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Vol.110 スロバキア・コメニウス大学医学部における新型コロナ対策

医療ガバナンス学会 (2020年5月26日 06:00)


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コメニウス大学医学部5年
妹尾優希

2020年5月26日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

新型コロナウイルス感染拡大と、日本政府の4月16日の緊急事態宣言に伴い、多くの地域で様々な教育機関の臨時休学が相次ぎ、学業面で大きな不安を感じている方も多いのではないかと思います。また、ウイルスが目に見えない脅威であることや、いつまで続くか分からない休学や休業、噂やフェイクニュースによる情報混乱、日用品の買い占め騒動など、新型コロナウイルス感染が人々を取り巻く状況は、2011年の福島第一原子力発電所事故時に似ている点がいくつかあります。本稿では、私が在籍するコメニウス大学医学部にて、自宅待機要請期間中に医学生の教育を担保するために行われた対策について紹介します。また、いつ起こるか分からないパンデミックや災害時の教育実施方法の参考にしていただけたらと思います。

まず、スロバキアでは2月19日に初の感染者が認められ、3月15日に緊急事態宣言が政府より発令されました。コメニウス大学では、緊急事態宣言が発令される前の3月5日の時点で3月中の授業は中止になることが知らされました。
この時期の周囲の学生の反応は、現在の日本の長期の休学に対する反応と似ていました。SNSの学生用のFacebookページでは、学年代表の学生が個人で学長に連絡するとメールがパンクするので問い合わせを控えるように呼びかけたり、口コミで「休学になる・ならない」と生徒間で飛び交う誤った発信に対して大学の公式の発表を待つように掲示板に投稿がされていました。ゼミのFacebookメッセンジャーグループでは、「イラン人の学生は感染している確率が高く近づくと危ない」という噂をめぐって言い争いが絶えませんでした。その他には、大学が隣国に住んでいる場合でも帰国しないように呼びかけていた期間に、ポーランドに帰国した学生に対して、ドイツ人学生が「大学は4月には再開するはずだから国境間を移動する行為は感染拡大の原因となり身勝手だ」と責めたり、日本で都道府県をまたぐ不急不要の移動をする人に対してネット上で不満が募る様子と似ていることが起きていました。

その後、3月16日よりオーストリアとスロバキア間の国境間の移動に制限がかかることを受けて、医学部学長が在籍するスロバキア人ではない学生に対して、自国へ帰国しても単位取得できるような処置を検討することが、国境間の移動がしやすいドイツ人学生にだけ連絡され、ほとんどのドイツ人とポーランド人の学生が帰国しました。ドイツ人学生にだけ連絡があったことに違和感を感じ、私も帰国に関して学長に問い合わせたのですが、EU圏内出身の学生と異なり、EU外へ移動した後にスロバキアへ戻ることが困難になる可能性があることから、EU圏外への移動は自己責任でもし戻れず実習に参加できない場合は責任が取れないと返信がありました。ドイツ人学生にのみ帰国許可の連絡があってから、1、2週間ほど授業や試験に関する大学の発表内容は日ごとに大きく変動していました。一時期は、本来は5月中旬に終業する予定であった授業を6月まで延長し、実習も試験も対面で行う方針が伝えられていましたが、その4日後に発表が取り消されたりと、大学内でも混乱している様子が伺えました。

最終的に、スロバキア政府による緊急事態宣言の延長に伴い3月29日より、医師国家試験を含める試験や実習の全てをオンラインで実施し、予定どおり5月15日に夏季学期を終業することが決まりました。実習単位の取得方法は、各学科の教授の判断に依拠するとされ、学科の特徴や授業の目的に合わせて様々な課題が生徒に与えられました。

例えば、疫学ではPubmedや一般公開データに基づいて新型コロナウイルスや、サルモネラや結核の集団感染と、その対策を調査するレポート5つの提出と、オンラインで口頭試問が行われました。レポート課題は、データの調べ方や出典元の詳細が説明されており、参考文献も大学のオンラインライブラリーにアップロードされていました。オンライン口頭試問は、スカイプで実施され、事前に配られた100問の問題の中から3つランダムに選び、その場で回答しました。通常の授業では、パソコンを使用したデータ調査などはせず、ただ3時間の授業に1週間参加し、口頭試問が行われるだけです。その為、5つもレポートを出すことに不満がある学生が多数いましたが、それだけ普段の授業よりオンライン授業のほうが充実した内容であったのだと思います。

対して、実践的な授業が要となる救急科の授業では、Microsoft Teamsにアップロードされた動画を視聴し、関連するレポートを提出後に、架空の救急症例でどのような救急処置を行うかが1対1でオンライン試験にて問われました。私が、実際に口頭試問を受けた際には、バイクと車の衝突事故で怪我をした患者さんと、固形の物体を誤飲して息ができない幼児の症例が与えられました。ゲーム機を使用せず、対話式にあらかじめ決まったシナリオを進めるロールプレイングゲームである、テーブルトークRPGのように「患者さんの呼吸状態を確認します。息はしていますか?」と質問すると、教授が「息はしていますが、ゼェゼェと音がして苦しそうです」と答え、口頭試問が進んでいきました。口頭試問では、こうして集めた患者さんの情報を元に、どのような疾患の疑いがあるかや、それを調べる検査を考え、最終的にどういった処置をするかを回答しました。最終的な診断や、たどり着くまでの考え方に対して評価がされました。通常時の試験では、実習後に筆記テストが行われるだけですが、1対1で教授と対話する機会があったことで、通例の授業と試験よりも、充実した救急の実習ができたと感じました。救急科のオンライン授業は、他の生徒にも好評で普段より修学した内容が身についたと話す生徒が多かったです。

しかし、多くの学生に対してレポート課題や1対1の口頭試問を行うのは、先生側の負担が大きくなることが問題となると思います。少しでも教授や教育者側の負担を軽くするため、コメニウス大学では、新型コロナウイルスにかかった患者さんと濃厚接触してしまったり、PCR検査で陽性反応が認められ自宅待機要請中の大学勤務医も学生のレポートの添削の手伝いをしているそうです。また、教授や教員が自ら授業用の動画を用意する代わりに、FutureLearn.comなどの無料で登録できるオンライン学習サイトを指定している場合もあれば、LECTORIOなどの有料の医療系オンラインコンテンツ期間限定で大学が契約して学生にアカウントを提供している場合もあります。

また、通常では3年生以降は夏期休暇中に4週間の病院実習をする必要があるのですが、今年に限っては新型コロナウイルス感染に関するボランティア活動をする場合も、実習単位として認めることが大学より発表されています。同じゼミのドイツ人学生は、自国で医療施設や公共施設に設置されたPCR検査用のテントで手伝いをしたり、病院で学生ボランティアとして活動しているそうです。ドイツでのPCR検査実施の様子や、病院での様子を聞くと、「ドイツでは、ボランティア活動に参加する医療系学生を募集・登録するサイトがあり、マスクや防護服も一緒に提供して、安全に学生が手伝う環境が整っている。自分も現場にいることで、勉強になっている」と話していました。

このように、様々な工夫をして、時間を無駄にすることなく、学生の教育を担保する取り組みがコメニウス大学医学部では行われています。新型コロナウイルス感染が猛威をふるい、生活に大きな支障が出ている方も少なくありません。1日も早い終息を祈るばかりです。

(5月12日受)

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