医療ガバナンス学会 (2020年2月8日 21:43)
海事代理士
関家一樹
2020年2月8日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
船舶検疫の歴史は古く、15世紀にペスト対策としてヴェネチアが船舶乗員の隔離を行ったことに端を発する。英語で検疫を意味する「quarantine」は、元々ペスト患者を隔離するために40日間、船舶乗船者を離島などに拘束したことを語源としている。
実はこの長い船舶検疫の歴史の中でも今回の日本の船舶検疫は史上最大のものである。そもそもダイヤモンド・プリンセス(総トン数115,875)のような総トン数が10万トンを超えるクルーズ船の登場は、2000年代以降のロイヤルカリビアン社のカリブ海クルーズの成功を受けて始まった。戦艦大和の総トン数が6万5千トン程度であることを考えると、いかに巨大な船舶であるかが理解できる。つまりこのように巨大な船舶の検疫が歴史上行われたことは無いのである。
伝染病防止のための国際検疫についても歴史が古く1912年のパリ国際衛生会議において国際間取り決めが結実し、1926年からは日本も参加している。これらの取り決めはWHOに発展解消し現在、国際保健規則(IHR)として日本も遵守しなければいけないこととなっている。日本においては検疫法が国内法として、船舶検疫の実施を定めている。
この検疫に対する国際的な解釈は、20世紀初頭までは伝染病の蔓延防止という観点から各国において強制的に行われることが求められていた。第二次世界大戦後はおおむね各国の主権行使として、国内保健衛生の保護という観点から各国における基準で行うことと理解されていた。そして21世紀以降においては国際間移動人口の飛躍的な増加を受けて、むしろ検疫を受ける旅行者の人権保護に重点を置くようにシフトしている。2007年に発効した国際保健規則においては、32条で「参加諸国は旅行者をその尊厳、人権及び基本的自由を尊重して扱い、且つ、かかる措置に伴う不快感や苦痛を 最小限に抑えなければならない。」として過剰な検疫に対しての警告を示している。
これに照らして現在ダイヤモンド・プリンセスに対して行われている日本の検疫はどうであろうか?実は新型コロナウイルスに関してはイタリアにおいて、地中海のクルーズ船「コスタ・スメラルダ」(総トン数185,010)で、乗客に発症が確認され6000人強の乗客乗員が一時足止めされるという事態が発生していた。しかし2名の感染者について処置をした後は12時間強で乗客について解放している。ダイヤモンド・プリンセスのほうが発症者が多いとはいえ、3000人強の乗客乗員を拘束している理由は全くない。やるのであれば、検温や自覚症状の申告をさせた上で、自宅待機を要請すれば十分である。つまり、現状の日本の船舶検疫は国際保健規則32条に違反している。
実際検疫について考えるのであれば、空港のほうがはるかに危険である。成田空港だけでも1日の国際乗降客数が10万人を超えている状況であり、発症まで1週間程度潜伏期間がある新型コロナウイルスのことを考えれば、感染者はほぼ空港を自由に通過している。だが空港が止められないのは結局、経済活動への影響が大きいからであろう。また検疫が国土交通省が管轄する港湾に対する厚生労働省の指定ポストなのも、こうした無意味な検疫が実施される原因である。
ともかくこのような前時代的で無意味な船舶検疫と乗客の拘束は一刻も早く止められるべきである。