最新記事一覧

Vol.089 「禁三密」「8割減」では動けない ~社会ネットワークシミュレーションの結果から~

医療ガバナンス学会 (2020年5月2日 06:00)


■ 関連タグ

東京大学工学系研究科
教授 大澤幸生

2020年5月2日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

4月4日の土曜日、私は巣鴨の商店街を経由するルートをとって板橋の自宅から本郷キャンパスに向けて走っていた。3月下旬に都知事が都民の外出自粛を要請しており、いわゆる「三密」への注意が喚起されていたが、この道はのどかで訪れる人の用事は不要不急であるから人口密度が少ないと期待していたのである。ところが、商店街の入り口で自転車を降りなくてはならなかった。道には露店がせり出し、たくさんの人々が集まって道を塞いでいたためである。状況をかんがみてこの様子はあまりにも無節操だと思って人に伝えたところ、多くの人は眉をひそめたが、「三密ではないから問題ない」と発言した方もおられた。「密集」「密接」は揃っているが「密閉」ではないだろ、というわけである。

たしかに厚生労働省のHPには「密集」「密閉」「密接」をカラフルな円で描いたベン図が載っていて、3つの円の共通部分を「3つの条件がそろう場所がクラスター(集団)発生のリスクが高い!」と強調するガイドラインが示されている。さらに同省は「人との接触を8割減らす、10のポイント」を公表し、その下にも「三密を避けましょう」と付け加えることを忘れていない。

しかし、これらのメッセージでCOVID-19への対策がとられていることについて、私としては合点がいかずにもどかしく思っている。
そもそも「人との接触を8割減らせ」といわれても、普通の人は、もともと誰と何回会っていたか覚えてはいないだろう。いったい、どうせよというのか。それでも、上記の8割減らすとすることに根拠があれば思い出す気になるかもしれないので根拠を見てみるとしよう。ここでお断りしておくと、私自身はAIをバックグラウンドとして多様なデータをネットワーク状に可視化し、それを見た実業家などが意思決定のチャンスを見出す技術を20年にわたり開発してきた。したがって統計学に身を置くものではないが、実用的なネットワーク分析とデータ利活用の最先端を先陣で切り拓いてきた自負に基づいて本件の寄稿依頼をお受けした。

さて、「8割減らし」は、厚生労働省のクラスター対策班に所属されている北海道大学の西浦博教授らによる感染症の統計数理モデルに根拠があると筆者は理解している。このモデルでは、1人の感染者が他の何人の感染者を新たに生み出すかを意味する「再生産数」Rに着目する。一人から他者への比率をrだけ減らすと、再生産率は(1-r)Rに減り、この値を1未満にすると感染者は減ってゆく。Rを2.5と見積もるとr>0.6でぎりぎり条件が満たされるが、急峻に減らすためにr=0.8を推奨するロジックだというのが私の理解である・・これはもちろん、非専門家なりの理解をさらに単純化した説明であるが、4月24日の報道陣との意見交換の場でも私の理解のとおりの内容が繰り返されていたことをYouTubeで確認した。

しかし、私は関連する論文も拝読した結果、やはりモデルが単純すぎて混乱してしまった。感染者Aには隣人Bがいて、隣人Bにはその隣人Cがいて、・・・たくさんの人がその先にいるだろう。A氏がB氏が接触する確率を2割まで減らすと、B氏が感染するする確率は線形に2割だけ減るのだろうか?ある程度まで接触して閾値が超えると感染するのなら、非線形に伝わり複雑な現象を呈するのではないか。さらに、もしここが線形に伝わるとしてもC氏の感染率はもとの4%まで減るだろう。またC氏の隣人には他にD氏もいてA氏がD氏に直接接触しているかもしれないから、A氏からC氏に感染する過程は一層複雑だろう。

つまり、Aが8割減らすと誰にどのような効果をもたらすかは社会のネットワーク構造に依存するだろう。このようなことは上記の説明には含まれていなかったが、世界的にはノーマルな考え方である。例えば、筑波大学教授の倉橋節也氏は様々な場所における人と人の接触を実質的にはネットワークモデルによってシミュレーションし、早期に強力な都市封鎖策を実施 することが結果的に短期間の封鎖で感染拡大を抑制 できることを示した( http://www.u.tsukuba.ac.jp/~kurahashi.setsuya.gf/doc/covid-19-wp200404r01.pdf )。ミュンヘン工科大学教授のマーチン・ブス(Martin Buss)教授のグループではネットワークモデルを用いて感染者数の変化を分析し、各国の変化を比較した結果として、日本における抑制の効果が他国に比べて低いことを指摘している(日々解析結果が更新されており興味深い  https://www.ei.tum.de/index.php?id=6875 )。
このような分析は、人と人と接触が構造を持って社会を構成している様子を反映しており、説得力がある。

私自身は、ネットワークモデルモデルのうちスケールフリーネットワーク(Scale Free Network: SFNと略)に、生活で用いられる空間と時間の有限性に由来する制約を独自に加えてシミュレーションを行った( https://arxiv.org/abs/2004.09372 :改訂後再公開予定)。1999年にBarabásiとAlbertが提案したスケールフリーネットワークでは、コミュニティの新しい参加者が人気者をめざして繋がってゆくことで成長してゆくというモデルによってヒューマンネットワークを模擬する。このネットワークの初期にはm人の参加者がいて、全員が互いに接しあうことのできる隣人である。その後に入ってくる参加者は、先住者のうちから持てる隣人数に比例した確率でm人を選び、繋がって隣人になる。これを繰り返してゆくことでネットワークが成長する。SNSや細胞のネットワーク、性病の感染ネットワークなどがSFNらしい構造を有しているとする論文が発表されてきた。
しかし、人の生活する空間では、同室に居合わせる隣人をあまり多く作ることはできないから同時に繋がることのできる相手の数は制限される。同時でなく順番に一人ずつ会うとしても、時間的制約や人間関係の事情があるからやはり相手の数は制限される。そこでmに上限の制約を課し、また同時に会する人の数にも上限Wにも制約を課すような制約付きSFNを考えて感染拡大のシミュレーションを行った。感染のメカニズムとしては人が「感染力を持つ隣人と接触する」「感染する」「感染力を持つ」「免疫を獲得し回復する」という4状態を遷移することを仮定し、それぞれの状態を、直前の状態に非線形に反応して発生する確率事象とした。

その結果、新規感染者の数をすばやく抑制するためにはWとmを併せて抑えることがポイントとなることが分かった。いわゆる「三密」は集会場を避けるすなわちある程度Wを小さく抑える状態に相当し確かに効果を持つ。しかし、「三密でないなら問題ない(禁三密で十分)」ではなく、「三密であってはならない(禁三密は必要)」であり、さらに加えて、一人との個別面談を繰り返す場合にも、面談相手の総数を抑えるべきであるという結果となった。
このシミュレーションではWを4未満、mを4以下に制限することが有効であるとの結果になった(この数値はある程度実験設定に依存する)。これまで誰と何回会っていたかとは無関係に、3人家族の人なら家族と会う以外は一人の重要な人と会う程度に抑え、他の人とはオンラインで接触してねというわけである。さらに、このレベルを超えてWを増やすと、mを抑えて感染者が劇的に減ったと見えても後に増加する可能性がある。さらに、新規感染者数が減ってゆく過程で週単位の上下動が激しい場合は、ところどころで集会が行われている可能性があることもわかった。このような場合はWを減らす速やかな政策も有意義であろう。

あの日・・・巣鴨を抜けた私は本郷に到着し、行き交う知り合いとも会釈できた。その後、東京大学ではキャンパスにおける活動制限をレベル3となり、現在も厳しい条件をクリアしない限り研究室に入れない。自由と交流を得るために、この犠牲を乗り越える必要があることを噛み締める日々である。

MRIC Global

お知らせ

 配信をご希望の方はこちらのフォームに必要事項を記入して登録してください。

 MRICでは配信するメールマガジンへの医療に関わる記事の投稿を歓迎しております。
 投稿をご検討の方は「お問い合わせ」よりご連絡をお願いします。

関連タグ

月別アーカイブ

▲ページトップへ