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Vol.081 新型コロナウイルス感染症への対応に関する緊急要請

医療ガバナンス学会 (2020年4月24日 06:00)


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全国医師ユニオン代表
植山直人

2020年4月24日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

新型コロナウイルス感染症への対応に関する緊急要請
~医師及び医療従事者の命と健康を守る支援を徹底することを強く求める~

2020年4月16日

加藤勝信 厚労大臣殿

はじめに
世界的に新型コロナウイルス感染症(COVID-19)はとどまることなく、医療現場はひっ迫と混乱の中で医療崩壊へ向かっている。報道によればイタリアでは、すでに100人を超える医師が死亡しており、同国の感染者の1割程度が医療従事者と推定されている。日本でも4月5日時点で、少なくとも153人の医療従事者が感染しており、COVID-19感染症患者の治療にあたり自らも感染しECMO(重症呼吸不全に対する体外式膜型人工肺)の管理下で生死の淵をさまよっている若手医師もいる。
4月7日に政府から7都道府県に「緊急事態宣言」が出され、安倍総理は「医療現場を守るため、あらゆる手を尽くす」としているが、多くの医療現場では何の支援も届かず孤立し医療従事者の過重労働や感染不安が高まっている。

医師不足の日本では、平時でも病院勤務医の4割は過労死ラインを超え、1割は過労死ラインの2倍を超えて働いており、COVID-19感染者の増加はこれに拍車をかけるものである。感染症患者への対応はマンパワーを必要とする。過労死やうつ病等のメンタル面でのリスクも高まっている。医療崩壊を防ぐとするなら、何よりも医療従事者を守る対策が重要であり急務である。後に述べるような労働時間管理等は必須である。
また、医療従事者は、大きな感染リスクに直面している。にもかかわらず、医療機関はサージカルマスクや消毒液にすら困る状態で、サージカルマスクが週に1人1枚制となっている大学病院もある。消毒液も入荷のめどが立たないため、少量の使用にとどめざるを得ない。感染防御を安全に実行できない状態が続いている。

地域によっては診療所等でCOVID-19疑いの患者のPCR検査を保健所に依頼しても、多くのケースで検査が認められない。その患者を診た医師や看護師は、COVID-19感染を疑いながら事実を知ることもできず、何日も一般の患者の診療にあたっている。自らのCOVID-19感染と患者への感染拡大の当事者となることへの不安を抱えたまま、仕事を続けざるを得ない。ある市の保健所長はPCR検査数が少ない理由を問われ「病床が満杯になって重症者が入院できない状況を避けるため、検査にかける条件を厳しめにやった」と述べたと報道されている。感染者の特定を低めることでどれほど多くの感染リスクが高まるか、院内感染拡大に対する危機感が全くない。全国的に院内感染か起きているが、永寿総合病院の院内感染ではこれまでに入院患者94 人、職員 69 人の感染が確認され患者20人が死亡しており、院内感染がいかに怖いかを端的に示している。

政府は重症患者の増加を見越して人工呼吸器の増産などに言及しているが、医師や看護師のスタッフがいなければ、人工呼吸器も役に立たない。感染症に対応した病院やICU病棟においても同様である。
医師不足の中で、大学病院では大学院生がCOVID-19対策に駆り出されているが、ある大学では時給1100円で「感染しても労災などにはならない」と言い放たれ、不安と憤りの中で感染リスク最前線の診療にあたっている。

一方、各医療機関は一般患者への感染を防ぐため、不要不急の受診・診察を避ける対策を取っているが、このことは医療機関の大きな収入減となっており、少なくない医療機関が倒産する可能性がある。また、COVID-19感染者の診療に従事するスタッフに自主的に危険手当を出している医療機関もあるが、例えば東京都立病院の医師や看護師への「防疫等業務手当」は日額340円に過ぎない。感染リスクと過重労働に疲弊する医療従事者に医療経営の悪化が追い打ちをかけ、士気の低下を引き起こしている。
このような医療現場の実状を鑑み、以下の点を強く要望するものである。

1、検査体制の抜本的強化
1)PCR検査数の抜本的拡大
日本のPCR検査数は先進国において著しく少ない。感染経路不明者が多数を占める現状では、検査体制を抜本的に強化し可能な限り検査を行い感染実態を把握する必要がある。医師が必要と認めた全例の検査を行えるようにしなければ現場の医療機関や医師は適切な対応を取れない。感染者が多い国ではドライブスルー形式の検査が行われているが、日本では7都道府県で「緊急事態宣言」が出されたにもかかわらず、そのような体制はまだとられていない。各地域での1日も早い安全な検査体制の確立と検査数の増加が必要であり、国が責任を持って体制強化を進めることを求める。

2)PCR検査能力と実施数、検査の適応条件の情報公開
一方、感染防護体制を取れない一次・二次医療機関においても、発熱者の診療は日常的に行われており、COVID-19感染者が含まれていても検査をしない限りは診断できず、院内感染を引き起こす可能性は極めて高い。また、肺炎を認め保健所に検査を要請しても断られるケースが多くみられ、医療現場に混乱をもたらしている。一部報道で、嗅覚障害を主訴にPCR検査で陽性が認められたスポーツ選手や芸能人の話が出ているが、肺炎であっても検査が認められない例や軽症で検査を受けられる例など、判断の基準が全く不明瞭である。
地域ごとの1日の検査可能数と検査実績数や陽性者数をリアルタイムで明らかにし、その時々の検査の優先順位も各医療機関に情報提供することを求める。

3)医療従事者への抗体検査の実施
現在、抗体検査キットの開発が進められており近日中にも実用化されるものと思われる。まだ有効性の点について議論があり精度の問題なども指摘されているが、今やれることを積極的に行う立場から、国の責任において感染リスクの高い医療機関の医療従事者から優先的に検査を行い、全ての医療従事者の検査を行うべきである。COVID-19感染においては、ほとんど症状が出ない感染者も少なくないことから、すでに抗体を持っている医療従事者も一定数存在する可能性がある。抗体陽性であれば安全というわけではないが一つの指標にはなりえるため、PCR検査との併用も行いながら医療従事者の抗体検査を速やかに優先的に行うことを求める。

2、サージカルマスク・消毒液等の感染防護資材の医療機関への優先的確保
すでに述べたように、サージカルマスク・消毒液等の感染防護資材が一般に流通しているにも関わらず、医療機関に十分届いていない。国は医療機関におけるサージカルマスクの必要数を把握すべきである。日本の医師数約30万人、看護師約170万人として、仮に1日に1人1枚としても1日200万枚、1カ月に6000万枚のサージカルマスクが必要となる。また、汚染されたサージカルマスクは破棄しなければならず、感染リスクの高い医療従事者は1日に5枚程度のサージカルマスクが必要となるため、さらに多くのサージカルマスクが必要となる。感染防護能力の高いN-95マスクはもっと少ないため、厚労省はN-95マスクの再利用を求める通達を出したが、感染防護の低下について詳しく調査すべきである。感染防護服やフェイスガードなども同様である。各地域の医療機関での感染防護資材の必要数を把握して、適切に供給できるシステムを早急に作ることを求める。

3、医療従事者の健康確保のための労務管理の徹底と賃金・労災等の保障
1)労働時間管理と健康確保の徹底
医療崩壊を防ぐには何よりも医師をはじめとする医療従事者の健康を守る必要がある。すでに述べたように平時でも4割の医師は過労死ラインを超えて長時間働いており、過労死をはじめ健康を害する者が少なくない。しかも、正確な労働時間管理も行われていないケースが多い。すでに多くの医師が疲弊し始めており、今後医師のうつ病などのメンタル不調者をはじめ過労死などが増加するものと考えられる。

最前線で働く医師に必要なことは、医師の倫理感を強調することや英雄的な賞賛ではなく、過労死や過労による健康障害を防ぐための客観的な労働時間管理の徹底と食事や休息を取れる時間の確保、十分な睡眠時間の確保、休日の確保などの適切な健康管理である。これに加えて(1)必要に応じたCOVID-19検査、(2)医療従事者の家族への感染を防止するための自己隔離、(3)重傷者対応のための交代制勤務の徹底、(4)メンタルヘルスに関する専門家会議等を開催し、適切な支援・指導が行える体制を作ることが必要である。COVID-19との闘いが長期化することは避けられず、病院管理者がこのことを徹底できるよう国(厚労省及び各地の労基署)が監督と支援を行うことを求める。

2)適切な賃金や労災補償の徹底
日本では、多くの医療機関で適切な労働時間管理と残業代の支払いが行われていない。現状では、緊急事態であり病院も大変であるから残業代は払えないとの声や医師は聖職であり一般労働者とは異なるなどの声が起きることが危惧される。COVID-19に対応する中で今後、少なくない医師が健康を害し、中には過労死する医師や感染によって亡くなる医師が出てくると考えられる。医師にも家族があり、働き手の病気や死は家庭をも破壊することになる。
危険を冒して過重労働を担う医師に対しては、残業代の完全支払いはもとより、相応の特別の危険手当も払うべきであり、また労災補償も徹底されるべきである。国はこれらの点に関して格段の指導を行うことを求める。

3)「無給医」や大学院生などへの人権侵害の一掃
日本無給医の会の調査では大学院生がCOVID-19対策に駆り出されている。例えば慶応大学病院では時給1100円で最前線に駆り出されている。しかもCOVID-19感染患者の治療に当たっていた若手医師が重症感染を起こしているにも関わらず、上司からは「感染しても労災などにはならない」と言い放たれたとの悲痛な声が寄せられている。いわゆる「無給医」の多くは大学院生であり、今回のCOVID-19との闘いにおいてもパワーハラスメントの下で、非人道的な扱いを受けている。さらに「無給」・無権利状態でCOVID-19感染者やその疑いがある患者の対応を強いられている医師が存在することも予想される。

「無給医」問題が報道され文科省が調査を行った後も、無給のまま働かされている大学院生がおり、改善策を実施したとする大学病院においても、最低賃金ぎりぎりの賃金しか支払われていない。このような無給医問題や低賃金問題を放置したままではCOVID-19との闘いに勝つことも、日本の医療を守ることもできない。

今後COVID-19の感染拡大が続けば、初期研修医や後期研修医もその対応に直接・間接に関わらず駆り出される事態が危惧される。大学院生や研修医であっても診療行為に従事しているような医師については、労災保険法上の労働者であることは明らかであり、COVID-19対策に従事したことに起因して感染した場合に労災保険の対象となることは当然である。国(厚労省及び労基署)に対しては、大学病院による「労災隠し」を防ぐために、大学院生等のいわゆる「無給医」であっても、労災保険の対象となることを各大学病院に周知徹底することを求める。
また、これを機会に国が「無給医」問題をなくす抜本的な対策を取ることを求める。

4、医療機関と医療労働者への経済的保障の徹底
日本では、診療報酬が低く抑えられているため、多くの医療機関の経営は不安定であり、赤字の医療機関も少なくない。COVID-19感染拡大は、この医療機関の経営を直撃しており、経営面からの医療崩壊も危惧される。感染拡大を防ぐために、緊急性のない患者の受診を減らす対策がとられ、多くの医療機関では急を要さない検査や健診等も自粛している。このため、ほとんどの医療機関は多大な収入減を被っている。また、COVID-19感染者を受け入れている医療機関では風評被害なども起きている。COVID-19感染者の治療は多くのマンパワーと長期の期間を要するため、通常の肺炎の診療報酬では採算は取れない。さらに、感染拡大が進めば、一般医療機関へのCOVID-19感染患者の入院(診断がつかないまま入院となるケースも含む)が増えることになるが、院内感染が起きれば病院の存続自体が脅かされることになりかねない。

私たちは以下の2点を国が責任を持って実施すると宣言することを求める。(1)COVID-19の感染拡大で各医療機関の経営が行き詰まり破綻することがないように経済的な支援を行うこと。(2)全ての医療従事者が適切な労務管理を受け適切な賃金(全ての残業代を含む)や危険手当をもらい経済的に安心してCOVID-19と闘えるよう支援すること。

http://expres.umin.jp/mric/mric_2020_081.pdf

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