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Vol. 154 悪意の「不正請求」を行っている医師なんていない

医療ガバナンス学会 (2010年5月4日 07:00)


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-効率偏重の事業仕分けでは見えてこないもの-

武蔵浦和メディカルセンター
ただともひろ胃腸科肛門科
多田 智裕

※このコラムは世界を知り、日本を知るグローバルメディア日本ビジネスプレス(JBpress)に掲載されたものを転載したものです。他の多くの記事が詰まったサイトもぜひご覧ください。 URLはこちら→http://jbpress.ismedia.jp/

2010年5月4日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


政府の行政刷新会議による「事業仕分け」第2弾が4月23日に始まりました。
それに先立つ4月8日、厚生労働省は事業仕分けへの準備として、診療報酬の審査や支払い業務を事実上独占している「社会保険診療報酬支払基金」(支払基金)と「国民健康保険団体連合会」(国保連)のあり方を見直す検討会を発足させました。
医療費の窓口負担(約3割)以外の診療報酬は、医療機関が月に1回レセプト(診療報酬明細)を作成した上で、支払基金と国保連のいずれかの審査支 払機関に請求します。これらの審査支払機関は不適切な請求がないかを審査したうえで、医療機関に残りの7割の診療報酬を支払うのです。
検討会では、この診療報酬の支払い審査業務に伴う「手数料」(審査コスト)の高さが問題とされました。
また、レセプトを審査して減額させる「減額査定率」は年に0.1~0.2%程度であり、金額にして200億円ほどしかありません。それに対してレ セプトの審査料の総額は、1年で800億円に達します。実に減額査定額200億円のために800億円を使用している効率の悪さが問題となりました。
しかし、医療に従事する側としては金額や効率の問題だけではなく、その背景まで突っ込んで議論してほしいと思うのです。

【レセプト審査手数料は本当に高いのか】
まず、レセプトの審査コストは本当に高いのでしょうか。
レセプトの審査コストは1枚につき約110円です、これに薬局分のレセプト審査コスト(約60円)が加わりますので、合計で約170円のコストが 発生します。診療所の場合、レセプト1枚の平均(請求金額の平均)は8000円ほどなので、審査手数料だけで2.2%のコストが発生していることになります。
国税庁が税金を回収する際に発生する徴税コストは100円あたり1.43円だそうです。つまり、1.43%のコストということです。それと比べると、単なるチェックだけで2%を超えるコストが発生しているのは、高いと捉えられてもやむを得ないのかもしれません。
しかし4月より義務化された詳細な明細書付き領収証を見たら、そのあまりの難解さから、まさか110円のコストで審査できると思う人はほとんどいないでしょう。多くの人は「数百円はかかる」と思うのではないでしょうか(関連コラム「誰が読む? 気が遠くなるほど詳細な領収書」(http://medg.jp/mt/2010/02/vol-65.html)も参照ください)。
審査コストが高いのは、保険点数制度が1000ページを超える分量で定められていて、あまりにも複雑過ぎるからです。決して、支払い基金や国保連合会の現場の人たちがさぼっているからではないのです。

【本当の「不正請求」は限りなくゼロに近い】
次にレセプト審査の減額査定率の問題です。減額査定率が0.1~0.2%というのは効率が悪いと問題にされています。
しかし、日本の医療従事者は極めて真面目な人たちばかりです。私は個人的には「真の意味での不正請求は限りなくゼロに近い」と思っています。現状で査定されているもののほとんどは「保険請求方法の解釈の違い」によるものなのです。
一例を挙げましょう。胃潰瘍のある患者さんに対して、ピロリ菌に感染しているかどうかの検査を施行したとします。その場合、レセプトに「胃潰瘍」としか記入していないと、ピロリ菌検査の検査代金の支払いが減額査定されてしまいます。
日本人の場合、胃潰瘍の一番の原因はピロリ菌です。ですから、胃潰瘍の場合ピロリ菌がいるかどうかのチェックをするのは医者としては当然の処置です。
しかし、支払い側は「なぜ胃潰瘍でピロリ菌を検査したのか、理由が分かりません」という理由で支払いを拒否するのです。
「胃潰瘍」に加えて「ヘリコバクターピロリ菌起因性胃炎疑い」という病名をレセプトに記入し忘れていると、このような事態が発生します。このように、使った薬と検査が完全に一致しない場合に、支払いが減額査定されるのです。
もちろん、健康保険料は一種の税金のようなものですから、これを架空請求する医療者は厳しく罰せられて当然だと思います。しかし、審査現場では、 医療費削減のために「請求金額の3%を一律に削れ」という不条理な指示が堂々とまかり通っているといいます(土田ひろかず参議院議員の著書『オムツがとれ ない日本の医療』(総合法令出版)より)
ですから、現状のレセプト審査では、書類上の細かな文言のチェックを執拗に行います。万が一、記載不備や病名漏れがあった場合には、実際に診療行為を行なっているにもかかわらず「診療報酬をだまし取った」として医療機関に「不正請求」の濡れ衣を着せているのが実態なのです。

【数字や効率だけを見て議論していては本質を見失う】
「高い」と言われているレセプト審査単価は、どうすれば引き下げられるのでしょうか。単純に「高いから下げろ」と圧力をかけても、審査支払機関で 働く人たちの負担が増すばかりです。それよりも複雑な診療報酬体系を見直し、簡素化することによって、審査単価を引き下げるべきです。
審査支払機関に効率化を求め、減額査定率の向上を要求するのも問題です。微に入り細をうがつような、些末な文言や病名の抜け落ちを理由とした査定に拍車をかけるだけでしょう。
検査や処置で手を抜いたり、いい加減に投薬の指示を出している医師はいません。それなのに些末な文言や病名の抜け落ちを理由として支払いを拒否すると、医師の誇りと充実感を奪い去ってしまいます。仕事に対する誇りと充実感を奪われては、過労死基準を超える勤務状況の中で健常に働き続けることは不可 能でしょう。
「たとえ効率性が悪くても0.1%は減額査定率があるのだから、厳しく査定すべきである」と思う人がいるかもしれません。
しかし、逆に言えば、現状において99.9%のレセプト審査は無駄に終わっているのです。批判を覚悟で言わせてもらえば、「全症例のレセプトチェックは廃止する」「抜き打ちで抽出した分のみ行なう」といった改革でも構わないのではないでしょうか。
事業仕分けではどのような結論が出るのか分りません。しかし、仕分けの際には、単純な金額や効率の問題だけでなく、「どうすればみんなにとって良い形になるのか」という理念の部分まで含めて議論を行ってほしいと思います。数字の上だけで無駄を減らすことは、医療においては応急処置でしかないのです。

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