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Vol.097 久留米ナイトクラブクラスター

医療ガバナンス学会 (2020年5月11日 06:00)


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心血医院(ここちいいん)
和田豊郁

2020年5月11日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

【はじめに】

非常事態宣言が発令された後に、人口30万人余の地方都市で、ナイトクラブ3軒でクラスターが発生した。
筆者は現場まで徒歩1~2分の町内アーケード内にオフィスを開き、吉原裏同心のごとく産業医の目で繁華街を見ている循環器内科医である。
そういうことで、本稿は、かなり労働環境寄りの現地レポートとなっているが、若干の考察も加えている。
【三密の禁】

新型コロナウイルスの感染の特徴として,感染者は周囲の人を発症させることは少ないが,特定の条件では多くの人に感染が広まる事例が見られる、と言われている。
屋形船、スポーツジム、ライブハウス、展示商談会、居酒屋での懇親会、ビュッフェスタイルの会食、雀荘、スキーのゲストハウス、密閉された仮設テント等での患者発生事例が見られたため、厚生労働省は2月25日、クラスター対策に乗りだし、換気が悪く、人が密集し、密接した間近での会話や交流を避けよう、『3つの密を避けよう』と、以来3月下旬までには広く広報され、多くの人々の耳目に触れている。
SNSではすぐに集合・接近・閉鎖空間を避けようと言い直され、語呂良く略され『集近閉の禁』としても広く知られることとなった。
【当初三密に入っていなかったナイトクラブ】

厚生労働省がクラスター対策斑を組織した直後の2月下旬、札幌市ススキノの地下にあるライブバーで集団感染が発生した。
中高年の常連客が多かったそうだが、観光客も来るようになり、かなりにぎわっていたようだ。
飲食をしながら、ピアノとジャズボーカルなどの生演奏を楽しむというお店で、座席ではかなり接近した状況で会話をしていたという。

3月25日には、岐阜市の柳ヶ瀬のナイトクラブを中心に、海外旅行中に感染したホステスが、発症する前に行った先々で感染を広めてしまい、そこからいくつものクラスターとなり、総勢50人近くが感染したという事例が発生した。

大阪市でも4月1日に北区のナイトクラブやショーパブの関係者ら計18人の集団感染が報告されている。
東京都でも3月30日までにナイトクラブなどで38人が感染確認されており、4月7日の非常事態宣言の発令につながった。
【非常事態宣言】

福岡県も非常事態宣言の対象地域となり、福岡市の高島市長は,非常事態宣言を受けて,休業要請に応じた店舗賃料の支援策をすぐに打ち出したため,博多中洲の繁華街の閉店対応は早かった.
久留米でもほとんどの店は休業へと向かったが,博多ほど速やかな閉店とはならず,開いている店には博多から新幹線で20分の久留米に流れてきた客もいたという.
久留米のナイトクラブにて感染症クラスターが発生してしまったのは福岡から久留米に来た人からではないかと推測されている。
【フィリピン人労働者と興行ビザ】

今回のクラスターは久留米のフィリピンパブが舞台となったのだが、まずは、誤解があるといけないので、フィリピンパブとはどういうところなのかご紹介する。

多くは、時間制の飲み放題となっており、フィリピン人チームによる露出度は高くない健康的な色気で魅せるダンスや歌が舞台で披露される。

日本にやってくるフィリピン人は90日間の興行ビザで日本に滞在している芸能人(タレント)だが、政府間の取り決めにより、個人契約はできず、フィリピン海外雇用庁認定の現地エージェントを通さなくてはいけない決まりになっている。
このため、一定の技能を持っている人しか出稼ぎに出ることはできない仕組みとなっている。
また、日本国内では、六本木にあるフィリピン大使館内にあるフィリピン海外労働局で、就労する企業の経営者と面接が行なわれ、企業としての適格性が審査されることになっている。

これは、フィリピンには国内産業が少ないために、海外に出稼ぎに行く人が多く、過酷な労働環境が問題となったために作られた制度である。
しかしながら、この制度のためにタレント事務所との契約ということになり、賃金以外にこれらの手続き費用や諸経費がかかることとなる。
よって、労働環境を改善する目的で作られている制度にもかかわらず、手続きに必要な費用が固定費のように存在するために、雇用主とフィリピン人労働者の双方に、できるだけ休まないように健康管理をして、収益を確保したい、という共通の意識が存在することになる。

海外に出稼ぎに出る人は、一家を経済的に支えるという大きな目標のために働いているので、お小遣い稼ぎのアルバイトとは仕事への熱の入れ方が違い、目標のフィリピンにいる家族のためにお金を稼ぐためなら何でもするくらいの意識を持っている、と先入観を持ってもいいくらいだ。
本来は興行ビザなので、歌ったり踊ったりするのが仕事で、そのために給料が支払われる。
芸能人なのだからあたりまえのことだ。

しかし、客に余分にカネを使わせたら、その分手当てがつくとなると、飲みたくもないドリンクをねだり、指名料をもらうために容姿やファッションをほめたり、目を見つめて手を握ったり、気があるのではないかと思わせぶりな態度を取ることになる。
入店して話をして、少し親しくなってきた頃合いで、ローテーションの時間となり、別の人が来て、またドリンクが入る。
目移りがするほど次々にちやほやされることはまれで、多くは誰かひとりをもう一度呼び寄せたくなり指名したくなるような気分となる。
舞台裏で、誰が指名を取るのか決めているのかもしれない。

ショータイムとショータイムの間は、接客の時間となるが、多くの店はカラオケタイムとなり、大音量の中、近接してしゃべろうとするため、お一人様でも吐息の交換をすることとなる。
ショータイムのときは客席には客しかいないのだが、複数名で来ていると、大音量の中で仲間内で近くでしゃべることになるのでお互いの濃密な吐息を交換し合いながら吸い込むことになる。
フィリピンにいるときからダンサーチームとして練習してきているので仲間なのだが、それぞれの売上も見え、ライバルでもある。

お金を持っている人に思いっきりお金を使わせるのが経済を回す原動力となるのだが、フィリピン人は地でそれが平気でできるようだ。
そして、稼いだお金はすべてフィリピンの家族に送金し、自分のお金だとは思っていないし、自分のためには使わない。
カトリック信者が多いフィリピン人、貧しい人が多い中で、お金は天国に持っていくことはできないし、必要な人のためにお金が使われるのはよいことだ、とこどものときから教会で聞かされている。
そういうストイックな精神を持っていながらも、表面上はとても明るくのんきで人なつっこい性格で歌や踊りも上手なのだから、誰にも相手してもらえない自信をなくしかけた男たちには魅力的なスポットとなる。

90日で(いったん)フィリピンに帰ってしまう、という期限付きなので、お金を払ってくれる人たちに優しくしながら、彼女たちは身体を張ってがんばるしかない。
しかし、店内で唾液がどこかに着くとしたら、それはほぼ飛沫しかない。

AKB商法とは違うから、店外での個人的な付合いは禁止されていないし、たとえ妊娠しても、日本は国籍血統主義なので、帰国後に生んで、父親に当たる人にいずれ認知してもらえさえすれば(父親が既婚者であっても)こどもは日本国籍となり、母親は日本で養育するために定住ビザを取ることができ、母子家庭としてでも、日本で暮らすことができるようになる。

カトリックには堕胎という言葉はないので、日本からフィリピンに送金するというシステム構築には、宗教が大きな役割を担っていることを日本人は知っておかなければならない。
【非常事態宣言とナイトクラブ】

このようなバックグラウンドがあるので、各店の店長はダンサーや歌手の体調をたずね、問題があれば休ませたり医療機関を受診させたりするのだが、多くは20代~30代の、いちばん病気をしない世代なので、90日間の滞在期間中フルに働こうとする。

そんな中で、4月7日に非常事態宣言が発令された。
当時、久留米での新型コロナウイルス感染症の発生は、ヨーロッパから戻って来た学生と、会社員の2名だけで、濃厚接触者からも検出されていない、という比較的のんびりとした状況だった。
興行ビザの期限は4月27日。
あと3週間弱...
減収となるのは困るのはフィリピン人ダンサーたちばかりではない。
市からの援助策では、興行への補償は打ち出されず、店は営業継続を決めた。
【久留米ナイトクラブクラスター】

以下の文中に『医療機関』が出てくるが、心血医院は感染症を診るようにデザインされていないので、近隣ではあるが受診の問い合わせすらなく、受診されたのは別の医療機関である。

4月12日、MABINIの20代のフィリピン人女性ダンサーが37℃台の発熱と咳、咽頭痛があり、翌13日には味覚・臭覚異常を自覚したが元気はあったようで17日まで店に出ていたが、症状が改善せず、18日に医療機関を受診し新型コロナウイルス感染症が疑われ、翌19日に検体提出、21日にPCR陽性が判明し、MABINIは同日から休業となった。

12日には、濃厚接触者の50代のフィリピン人女性に38℃台の発熱があったがそれ以外の症状の出現はなく、熱もすぐに引いているが、10日後の採取検体でPCR陽性が出ている。

11日にMABINIに行った客が14日に37℃台の発熱、関節痛、咽頭痛、味覚・臭覚異常が発症したがすぐに改善している。
MABINIに行った覚えとその後の症状があったため保健所の呼びかけに応じ、25日に採取した検体でPCR陽性が出ている。

14日には、13日にMABINIを訪れていた佐賀市のフィリピンパブ ダンシング・クィーンの経営者(MABINIは系列店)が倦怠感と咽頭痛を自覚している。その後は自覚症状はなかったが、MABINIでのクラスター発生を聞き、検体を採取、23日にPCR陽性が判明、さらに、ダンシング・クィーンの従業員のうち、4人のフィリピン人がPCR陽性と判明した。

15日にMABINIの経営者の50代の男性に38℃台の発熱、倦怠感が出現し、医療機関を受診したが新型コロナウイルス感染症は疑われなかった。
18日には発熱と倦怠感の持続に味覚異常が加わり、20日には咳も出るため保健所に相談したら別の医療機関受診を指示され受診した。
21日には最初のダンサーの濃厚接触者という立場で検体提出となり、PCR陽性が判明した。

16日にはMABINIの40代の女性に37℃台の発熱と頭痛,倦怠感があり、翌日医療機関を受診、19日には10代の息子が39℃台の発熱があり、20日に医療機関を受診している。
母は最初のダンサーの濃厚接触者として21日に採取された検体にてPCR陽性が判明,それを受けて23日に息子も検体採取されPCR陽性となった。

最初のダンサーのPCR陽性を受けて寮に同居しているフィリピン人タレント20代女性7人は全員無症状だったが、全員PCR陽性だった。
MABINIの60代男性マネージャーと濃厚接触者だった30代女性もも無症状だったがPCR陽性だった。
この60代男性マネージャーは系列店フィリピーナとラブ チェーンともう1店舗にも出入りしていた。
いずれもMABINIから徒歩1分もあれば着くような近隣にある。

17日にはフィリピーナの経営者70代男性に鼻水、倦怠感が出現、20日には37℃台の発熱があり医療機関を受診している。
23日に採取された検体でPCR陽性が出た.
同店では従業員は全員無症状だったが、20代女性フィリピン人ダンサー1名に25日の採取検体でPCR陽性が出た。

18日に38℃台の発熱があり、20日に医療機関を受診した20代のフィリピン人女性はMABINIからの情報で23日に検体採取し、PCR陽性が出た。

感染者の濃厚接触者ということでラブ チェーンの20代女性フィリピン人から25日の採取検体でPCR陽性が出た。
それを受けて、同居人や関係者が調べられた。
全員無症状だったが、同居していた20代と30代と関係者の30代のフィリピン人女性が27日の検体でPCR陽性となった。

MABINI来店者では最初の人以外には、16日に微熱と頭痛が、21日に臭覚異常が出現した50代男性、20日に39℃台の発熱、味覚・臭覚異常、倦怠感が出現した20代男性、22日に咽頭痛が、23日に37℃台の発熱が出現した20代の男性留学生、23日から37℃台の発熱が4日持続した70代の男性がそれぞれPCR陽性となった。

来店者は症状がない限りなかなか申し出ることはないが20日にラブ チェーンを利用した40代男性が29日の採取検体で陽性となっている。

以上、久留米市の3軒と佐賀市の1軒のフィリピンパブで起こったクラスター、全32人について、発症の時系列に従って整理してみた。
【考察】

店のスタッフや従業員については検査を網羅することができるが、市は陰性者の情報は発表していないし、外国人タレントをウリにしている店では、しょっちゅうタレントが入れ替わるため、正確な従業員数をネットで公開しているところはほぼない。
このため、PCR陽性と陰性を分ける要因についての分析をすることは、一般に困難である。

ましてや、来店者については、売上の伝票から人数を出すことはできても、どこから来て、誰といっしょに、どこどこに行き、どこに帰って行ったのか、どこぞの国のように、ありとあらゆる所にスマートフォンでチェックインして回るようなことではなく、本人の自白に頼るところが大きい日本のアリバイ管理であるので、新型コロナウイルス感染症のような、感染していても症状が出ない人が多く存在する疾病では、申し出があったものだけ調べていても、何も分からない。
久留米市外からの来店者が発症していても、久留米に行ったことをしゃべらなければ、このクラスターには計上されない。

最初にMABINIに新型コロナウイルスを持ってきたのは誰か?
福岡と久留米や佐賀を行ったり来たしている来店者あるいは、スタッフではないかと目されているが、フィリピン人タレントと個人的に親しくしていた人かもしれない。

症状が出て何日かすると感染性はなくなるという話もあり、そうすると、その後もポツポツと誰かが発症しているのは、継続的に無症状の客が訪れてウイルスを置いて行った可能性も考えなくてはいけなくなる。

最初に発症した人と同じ日に発熱した人はその何日か前に同時に誰かからうつされた可能性があるし、60代男性客にはうつしたかもしれないが、もっと早くからウイルスの暴露を受けているはずの寮の同居人7人は無症状で済んでいる。

全32人のPCR陽性者のうち無症状者は19人、つまり、6割程度が無症状だ。
無症状の人を見ると、60代の男性マネージャーを除けば、全員が20代・30代のフィリピン人である。
家族から感染した人を除けば、このクラスターでは、フィリピン人の有症状者はわずかに4人、2割に満たない。

いつから陽性なのか?
感染力はあるのか?
陰性とは何か?
陰性になったとしても症状が出現し、再陽性化する人もいるという...
ならば、陰性になっても、感染力がある可能性がある...

このように、まだ分かっていないことが多い中、どうすれば重症化を防ぐことができるのかの解明は極めて重要である。

このクラスターを分析して気付くことは、フィリピン人に限っての話になるが、PCR検査で陽性だった人のうち、発熱したのは40代・50代と20代の2人だけで、その他の20代・30代の女性は無症状だった。
40代の女性の10代の息子は高熱を出した。

興行ビザは90日。
何回も来日していたとしても、またフィリピンに帰ってしまうのだから、日本にいる間に食生活が日本化する可能性は低いと考えられる。
フィリピン人は一般に野菜を食べない。
少なくとも,生野菜を最初に食べるようなことはしない。

新型コロナウイルス感染症では、味覚・嗅覚異常が出現する人がかなりいるが,免疫細胞は亜鉛を必要とすること、現代日本人は亜鉛欠乏気味の人が少なくないこと、食物線維やフィチン酸が亜鉛の吸収を阻害する可能性があることから、亜鉛が不足気味となるような食生活をしていると本症に罹患しやすかったり重症化しやすくなる可能性はないだろうか。
フィリピン人タレントが、たとえ感染しても症状が出ない人が多いことを見て、そんなことを考えている。

ミートファースト。

研究が進み、早急に普通の感染症になることを切に願う。
恐れられている割には、死者数は少ないのだから。

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