医療ガバナンス学会 (2010年4月26日 07:00)
慶應義塾大学医学部 5年・宮本佳尚
慶應義塾大学医学部 5年・大澤一郎
慶應義塾大学医学部 3年・堀田陽介
NPO健康医療開発機構 竹本治
2010年4月26日 MRIC by 医療ガバナンス学会
【日本だけで世界の75%のタミフルを消費している】
タミフルは今やインフルエンザ治療薬の代名詞になっているが、実は世界市場の75%を日本で消費しており(注2)、事実上日本においてのみタミフルがインフルエンザ治療薬として積極的に使われているといえる。Center for Disease Control (CDC)によれば、罹患者が健康な場合にはタミフル等を必ずしも使う必要がないことが指摘されており(注3)、仮に人種の違いなどを勘案したとしても日本では薬を使い過ぎているのではないか。
また、検査キットについても、現在のインフルエンザ治療の現場では、検査キットを用いて陽性判定となった場合に治療薬が出されるが、発症後24時間以降でないと陽性判定ができない(注4)。このため、メディアにも報道されているように一人の患者に対してキットを何回も使用する例が多くみられ、検査キットの延べ使用数を増やす原因にもなっているようである。
【「検査キットとタミフル」が当然視されていてよいのか】
インフルエンザのシーズンに風邪っぽい人が来たら「必ず」迅速検査キットを使い、陽性だったらタミフルを出すというやり方は本当に適切なのだろうか。もちろん基礎疾患のある方、高齢者の方はそうした手順をとることが必要であるのは間違いないだろう。しかし、基礎疾患がない人にも「検査キットとタミフル」のセットで対処するのが、国民が本当に求めている医療なのだろうか。
先日、神戸大学の岩田健太郎先生の『思考としての感染症、思想としての感染症』、『感染症は実在しない』を拝読した。『思考としての感染症、思想としての感染症』(注5)一部引用させていただく。
『インフルエンザじゃない風邪で微熱が出て軽症の方でも、大体同じような症状できて、実は数日のうちに治っちゃう人が殆どで、インフルエンザであっても大体数日のうちに治っちゃう。(中略)ところが軽い症状のインフルエンザだったらタミフルなんか飲まなくたってさくっと治っちゃう。(中略)要するにインフルエンザって疾患名でバコっと切るんじゃなくて、こっちはまあ風邪と同じ扱いでいいんじゃないの?みたいな。』(p.210)
そもそも日本ではタミフルがあるからというだけで使い過ぎである。どんな薬も適切に使わなくてはならない。タミフルは万能薬ではなく、ただ治るのが平均1日早くなる程度の効果しかない。基礎疾患がない人がインフルエンザの流行時期に「風邪っぽい」からといって、わざわざ検査キットを使わなくても良いのではないか。費用のかかる「検査キットとタミフル」を誰彼となく使うことが当然視されているのは不思議でならない。
【漢方を活用したインフルエンザ治療に目を向けるべき】
こうした現状の下で、漢方をインフルエンザ対策として活用することはかなり有望であるように思う(注6)。風邪薬として使われている麻黄湯を使えば、タミフルと遜色ない治療効果が期待出来ることは意外に知られていないが、薬剤耐性も回避できるなど、タミフルと比べてメリットも多い。
また、医療費の面からみても、インフルエンザ治療においては麻黄湯の方がタミフルよりも圧倒的に安い。タミフル1錠309.1円、1回の処方(1日2回を5日分)で3,091円であるのに対して、麻黄湯の標準的な処方ならば195.75円(1日3回を3日分)で済む。我々の試算(注7)によれば、タミフルを処方されていたインフルエンザ患者約600万人のうち、半数に麻黄湯を処方するようになれば、日本全体で90億円の医療費を削減できることになる。また、診察の最初の段階で、漢方治療に適した患者であるかを診断するようにすれば、検査キット代も相当節約できる。
もとより漢方医療は医療費削減のために存在するものではないが、治療効果の面でタミフルと遜色がなく、医療費節減効果が大きいのであれば、こうした漢方を活用した医療政策に転換していくことは、十分現実的な選択肢になるのではないか。
【東西医学を融合した医療の実現に向けて】
無論、すぐに漢方を柱にした治療体制が実現出来るわけではない。現実には、患者が麻黄湯の処方に向いた人かどうかの判断ができる、すなわち「証」(漢方の視点での「体質と症状」)を正しく診ることができる医師の数はそれほど多くない。したがって、まずは漢方を自信をもって使える医師を増やすこと、すなわち漢方教育の充実が大切である。我々医学生は勉強すべきことが山ほどあって大変であるが、患者さん一人ひとりの状態に合わせた治療、全人的治療をすることが本来の医療のあり方であるならば、医師として漢方の考え方や診断・治療法を深く学ぶことは非常に意義があると考えている。
幸い、日本では医師免許があれば漢方は誰でも処方できる仕組みになっている。多くの医師がバランスよく東西医学を学ぶようになれば、漢方薬を処方するのが適切な患者には漢方薬を、向いていない人にはタミフルを、といったように、まさに「東西医学を融合した医療」を感染症たるインフルエンザにおいても実現できるのではないか。そうすれば東西医学双方の長所を活かした一つの成功例として、日本から世界に発信していくことも可能である。
政府には、医療において漢方を積極的に活用することを是非考えていってもらいたい。漢方は体質改善や未病を治すだけでなく、インフルエンザのような急性の病気にも使えるし、何よりタミフルが出てくる前からこういった病気に対して有効に使われていたものなのだから。漢方を保険適応から外している場合ではなく、有効に活用する方法を考えなくてはならない。
(注1)http://www.kansensho.or.jp/topics/pdf/influenza_guideline.pdf
(注2)J Infect Chemother 2007;13:429-31
(注3)http://www.cdc.gov/h1n1flu/qa.htm
(注4)http://www.m-junkanki.com/diseases/influenza5.html#sindann6、
http://idsc.nih.go.jp/disease/swine_influenza/2009cdc/CDC_rapid_testing.html
(注5)「思考としての感染症 思想としての感染症」(岩田健太郎、中外医学社、2008)
(注6)http://www.chuui.co.jp/cnews/001622.php、http://www.tcmpage.com/hpcoldflu.html
(注7)本年3月17日、第6回21世紀漢方フォーラム「漢方・鍼灸を活用した日本型医療の実現に向けた具体的対応」)で発表。http://mtpro.medical-tribune.co.jp/mtpronews/1003/1003069.html