を伝える取り組みは、日本の分煙を進めることにもつながると思う。そこで「喫煙デポジット」というのはどうだろうか。これは、今回ドイツの旅で体感したデポジット制度の応用だ。ドイツでは、ペットボトルにあらかじめ0.25ユーロ/本の金額が上乗せされている。それをスーパーなどに設置されている専用のリサイクルBoxに投入することでそのお金が返ってくる仕組みだ。これをたばこにも導入し、喫煙所に吸殻入れboxを設置したり、たばこの空箱入れboxを設置したりする。そして、吸殻や空箱が投入されるとデポジットの返金を受けられるようにするというものだ。

2019年10月の消費税増税後、経済産業省が発表した10月の小売販売価格は前年同月比で7.1%減、駆け込み需要の影響もあるが、前月比では14.4%減だった。消費税とは違うが、予めたばこに料金を上乗せさせることで、購入の抑止つまり禁煙のきっかけになる可能性もある。デポジットの返金を受けるために喫煙所を探すことで、分煙の促進にもなり、専用の灰皿に入れることでポイ捨ても減ることが期待できないだろうか。マナーが伝わりにくい外国人に対しても、わかりやすく分煙を促すことができると思う。

2020年の東京オリンピックも間近だ。喫煙ゼロが難しい中で、日本は分煙、禁煙に関する取り組みを進めるべきである。また、外国と日本では分煙の意識の違いが十分に考えられる。トラブルを生まないためにも、意識のすり合わせと、それをうまく伝えるための取り組みが一つの課題になると感じた。

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