医療ガバナンス学会 (2020年3月10日 06:00)
Pharmacists “DI”scovery (JAPAN)
代表・薬剤師・博士(薬学) 橋本貴尚
2020年3月10日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
これを書いた理由は、薬剤師向けの雑誌「クレデンシャル 医療の場で幅広く活躍する薬剤師のために」2020年3月号の特集「薬剤師よ、医療者たれ!」を読んだことがきっかけです(クレデンシャルホームページhttps://www.credentials.jp/、閲覧日:2020年2月28日)。詳細は省略しますが、雑誌で堂々と「薬剤師さんは医療人なんですよ」と特集しているのです。2006年に薬学教育が6年制に移行して10年余りが経過しておりますが、薬学教育における医療倫理面の成熟は遅々として進んでいない現状を垣間見ることができます。
そして、本稿を書くもう一つの動機は、薬学教育に尽力してくださっている医師の皆さんに対し、この場をお借りして謝辞を申し上げたいという思いもありました。本稿をきっかけに、今後の薬学教育についてよりつっこんだ議論を行いたいと考えております。
・多忙を極める、薬学教育に携わる医師の現状
僕が大変お世話になった医師のお話をします。誤解と批判を一切恐れずに申し上げれば、その医師は、「薬学部にこき使われていた」と断言できます。
その医師とのつながりを少し紹介します。僕は2012年3月まで大学院に所属しておりました。2009年、6年制の学生が4年生になり翌年度から実務実習になります。早急に事前学習のための実習書が必要となり、経緯は省略しますが、僕が原案の執筆を担当しました(橋本貴尚ら.医療薬学.2012. 38(5), 322-331、橋本貴尚ら.医薬品情報学.2012. 14(3), 110-116)。大学院修了後も継続的にかかわり、10年余り薬学教育に携わる機会を得ました(Hashimoto T. J Pharm Pract Res. 2018. 48, 582-583)。その間、外部の人間ながら、その医師やその教室員と一緒に臨床薬学教育を進めてきたと思っております。
余談ですが、今でも非常勤講師をやっておりますので、毎年実習書が送られてきます。中身を見ますと、自分が担当した部分は、執筆当時のままほとんど変更されておりませんでした。本当は手を入れたいのですが、なかなか時間が取れず、今に至っております。
その医師は、昨年4月に薬学部教授から市中病院の院長に転属になりました。ある時、「業務量が半分になりました。院長職は、昔に比べたら断然楽です」とおっしゃっておりました。話に聞く限り、薬学部教授時代は、病院の外来診察並びに入院患者の治療、医学系・薬学双方の大学院生の指導、薬学部の講義、薬学部教授会への出席、実務実習先とのやり取りなど、多忙を極めておりました。単純に、医師としての多忙な業務に「薬学部教員」としての重責が積み重なった状況です。
そして、薬剤師会の勉強会の講師としても、その医師には頼みやすいのでどんどん依頼していたように思います。
薬学部が6年制になって以降、臨床系の科目は増える一途です。しかも、臨床薬学教育にまったく関与せずに自分の研究に没頭している教員も一定数いるわけですから(医学部も同じですかね?)、臨床系教員の負担は尋常ではありません。現在の教授(医師)は、ぼそっと「書類ばかり増えているよ。実験系の教員は、なんか楽しそうだね」とおっしゃっておりました。本稿の読者は医師が多いですが、本項をご覧になると、思わず憤ってしまうのではないかと推察申し上げます。僕の母校は世界に冠たる研究・教育大学の一つと思いますし、大変愛着を持っておりますが、6年制薬学教育に限って申し上げれば、教育体制は稚拙と言わざるを得ません。大学の実名こそ挙げませんが(バレてる?)、「変わってほしい」という願いを込めて内情を書かせていただきました。
「薬学教員と現場の薬剤師が、薬学教育一切に責任を持つべき」というのが僕の基本的考え方です。しかし、遺憾ながら我々の能力が成熟していないので医師の力をお借りしているのです。その謙虚な姿勢を失ってはいけません。現在の医学教育や看護教育は、多くの人知と長年の創意工夫に立脚していると思います。6年制薬学教育は後進ですので、薬学教員も我々現場の薬剤師も、謙虚に学ぶ姿勢を持ち続けることが重要と考えております。
そう思っているさなかに先述の特集を読みましたので、スタートラインに引き戻された感覚です。
・薬剤師に一番必要なもの、それは「患者さんから学ぶ姿勢」
これも誤解と批判を恐れずに申し上げます。
これを考えるきっかけをくださったのは、つい最近面談させていただきましたが、地域密着型の薬局事業と展開され、現在は宮城県の医療組織の理事長をお勤めの薬剤師です。
その薬剤師は、以下の理念を掲げ、薬局事業を発展させてきました。
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・薬剤師法は、日本国憲法第25条に基づいている。
・地域の人たちの健康づくりに貢献する。
・医療を通して地域の人たちの人権を守る。
・患者さんから学ぶ謙虚な姿勢を持つ。
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また、若手薬剤師には、様々な困難を抱える患者さんに対応してもらい、何に困っているのかを一緒に考えてもらうことを通じて、成長を促しているとのことです。
その薬剤師は「患者さんは、処方せんを持ってくるだけでなく、それ以外にも日常生活を送っているわけで、『社会生活をしている存在』であるという発想を持ってもらうことが重要です。それを若手に教えるようにしています」と話しておりました。
高齢化とともに、「自力で歩けなくなる」や「薬が飲めなくなる」など、できないことが増えてきます。人は「できなくなっていく自分」を目の当たりにし、心が打ち砕かれます。これらに対し、薬剤師は、患者さんとそのご家族の希望を聞きながら在宅訪問や一包化、お薬カレンダーの準備、生活に沿った飲み方の提案(内服回数がより少ない薬や、飲みやすい剤型の提案など)を行っていきます。これが、薬剤師ができる「人権を守る」、「人としての尊厳を守る」ということなんですね。
真面目に在宅薬剤管理をやろうとすれば、たくさんの種類の薬の一包化やお届け、医療用麻薬のインフューザーポンプへの充填、在宅での服薬指導、その場で医師に問い合わせ、バイタルチェック(血圧、酸素飽和度、皮膚状態の目視など)など、1時間で患者さん1人に対応するのが限界で(よほど頑張って2人)、まず採算は取れません。外来調剤は「もらいすぎだ」と最近バッシングが強いですが、これで得た利益を在宅医療に回し、その結果、在宅医療専属の薬剤師が配置できているのです。「患者さんが困っているときに頑張る」という考えを薬局内のメンバーと共有しながら、地域に愛される薬局としての職責を担っております。
その薬剤師の話の中で一貫していたのは「患者さんから学ぶ謙虚な姿勢」でした。初心を強烈に意識しました(先の「スタートラインに戻る」とは似て非なり、です)。
以上、6年制薬学教育と薬剤師の現場の両方を俯瞰し、これから目指すべき薬学教育の在り方は「患者さんから、謙虚に学ぶ」であると強く認識いたしました。これからも、志を共有する多くの医療人との切磋琢磨を通じ、そして、患者さんから謙虚に学ぶ姿勢を通して、医療の発展に力を尽くしてまいりたい所存です。