医療ガバナンス学会 (2020年4月25日 06:00)
ねりま健育会病院院長
ライフサポートねりま管理者
酒向正春
2020年4月25日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
1.はじめに
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が世界中で猛威をふるい、日本でも感染者が毎日増加している。令和2年4月19日現在の感染者数は10361名、死亡者数は161名である。欧米に比べ、死亡者数が極めて少なく保たれているのは、日本が世界に誇る国民皆保険制度を有するからであろう。
しかし、COVID-19の猛威は、刻々と日本の医療現場の機能を麻痺させている。急性期病院での院内感染が多発して、救急医療に支障が生じてきた。次に、この院内感染は、急性期、回復期、維持期の医療連携も破壊しつつある。すなわち、急性期治療後に、濃厚接触を伴うリハビリテーション(以下、リハ)治療を行う回復期リハ病院や維持期の介護老人保健施設(以下、老健)でのアウトブレイクが報告されてきた。これらの高齢者リハ施設でのアウトブレイクは大量の死亡患者を生む可能性が高い。
そこで、リハ施設でのアウトブレイクの起こり方と対策、そして、感染発生時の対応方法と今後の医療者が進むべき方向性を考えたい。
2.アウトブレイクの恐怖と対策
我々は数年前に、リハ施設の1病棟(50病床、職員80名)で、インフルエンザのアウトブレイクを経験した。そのため、COVID-19発生時より、インフルエンザ予防対策と同様に、院内COVID-19対策マニュアルを作成して、職員一同で予防を行ってきた。幸いなことに、COVID-19感染は経験していない。
まず、アウトブレイクの恐怖を説明する。インフルエンザのアウトブレイクは、図1に示すように、一人の患者と一人の職員の孤発感染から始まった。その時は、スタンダードプリコーションで解決できると軽く考えていた。しかし、5日目にはアウトブレイクとなり、合計31名の患者と職員が感染し、終息するまでに12日間を要した。図2は感染経路を示す。感染は患者と患者間はなく、一人の職員から多くの患者と職員に感染した。その感染は2次感染を生み、さらに多くの職員に拡大した。幸い、死亡例なく、感染者全員が回復した。
リハ施設は濃厚なチーム医療が特徴であり、医師、看護師、ケアワーカー、理学療法士、作業療法士、言語聴覚士、ソーシャルワーカー、ケママネージャー、病棟クラーク、栄養士、薬剤師という多職種が密接に関わりカンファレンスや相談が多いため、アウトブレイクを起こしやすい職場環境にある。今回、一人の職員が体調不良をインフルエンザ感染と疑わず、自己判断で良かれと業務遂行したことがアウトブレイクの起点になってしまった。
その終息までの対応は、ゾーニングと移動制限、マキシマムプリコーションにつきる。まず、感染症がインフルエンザであるため、陽性者と陰性者、そして、疑い者(濃厚接触や体調不良による)をゾーニングした。移動制限に関しては、患者の移動制限・外出・面会禁止、職員の移動制限(病棟間の交流禁止)とし、陽性と疑い患者に対応する職員は限定し対応した。スタンダードプリコーションは全職員のマスク着用と処置後の毎回手指衛生の上で、マキシマムプリコーションとして陽性と疑い患者対応時はガウン+手袋+キャップ+シューカバー着用とした。さらに、発熱者や体調不良者は迅速に報告し、出勤しない勤務体制管理を徹底した。この対応により、インフルエンザは12日間で終息できた。しかし、この12日間のアウトブレイクがリハ施設に与えた損害は計り知れない。COVID-19のアウトブレイクが発生した場合、何日間で終息し、死亡者なしに乗り越えることができるのかは不明である。
図1.アウトブレイク時の発病経過
http://expres.umin.jp/mric/mric_2020_082-1.pdf
図2.アウトブレイク時の感染経路
http://expres.umin.jp/mric/mric_2020_082-2.pdf
3.リハ施設におけるCOVID-19の脅威と予防
COVID-19感染症では、高齢者は約2割が死亡すると報告され、容易に感染が拡大することが知られている。NEJM(2020)の報告では、米国ワシントン州の長期療養施設の入居者1名が感染すると、入居者・職員・訪問者の感染率は55%・50%・6%であり、死亡率は34%・0%・6%であった。 このため、濃厚接触が業務であるリハ施設(回復期リハ病院や老健などの高齢者施設)には、COVID-19を絶対持ち込んではならない。
COVID-19はどこから持ち込まれるのか。患者が外出禁止で家族面会も禁止であれば、持ち込みは職員か、新規入院入所患者に限られる。このため、職員の健康管理と密集・密閉・密接の三密を避ける行動管理が必須であり、職員指導が重要である。もう一つは、新規入院入所管理である。リハ施設の新規入院入所を止めることは、急性期、回復期、維持期の医療連携を止めることになり、結果として、急性期医療を止めることになる。このため、リハ施設の新規入院入所を止めてはならない。
大切なことは、急性期治療を終え、回復期や維持期に転院転所になる患者がCOVID-19陰性を保証する医療連携が必要である。これは、PCR検査や抗体血液検査を行うこと以上に、連続2週間発熱なく、体調が安定している急性期管理が必要であろう。アウトブレイクした急性期病院も含めた急性期病院からの転院が、COVID-19陰性が保証され安心できる医療連携の構築が急がれる。
4.リハ施設でコロナが発生したら、どう対応するか
回復期リハ病院や老健などの高齢者施設で、COVID-19疑いの患者が発生したら、どうするか。それは、アウトブレイクにならないように、ゾーニングと移動制限、マキシマムプリコーションを迅速に進めることである。勿論、迅速に急性期病院に転院させたいであろう。しかし、急性期医療が崩壊しつつある現状では、軽症者の転院が難しく、個々のリハ施設に軽症者治療が任される可能性が高い。そこで、個々の施設対応としては、疑い患者と濃厚接触者を健康者からゾーニングして、迅速に移動制限を行う。
以下に当院での具体的な対応を示す。発熱や上気道症状などが出現した場合、初期ではCOVID-19感染が否定できないため、迅速に居室カーテン隔離対応とし、患者はサージカルマスク着用、リハビリ中止、排泄はポータブルトイレまたは専用トイレを用意する。接触介助する場合は、マスク+手袋+エプロン+アイガード装着対応とする。次に胸部CTでCOVID-19を疑う異常陰影を認めた場合または診断確定例は、原則個室対応(大部屋の個室化も含めて)として、入室はマキシマムプリコーション対応(マスク+手袋+袖付きガウン+アイガード+キャップ+シューズカバー)とする。また、診断確定例、または感染を疑う患者の同室者は濃厚接触者として対応し、部屋の入り口とトイレをシートで覆い居室内隔離とし、トイレ以外はそれぞれの患者毎にカーテン隔離対応を行う。上記は当施設での対応例であるが、実際の感染者が出る前にシュミレーションを繰り返し行うことが大切である。
この感染対策の構築は、それぞれの施設長である医師や、医師がいない施設では訪問診療で関わっている訪問診療医の役割である。それぞれのリハ施設の担当医師が感染担当チームを迅速に結成して、準備体制を整えることが喫緊の課題である。
5.コロナうつからの脱却(コロナ恐れて、人恐れず)
既に地球上でCOVID-19感染症からは避けられない現状である。インフルエンザウイルスと共存できたように、COVID-19と共存する思考と勇気と決断が必要である。感染後の死亡率が高いため、COVID-19は恐怖である。しかし、COVID-19に感染した人は大切な人であり、助けなくてはならない。「コロナ恐れて、人を恐れず」の気持ちを忘れてはならない。
人を助けて、喜んでもらうことが医療の原点である。医療従事者は、COVID-19に感染した大切な患者を、家族を、仲間を助けたいと考えている。しかし、今、世界にコロナうつが蔓延している。それは、身体にCOVID-19が感染していなくとも、脳の中の思考にCOVID-19が感染しているからである。医療従事者は、COVID-19を予防して、COVID-19で弱った患者を助ける仕事に誇りを感じることができる。医療従事者のみんなの力で、患者を、家族を、仲間を助けて喜びを共有する日々の生活を感謝できる心は、速やかにCOVID-19との共存を獲得し、コロナうつから脱却する思考を日常で獲得できると思われる。
6.まとめ
リハ施設におけるアウトブレイクは、感染予防知識の不足と一瞬の気のゆるみで容易に生じうる。COVID-19感染症のアウトブレイクは、高齢者の多くの命を奪う可能性が高い。COVID-19感染症の予防対策は、持ち込まないことである。すなわち、リハ施設の感染予防対策の入り口は、患者の外出・面会禁止、職員のCOVID-19感染予防、新規入院入所患者からのCOVID-19持ち込み対策となる。
患者の外出・面会禁止は、患者の精神状態に寄り添い、期間限定なら可能であろう。職員の感染予防対策は、1.日々の自己体調管理、2.体調不良時は迅速に申告し休暇容認、3.三密の環境を自発的に避ける、4.スタンダードプリコーションとマキシマムプリコーションを正確に理解し実践、5.移動制限を含めた十分な感染予防を行う自覚を持つことが必要である。新規入院入所患者の感染予防対策は、急性期病院の感染管理体制とモラルに依存する。急性期病院は医療連携を維持するために、回復期や維持期にCOVID-19陽性患者を転院転所させない体制の構築が必須であり、その基準を決めることが喫緊の課題である。それは、濃厚接触がなく、2週間の発熱と体調不良がないことが目安である。
最後に、今、リハ施設は感染予防対策が十分でないことをお互いに指摘できる風土、指摘を受けたときに感謝できる風土を再確認する時である。職員一人一人は「ひとのために働きたい」と思った初心を思い出し、医療従事者としての使命感を持ち、チームで働けている感謝の心を持つことが、コロナうつから私達を脱却させよう。