医療ガバナンス学会 (2010年5月15日 07:00)
全国保険医団体連合会政策部事務局小委員(大阪府保険医協会事務局)
小薮 幹夫
2010年5月15日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
1 薬価下げても膨張する薬剤費──約10 兆円に
ほぼ2年ごとの薬価改定(引き下げ)の中でも、医療費に占める薬剤比率は、2001 年から2008 年まで一貫して30%近い高水準をキープしている。欧米の10 ~ 10 数%と比べ突出して高い水準である。医療費が29.4 兆円(2000 年)から34 兆円(2008 年)と15.7%増に対して、同期間に薬剤費は6.7兆円が9.9 兆円と47.2%も膨張している。
中でも降圧剤の市場規模(薬価ベース)は、1998 年の4167 億円が2008 年には9094 億円(β遮断薬除く)とすさまじい伸長となっており、2008年国内売り上げトップ10 中、半数を占めている。
薬価収載品目のシェア(2007 年)によると、「後発品のない先発品」(新薬群)は21.8%の数量シェアでありながら総薬剤費の5割を占めている。今回の薬価改定では、「後発品のある先発品」(長期収載品)を追加引き下げ(2.2%)したが、不当にも診療報酬本体に回さず、逆に新薬群の市場価格を高止まりさせる財源とした(後述)。
2 不況とは無縁、空前の荒利益率──製薬大手の高収益性
製薬会社の莫大な売り上げの9割近くは、国民の保険料や税金、患者負担から支出されている以上、一般メーカーとは比較にならない格段に大きな社会的責任が製薬企業に課されているはずだ。その製薬大手6社の決算は、景気変動にかかわらずコンピューター・電機など知識・技術集約型産業における比較でも群を抜く収益性である。
中でもここ数年の武田薬品工業の売上高経常利益率(連結)は、莫大と喧伝されている研究開発費、販管費、海外メーカー買収などの経費をすべて控除しても21.3%(2008年)~ 44.8%(2007 年)と突出した収益性の高さを確保している。2009 年3月期(連結)の売上総利益率(荒利益率)は81.1%。売上原価は18.9%にすぎない。
その「構造的」要因を以下に整理した。他にも600 億円に上る研究開発減税(注1)などさまざまな形で国が政策的に『保護』している。
① 建値制度導入で実質的に薬価差ゼロへ
医療機関が製薬会社と直接交渉し、納入価格を決定する従来のシステムが独占禁止法に触れるとして、1992 年に「建値制度(新仕切価制度)」が導入された。医薬品卸が製薬企業から提示された仕切価格で医薬品を仕入れ、それに卸の利益を加えて医療機関に納入するシステムである。
医薬品卸が対抗上、寡占化を加速したこともあり、全国でほぼ同じ価格しか出さなくなった。このことは、医療機関への値引率がさらに低くなることと同時に、製薬企業の建値維持を卸の側からも保障することになっている。事実、2008 年薬価本調査では、調整値2%を含めた流通薬価の平均乖離率(いわゆる「薬価差」)は6.9%まで下がった。医療機関が負担している仕入れ時の消費税や保管損耗経費などを考慮すると、すでに逆ざやスレスレという異常事態が続いている。
経済学の教科書では「需要と供給の均衡点で市場価格が形成」されるが、この建値制度の下では、供給側である製薬企業が医療機関納入価を実質的に決定することが可能となった。結果的にこの制度は、製薬企業にとって市場価格を薬価に限りなく近づけさせ、高収益を保障する大きな要因となっている。薬価が下がっても、医療機関納入価が上がるのはこのためである。医療機関のバイイングパワーが全く発揮されない仕組みだ(注2) 。
② 同一成分でも高薬価を生む算定方式
仕切価格を高値で維持できても、薬価引き下げの影響は免れない。また、特許が切れてジェネリック医薬品が出てくると市場を奪われかねない。そこで製薬企業は、従来の医薬品の構造や特徴を少しだけ変えた、いわゆる「ゾロ新」 と呼ばれる改良型「新薬」を発売することで自らの市場を防衛している。
新薬の薬価算定は、多くの場合「類似薬効比較方式」が採用され、従来と比較可能な医薬品の薬価を基準にその薬価が決められる。「ゾロ新」も新薬である以上、少なくとも従来品より高めの薬価がつき、同じ製薬企業の製品からすると最も高い薬価が保障されることになる。しかも、この加算率は製薬団体の強い要望を受けて定期的に拡大され、複数の薬効成分を一つに配合しただけの合剤や、用法用量を変えただけの「新薬」であっても、類似薬より最低でも5%高い薬価が設定されるしくみになっている。
たとえこれまでの自社医薬品の方が優れていたとしても、販売戦略は新薬に重点が置かれ、結果的に医師の処方動向は製薬会社の医薬品情報担当者(MR)からの影響等を受けて新薬に移行し、優れた医薬品は市場から姿を消すこととなる(注4)。これがいわゆる「新薬シフト」である。このような状況は、特に慢性疾患を対象とした医薬品には比較的常識的に起こっている。降圧剤市場の膨張は、従来主流であったカルシウム拮抗薬やACE 阻害薬などから、製薬企業がARB に一斉にシフトしたことによる。
そもそも医薬品は生命関連物質にもかかわらず、薬価収載される際にその化学物質の臨床的意義を厳密に評価した薬価が算定される例が少ない。そのことが、薬剤費の膨張や、繰り返される薬害の一因になってきた。
中央社会保険医療協議会(中医協)でも大きな問題となった高薬価の非常識事例を挙げよう。2009 年3月に上市されたパーキンソン病治療薬「トレリーフ錠」は、抗てんかん薬として20 年以上前に販売された「エクセグラン錠」と同一成分(ゾニサミド)であるにもかかわらず、類似パーキンソン病治療薬の5%アップの薬価が設定され、含量単位薬価ではエクセグラン錠の113 倍も高い薬価が設定された。
製薬企業は、画期的な新薬を開発できなくても、このような手法で市場に「新薬」を投入し、結果的に製薬企業の高収益構造を担保できる。薬価を多少引き下げても、「ゾロ新」(注3)が出ることで薬剤比率は下がらず、総額としての薬剤費は膨張することになる。
3 薬価下げ影響額を過少に見込み、公表以上に診療報酬を抑制
2010 年度診療報酬改定は、国は「10 年ぶりのプラス改定」だと説明している。通常の薬価・材料価格引き下げ分(5000 億円)に700億円を上積みし、それを本体部分の引き上げ財源にしたということだ。財務省と厚労省との年末折衝により、長期収載品については薬価を2.2%追加引き下げすることとなった。ところがこの600 億円(注5)については本体部分の引き上げ財源に回さず、突如新設された「新薬創出加算」の財源に充てられた(後述)。
厚労省は、「(長期収載品の追加下げは)後発医薬品の使用促進が進んでいない現状を是正するために実施するものであり、後発品の使用促進と同様、診療報酬の改定財源とはしなかった」と強弁している(注6)。しかし、処方せん様式の変更等によるこれまでの後発医薬品使用促進策とは違って薬価そのものの引き下げであり、当然診療報酬改定財源とすべきである。
しかもこの公称600 億円の積算は、公費負担、労災、全額自費、鍼灸等を含む国民医療費の薬剤比率(21.4%)をベースにしている(注7)。保険医療費の動向をより正確かつ迅速に把握した概算医療費、実質薬剤比率(29.0%)で積算すれば、780 億円もの影響額になる。
このように、厚生労働省(統計情報部)は薬局調剤を含めた実質薬剤比率を公表しておきながら、実際の政策判断では薬価下げ影響額を実態より過小に見込み、診療報酬本体の改定率を恣意的に公表数値以上に操作(抑制)してきた。
さらに前述した製薬メーカーの新薬シフトの実態からみれば、政策的合理性を著しく欠いている。「後発医薬品の使用促進」策は、製薬会社による新薬シフトで直ちに吸収され結局、患者負担増に転嫁されていくからだ。
4 自由な商取引を妨害する「新薬創出加算」
2009 年12 月22 日の中医協薬価専門部会で、厚労省の驚くべき提案がほとんど議論もなく了承、今次薬価改定から実施された。「新薬創出・適応外薬解消等促進加算」である。特許が切れて後発医薬品が発売されるまでは(上市後15 年間)、流通薬価の乖離率が全収載品の平均乖離率の範囲内にあれば、本来算定されるべき薬価に、改定前薬価になるよう加算する(現行薬価を維持)という仕組みで、製薬業界が執拗に求めていた「薬価維持特例」と同じである。
これは製薬企業が値引きをしなければ改定前薬価が確実に保障されることを意味する。値引き競争をしない・させないという製薬業界と厚労省の共同宣言であり、製薬業界への究極の過保護政策と言わざるをえない。
製薬団体の「2年ごとの薬価改定で革新的な新薬の創出や適応外薬等問題への対応が遅れ、ドラッグ・ラグに繋がっている」との意見を踏まえて導入されるわけだが、「ドラッグ・ラグ」(注8)問題の本質は、実際には承認ラグではない。臨床的に重要な薬剤における「承認」ラグで最大の問題は、審査の長期化ではなく製薬企業の開発着手遅延である。臨床的重要度は早期開発のインセンティブとはなっておらず、重要度が低くても市場の大きい薬剤の開発は優先されている(注9)。ドラッグ・ラグを口実にすることは許されない。
5 新薬の薬価大幅引下げで医療への公的支出増やす財源捻出を
医療技術料が厳しく抑制されてきた一方で、モノの評価、こと薬剤費が”聖域”として膨張してきた。これが医療費配分の最大の矛盾である。地域の「医療崩壊」をくい止め、医療技術料を正当に評価させるために、医療費の最大の無駄である薬剤費の大幅削減、特に新薬の高薬価構造の抜本是正がまさに喫緊の課題である。
根本的には、「医薬品の有用性評価・薬害防止・高薬価の是正のための提案」(注10)にもとづく薬価算定方式、新薬承認システムの抜本的改善の断行が求められるが、既収載品の薬価に関して当面の策として2点を提案する。一回限りの『埋蔵金』ではなく、恒久的な財源提案である。
① 開発コストを透明にした上で適正な薬価を
既収載品については、後発品を除く上市後10 年以内新薬の薬価を一律2割下げるだけでも後期高齢者医療制度を廃止する財源(約9,000 億円)は捻出できる。
開発コストの回収期間として10 年は合理的である。新薬の薬価収載にあたっては、研究開発費など真の原価を明らかにした上で、10 年以内に投資した開発費が回収できる新たなルール化が求められる。万一、10 年経過した時点でも開発コストの回収ができていない場合は、それを立証できるデータに基づき、薬価保障期間の延長などの措置を検討する。
② 市場拡大再算定の適用範囲の拡大と厳格化
現行ルールでも、通常の薬価改定に加えて、新薬の薬価を追加的に引き下げるルールがある(1993 年11 月、中医協了解)。代表的なものは、市場規模が薬価収載時点における予想年間販売額の2倍以上、かつ年間150 億円を超えた場合に引き下げるというルールだ(収載後10 年以内)。いわゆる市場拡大再算定である。ところが、1994 年から2008 年まで、市場拡大再算定、効能変化再算定、用法用量変化再算定等を行った例は、わずか59 成分(195 品目)しかない(注11)。しかも引き下げ率の上限は、原価計算方式で算定された新薬で25%、類似薬効比較方式で算定された新薬に至っては15%にすぎない。
新薬創出加算を恒久化するのであれば、少なくとも市場拡大再算定の適用範囲を大幅に拡大し、その厳格化を図らない限り、製薬業界過保護の誹りは免れない。当面、①新薬承認時に製薬メーカーが提出した予想販売額を上回った品目は、例外を設けず、すべて薬価再算定の対象とする②引き下げ上限の大幅引き上げ─の実施が必要である。
(注1) 事業仕分けの厚労省医政局経済課長発言(2009 年11 月11 日)
(注2) 製薬業者は、販売施策として、卸売業者に対する仕切価格(製薬企業から医薬品卸企業への販売単価)、リベート及びアローアンスを定め、薬価改定の告示直後に、これらを卸売業者に通知している。仕切価格は全国統一で、次回の薬価改定(2年後)まで適用される。競合品との価格競争で市場価格が値崩れを起こした場合等に製薬業者が仕切価格を下方修正することがまれにあるが、一般的にはほとんど修正されず、両者の間で仕切価格や値引きについて交渉は行われていない。このことは、製薬業者に対するアンケート調査で、「仕切価格を修正しない」とする回答が77.8%を占めていることからも分かる。(「医療用医薬品の流通実態に関する調査報告書」平成18 年9月 公正取引委員会)
(注3) 後発品の俗語である「ゾロ」と新薬をかけたもので、半ば従来品のコピーである新薬
(注4) 販売は継続するが、製薬企業としては営業の重点を置かないため、次第に市場から消える
(注5) 長期収載品の総薬剤費に占める金額シェア約36%から積算(厚労省保険局医療課)
(注6) 「 平成22 年度診療報酬改定の改定率について」(2010 年2月1日)
(注7) 筆者はこの問題について、厚労省保険局医療課にその根拠を質したところ「公費負担等においても医療保険と同じ割合で薬剤が使用されたものと仮定した。伝統的にこの数値が用いられてきた」との回答であった。これは、例えば国民医療費が保険外医療費を1割程度含む点や、個々の診療報酬点数が診療行為別調査にもとづいて改定されていることからも整合性を欠く
(注8) 海外で新薬が先行販売され、国内では販売されていない状態
(注9) 慶応大学グローバルセキュリティ研究所研究員・辻香織「日本におけるドラッグラグの現状と要因─新有効成分含有医薬品398 薬剤を対象とした米国・EU との比較」(薬理と治療、vol.37 no 6)
(注10) 1996 年6月24 日、全国保険医団体連合会、大阪府保険医協会、TIP 誌(医薬品・治療研究会
(注11) 厚生労働省資料(2009 年2月18 日、中医協薬価専門部会)