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Vol.114 トイレにおける新型コロナウイルス感染の危険性

医療ガバナンス学会 (2020年6月1日 06:00)


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元地方衛生研究所職員
医学博士 PhD 沼田昇

2020年6月1日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

我が国では、5月18日に39県で新型コロナウイルス感染症(COVID-19)流行による緊急事態宣言が解除されました。しかし、第2波、第3波の流行が危惧されており、まだまだ気を緩めることはできません。COVID-19流行の大きな要因として、クラスター(集団)感染が指摘されていますが、ここにクラスター感染の最たる場がトイレである可能性を指摘し、注意喚起したいと思います。

新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)感染の場として、トイレの重要性が認識され、先日、大手コンビニエンスストアでトイレの使用を制限することを検討しているという情報が流れ、物議を醸しました。トイレの問題がクローズアップされた背景には、武漢の病院のトイレと職員の更衣室からSARS-CoV-2遺伝子が検出されたという報告があります(4月27日号Nature誌)。また、我が国では、クルーズ船ダイヤモンド・プリンセス号の船内のふき取り調査の結果、客室のバスフロアー(トイレ併設)から最も多くの新型コロナウイルスの遺伝子が検出されたとの調査報告もあります(5月7日NHKスペシャル放映)。これらの報告では、SARS-CoV-2感染者が比較的狭い個室空間で唾や咳の飛沫を飛ばしたために、トイレ内でのウイルス汚染が広まったと解釈されています。
他方、SARS-CoV-2感染者の糞便中からもウイルス遺伝子が検出されています。SARS-CoV-2感染患者の気道分泌物に加えて、糞便からもウイルス遺伝子がかなりの量(1gあたり107個未満)検出できることが報告されました(4月1日号Nature誌)。この論文では、患者糞便中のウイルスを細胞で培養しても増えないので、糞便中のウイルスは感染性がないという結論になっています。しかし、この報告で、糞便中のウイルス感染性の確認を行ったのは発症後の患者が主で、発症前や無症候感染者(キャリアー)の糞便中のウイルス感染性については触れられていません。SARS-CoV-2感染者では、徐々に腸管中に分泌型IgA抗体が増え、ウイルスが不活化される可能性が考えられます。しかし、感染早期(発症前患者や感染早期キャリアなど)では分泌型IgA抗体量が少なく、糞便中に感染性ウイルスが存在していることも考えられます。
腸管においてSARS-CoV-2が増殖することを裏付ける知見としては、SARS-CoV-2感染に必須なウイルス受容体(ACE2)の発現量がヒトの各臓器の中で、小腸が最も多いことが報告されています。SARS-CoV-2感染患者において下痢症状が多く見られることからも、小腸におけるSARS-CoV-2感染増殖が推察されます。また、オランダではCOVID-19流行初期において、下水中にSARS-CoV-2遺伝子が検出されたという報告があります(4月3日号Nature誌)。下水中のウイルスを検出するには糞便中にかなりの濃度のウイルス量が必要です。例えば、感染性胃腸炎の原因ウイルスであるノロウイルスも下水中にウイルスが検出されますが、ノロウイルス感染患者では糞便1gあたり107~109個のウイルスが排泄されることが知られています。ノロウイルスの例から推察すると、オランダでも糞便1gあたり107個以上のSARS-CoV-2を排泄する感染者が存在した可能性が考えられます。

これまでの感染疫学調査から、SARS-CoV-2感染者のうち他のヒトに感染を広めている感染者は10人中1~2人と推定されています。これら感染者を中心にクラスターが形成された時にのみウイルス感染が広まるという、いわゆるクラスター感染が指摘されています。そこで、4月初めまでに我が国で発生したクラスター感染の中から、市中で偶々発生したと考えられる以下の5つのクラスター感染事例を見直しました。

1)大阪ライブハウス
ライブハウスArcでは感染者22名中19名が女性、Soap opera classics Umedaでは感染者41名中29名が女性、americamura FANJ twiceでは感染者4名はすべて男性。
2)北見市展示会
感染者11名中10名が男性。
3)札幌市ライブバー「シング・シング・シング」
3名の女性が一次感染者で、数日後の来客で感染した3名は男性のみ。
4)仙台市パブ「HUB」
偶然来店し感染した5名中全員が男性。
5)二本松郵便局
職員134名(男女比は不明)の職場では、感染者10名中全員が男性。

上記クラスター感染事例において、感染者の男女比が極端に偏っていることが見て取れます。この男女比の偏りから考えられることは、男女の行動範囲の違いが感染に大きく影響しているということです。その最たる場所はトイレであると考えられます。

SARS-CoV-2感染者に何らかの症状があれば、そもそも出歩く可能性は低く、クラスター感染源になる可能性も低いと考えられます。しかし無症状感染者の中で糞便中にウイルスを多量に排出している感染者(SARS-CoV-2キャリア)が居れば、クラスター感染源になる可能性が高いと言えます。まだ、我が国におけるSARS-CoV-2感染者数は十分には把握されていませんが、中国や欧米諸国に比べると、極めて少ないことは間違いないものと思われます。トイレにおけるクラスター感染を想定した時に思い浮かぶことは、温水洗浄便座の普及率が日本のように80%を超える国が他にないということです。温水洗浄便座によってSARS-CoV-2で汚染された感染者の糞便が下水道に洗い流されているために、我が国ではSARS-CoV-2によるトイレの汚染が諸外国に比べて抑えられている可能性も考えられます。

以上、これまでのCOVID-19クラスター感染情報を基に、トイレにおけるクラスター発生の可能性を糞便中のウイルスに視点を置いて考察しました。もちろん、これまで多くの方が指摘されているように、3密による飛沫感染においてもトイレが重要な場となっていることも充分に考えられます。再流行の場となる可能性が高いトイレでの感染防止策を今以上に厳密にすることが重要です。

 

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