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Vol.061_制度論ありきで進む”ザンビア版国民皆保険制度”の行方

医療ガバナンス学会 (2020年3月27日 06:00)


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秋田大学医学部医学科5年
宮地貴士

2020年3月27日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

「新しく導入された国民保険では指趾の切断術と開腹術が同じ収入になる。そんなのおかしい。こんな保険制度が続くわけない」。ザンビア大学医学部付属病院に勤務する外科医は言う。2020年2月からザンビア共和国で導入される国民健康保険制度(NHIS)。現場で働く医療者や被保険者となる国民から既に数多くの懸念が指摘されている。前回の記事( http://medg.jp/mt/?p=9410 )では、なぜこのタイミングで保険制度が導入されたのか。制度の概要を説明した上で、その背景にある経済不況と国際機関からの要望に応えるザンビア政府の対応について解説した。今回は、NHISに対する現場の声を下に、“ザンビア版国民皆健康保険制度”の行く末を考察したい。

NHISのオペレーションマニュアルによれば、全身麻酔下で行われる一般外科の手術は一律でK1,344(1万3,000円程度)と定められている。胃の摘出や虫垂切除といった開腹術から皮膚移植といった手術が一括りでまとめられている。病院はこの額の中で手術で使う消耗品や薬、入院中の食事や掃除にかかる費用をやりくりしなければならない。「疾患ごとに手術にかかる時間は違うし、必要なスタッフ数、入院日数も異なる。一体どんな計算をすれば、同じ金額になるのか」。前出の医師は嘆く。

保険は給付と負担のバランスで成り立っている。先ほどの医師は、制度により集めたお金をどう分配していくか、給付に関する懸念を抱えていた。現場からは、国民からの負担金の徴収方法に関しても数多くの疑問が聞こえてくる。私のビザや就労許可等を手伝ってくれているコンサルタントは言う。「自分の給料は出来高だから毎月違う。稼がない月もある。非雇用者が保険制度に登録するためには給料を自己申告するって書いてあるけど、こんなんいくらでも嘘つけちゃう」。国際労働機関によると2019年現在、ザンビアには740万人ほどの労働人口がいる。その中で彼のような非正規雇用の領域で働く人々は8割を超えている。大半は農家や露天商だ。

NHISは国民皆保険を目指しており、国民全員が強制加入となる。第一段階の保険対象となったのは、公務員や銀行員、外資系企業の社員など、給料明細を把握できる人々である。合計70万人が2020年1月中に制度に組み込まれる予定であり、彼らの給料から毎月1%が引き落とされる。非正規雇用者をどう制度に組み込んでいくか。今後の大きな課題だ。

現状、ザンビア政府は国民に自ら保険制度に登録するよう新聞やテレビなどのメディアを通じて訴えかけている。NHISの運営機関であるNational Health Insurance Management Authority(NHIMA)のホームページには、丁寧に登録の仕方が記載されている。だが、善意だけで一国の保険制度が成り立つわけはない。保険金を支払う見返りが必要だ。

被保険者はNHIMAに登録された病院において原則無料で医療サービスを受けられるようになる。かなり良いサービスに聞こえるが、実は違う。なぜなら、既にザンビアの多くの医療機関では医療費が“原則”無料だからだ。CTやMRIなどを使い高度な医療を提供する大学病院などの2次・3次医療機関を除き、患者への請求は禁止されている。例えば、チサンバ郡にある100床規模のリテタ病院では医師による診療や薬、X線や血液検査、帝王切開などの手術もすべて無料である。

だが、この“原則無料”という政策が逆に国民の公的医療機関に対する信頼を損なう原因となっている。無料を期待して病院に行くものの、ほとんどの場合、病院に薬が十分にないといった理由で処方箋をもらい薬局で買うことになる。また公的病院に患者は溢れ、医療サービスを受けるまで数か月待つことも日常茶飯事だ。脳梗塞で左半身まひになってしまった友人がいる。心臓に血栓ができていないかエコーで確認する必要があるが、エコーができるのは2か月先だった。期待と現実の差に落胆し公的病院への信頼が損なわれていく。そこで登場してくるのが民間保険だ。

公務員である公立小学校の校長は言う。「NHISのためにいきなり給料から引き落としが始まったけど、こんな保険利用するわけない」。なぜなら、彼は既に、民間の保険に加入しているからだ。「毎月K300(3,000円程度)。妻と二人の子供もカバーされている。基本的にはどの病院にも行けるよ。保険証を見せれば窓口負担なしで医療を受けられる。保険サービスの上限を超えていた場合は後で保険会社から請求が来る」。彼は、知人の先生が病気に罹ったときに民間保険を使い私立病院から質の高いサービスを受けているのを見た。「家族に何かあったときにすぐに医療を受けさせたい」。そう思い、加入した。今回のNHISに対して、「既に保険に入っている者に対する考慮が全くされていないこと」に対して憤りを語った。

20年間に渡りZambia National Commercial Bank (ZANACO)に勤めている銀行マンは、アメリカの保険会社であるプルデンシャル生命から医療保険を受けているという。「会社が毎月プルデンシャルにお金を払う。ザンビア国内にある病院であれば、私立・公立関係なしに、上限70万円まで医療サービスを受けれる。もちろん、家族もカバーされている」。

彼らのように既に民間保険に加入してる人々は人口の約4%、68万人程度と言われている。NHIMAによって1月中の目標とされている70万人に近い。NHISに登録された内、どれだけの人が既に民間保険に加入しているかは不明だ。だが、ザンビア人医師の友人は、「今回の保険制度は、既に保険に入っている富裕層からお金を巻き上げるもの」という。このような状態では、ザンビアで最も信頼される“口コミ情報”が広がらず、この制度に自ら進んで登録する国民の数は限られているだろう。既に保険サービスを提供している民間保険会社との連携が重要になる。

国民“皆”保険を実現するために課題はたくさんある。現場感覚と保険収入の乖離、非正規労働者への保険サービス提供、公的病院の信頼獲得、民間保険との連携などだ。

ザンビアは1964年にイギリスから独立した。近代国家ができあがってからたった55年しか経過していない。課題だらけなのは当たり前だ。今年で88歳になり植民地時代を知る友人は言う。「当時、私たちは自由に移動することができなかった。マテロ、チボリャといった地域に集められ、周囲は警察官に囲まれていた。病院は地域にはなく、黒人居住地の外に行かなければならなかった。警察にお願いし許可証をもらい、制限時間内に帰ってこないと罰則を受けた」。チボリャは首都ルサカの中でもっとも危険と言われ、外国人が立ち寄ることはない地域だ。彼にとって今のザンビアは自由を謳歌できる別世界のようだ。「課題は常にある。少しずつ良い歩行に進んでくれたらそれでいい」。制度論ありきで議論が進んでいないか。現場の声が取り入れられることを切に願う。

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