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Vol.080 善きサマリア人の法 ~医師達の応招義務なき救命救急行為~

医療ガバナンス学会 (2020年4月23日 06:00)


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井上法律事務所 弁護士
井上清成

2020年4月23日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

1.新幹線内での心肺蘇生
2月の中旬、クルーズ船が横浜に入って来て大騒動になり始め、日本国内でも新型コロナウィルス感染症が広がり始めた頃のことである。週末の夜間に東海道新幹線に乗って東京に帰ろうとしていた車中で、居眠りをしていたところ、しぶきを飛ばして吹くような異様ないびきをかいている乗客が2~3列後ろに座っているらしく、その異常な轟音に眼を覚ました。後ろで見えなかったものの、数人の人々と車掌らが慌しく行き来して話を交わしている模様である。そのうちに、「医師の方がいらしたら、○○号車にいらしてください。」という趣旨のアナウンスが流れた。今、乗っている車両のことである。
そのうちに、産婦人科医とおぼしき女性が外国人女性(どうやら医師らしい。)と共に、通路に横たわった乗客に対して、緊張して心肺蘇生を始めた気配であった。少しすると、車両の自動ドアが開いて、新生児を抱っこひも(スリング)で抱いた若い女性が、新幹線と新生児の不整合な揺れに揺さぶられながら、場違いな感じでフラフラと歩いて近付いて来る。すかさず車掌が「すみません。ここは通れません。」と手を広げて塞いだところ、その女性はぶっきらぼうに「医師です。」と答え、近くの人々に「この子をどなたか預かってください。」と呼びかけて、抱っこひもごと新生児を近くの女性客に預けて、「どっこらしょ」とばかりに位置取りをして心肺蘇生に加わった。ちょっとびっくりして車掌は一瞬とまどっていたが、やっと「すみません。ありがとうございます。」とお詫びとお礼を述べて、車内での無線連絡を再開した。

2.新幹線からの速やかな下車
そのうちに産婦人科医らしき女性が車掌に、停車駅までの時間を尋ねたところ、「18分です。」という返答だったので、「遅い、間に合わない。もっと早いところで停められませんか。」と依頼していた。車掌は直ちに無線連絡を取り、間もなく、最寄り駅で臨時停車することが決まったらしい。その女性医師が「何分後ですか。」と尋ねたところ、車掌は「7分後です。」と答えていた。11分くらい短縮させることができたようである。
しかし、状況は厳しそうであり、「誰か救急医はいないかなぁ。」「女手だけじゃ、動かせない。」とボヤいている感じであった(実は、その一つ前の座席には、ある国会議員の男性医師が乗っていたのであるが、その医系議員は面も割れていないせいか、全く反応なし)。
7分後に臨時停車すると、女性医師達が動かすまでもなく、待ち構えていた救急隊員が乗り込んで来た。あっと言う間に、狭い新幹線通路から巧みに病者を運び出したのである。

3.善きサマリア人の法
新幹線の車内で心肺蘇生を行うと共に、病者を速やかに新幹線から下車させるに至った医師達の活躍は、見事なものだと思う。もちろん、応招義務なき救命救急行為である。その行為については、「善きサマリア人の法」と同様に考えてよいであろう。故意とか重大な過失がない限りは責任は問われない、ということである。民法の規定を援用すれば、「緊急事務管理」がそれと同様と言ってよい。「緊急事務管理」は、民法第698条に定められたものであって、「管理者(注・たとえば医師)は、本人(注・たとえば患者)の身体・名誉又は財産に対する急迫の危害を免れさせるために事務管理をしたときは、悪意又は重大な過失があるのでなければ、これによって生じた損害を賠償する責任を負わない。」ことを言う。ここで言う「管理者」とは、民法第697条(事務管理)に定める「義務なく他人(注・たとえば患者)のために事務の管理を始めた者」を指す(注・たとえば医師)。

4.現場での熟練した「助成」措置
「善きサマリア人の法」や「緊急事務管理」を持ち出すまでもなく、この医師達に責任追及などありえないのは当然であろう。実は、余りにもさりげなく円滑に行ったので見逃し勝ちではあるが、特筆すべきは、「新幹線からの速やかな下車」に漕ぎ着けさせたことなのである。まさに、これこそが現場での熟練した技であろう。そして、その本質は、権力的な「規制」措置でなく、非権力的な「助成」措置によるものであった。
これら現場の熟練した医師達が我が国の各所を守っている以上は、今、我が国をも襲った新型コロナの厳しいパンデミックも何とかクリアできることであろう。奮闘に期待したい。

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